ALTERED DIMENSIN
トピックス
麻生 結のひとりごと
変性意識
植物の文化
おすすめアイテム
ショップ
ナチュラル・インセンス
2000.12.21
[ひとりごと]

シヤンバラと次元航行機
  ――5MEO−DMTの世界(2)


 ミルチャ・エイリアーデは宗教学の大家として知られるが小説も書いている。その中に『ホーニヒベルガー博士の秘密』(1940)という短編がある。これはフィクションという形式をとりながらエリアーデが研究していたヨガの意識の世界を描いた作品だが、最近、読み返してみるとサイケデリックス体験と比較しながら解読してみると面白いことに気づいた。
 意識を客観的に語ることは可能だろうか。例えば人智学のシュタイナーとチベット密教のダライラマ、当然ながら語っている内容は異なるが、ふたりとも人間の意識の世界について、合理的に分析、検証することができると考えており、自らの体験に基づいてそれを語っている。サイケデリックス体験に於ける変性意識を同じように分析、検証することができるのではないかと思う。ここではエリアーデの小説を手がかりにして5MEO−DMTの世界について考察してみたい。

 最初に大まかな粗筋を紹介しておこう(現在、絶版になっている福武文庫に収録されていた小説なので、読みたくても入手が難しいのが残念だ。古書店などにはあるかもしれない)。
 時代は1934年、舞台はルーマニアのブカレスト。東洋文化を研究している主人公の〈私〉は、ある未亡人から、彼女の夫、ゼルレンディの蔵書の調査を依頼される。医師であったゼルレンディは、インドに関心を持ちホーニヒベルガーという謎に包まれた東洋学研究者の伝記を執筆中に亡くなったのだという。
 週に何度か書庫を訪れ、蔵書を読み漁っているうちに〈私〉は、ゼルレンディがホーニヒベルガーの書き残した資料を基にして密かに自宅でヨガの修行に没頭していたことを知る。ゼルレンディの語学ノートには、ヨガによる意識探求の記録が隠されていた。
 ノートには、ヨガをはじめる前段階の食事制限からはじまり、気息調節を経て、睡眠中も意識が覚醒している状態の「意識連統」にゼルレンディが成功したことが記されている。さらにページを進めると、アジア中央部にあるといわれる奇跡の地シヤンバラについての記述があるのを〈私〉は見つける。ゼルレンディのノートによれば、ホーニヒベルガーはヨガの技法に熟達し「感覚世界を超越する能力、見えざる世界に迫る能力」である「飛行」を身につけシャンバラに到達していたらしい。
 ゼルレンディもまたシャンバラに魅せられ、ヨガの奥義に進み、時間の外に出る「仮死」、肉体を不可視化するヨーガ行を習得したことが書き残されているが、その後、忽然と部屋から姿を消してしまう。
 小説は、最後に〈私〉が調査に訪れていた未亡人の館の蔵書が、既に20年も前に散逸していたことを知らされるところで幕を閉じる。 

ヨガと「非人格的意識」 
 ヨガの意識によりシヤンバラ(異次元的な世界)へ旅立つことが可能だとエリアーデは本当に考えていたはずだ。聖なる彼方の世界へのエリアーデの憧れが小説の全体を覆っている(外科手術により大脳機能を向上させた人間が、意識によりタイムトラベルをする『賢者の石』というコリン・ウィルソンのSFがあったが、こちらのほうは頭であれこれ考えた饒舌さが目につく)。
 5MEO−DMT体験との比較に入っていくと、まず最初にエリアーデは「非人格的意識」になれなければシヤンバラへ到達することができないと考えていたことに注目したい。
 「(シヤンバラへ至るのに)一番難しいこと、さらに言えば今日西洋では得られないもの、それは非人格的意識である。最近の数世紀に至ってなおこのような意識を実現できたのは数人の神秘家だけであった。人間が死後に遭遇する困難、死者の霊が陥って苦しむといわれる地獄と煉獄、それはすべて生きているうちにこの意識を実現する能力がないことに基づく。死後の魂のドラマと過酷な浄化の苦しみは、個人的意識から非個人的意識への苦痛に満ちた移行の階梯にほかならない」
 この「非人格的意識」は、「個人的意識」(つまり自我)を超えた世界であること、さらに「移行の階梯」にある「死後の魂のドラマと過酷な浄化の苦しみ」、つまり神秘主義の文脈でいうアストラル世界(大体、キノコやLSDが連れていってくれる世界に該当する)を超えた意識だということが分かる。
 小説ではホーニヒベルガーの影響を受けてヨガの修行を行いながら途中で精神に破綻をきたしてしまったJ・E・という人物がいたことになっている。J・E・の失敗は「未知の意識状態」に達しながらも「そこが人間精神の到達できる究極の境だと信じたのである。じつはその体験もまだ現象にすぎなかったのに、それに絶対の価値を置いた」からだという。
 つまりJ・E・は、禅でいう魔境、あるいは天狗や物の怪の世界、霊能者の世界など総称するとアストラル世界を終着点だと思い込み、そこを超えることができなかったというのだ。
 われわれが日常的な生活に追われあれこれ思ったり、考たりしていること、例えば人間関係や仕事、家庭、夢や希望、悩みや後悔などと、サイケデリックス体験でいろいろな想念に引き込まれることは、思考作用という面では同じことだ。サイケデリックス体験では、あまりに突飛であったり、ありありとした強さで想念が現れるため何か全然違うことのように勘違いしてしまうことがある。それは、信じられないぐらい多様で、激しく、奇想天外であるため、いくら追い求めても人智では分かり得ないので惑わされてしまうのだ。
 エリアーデのいう「非人格的意識」とは、アストラル世界の先にあると書かれている。それは単刀直入にいえば5MEO−DMTの世界、換言すれば凡我一如の意識のように思われる。人間の心(自我)は一人として同じではないから、心が他者と同一化することはありえないが、凡我一如の意識になると、それは普遍的であり、誰でも同一に自覚できる共通性がある。
 エリアーデの「非人格的意識」は、5MEO−DMT体験によって検証できる可能性がある(ここで「可能性」としたのは、5MEO−DMTは、いわば「いきなり最終回」を見てしまうようなもので、あまりに強力なため準備ができていない人が体験したら単に失神して何も覚えていないというだけで終わることもあるからだ)。
 
次元航行機5MEO−DMT
 またシャンバラをヨガの「奥義に通暁した者のみが入り得る」この世の物質的な空間(地理的場所のこと)とは質的に異なる空間(「非人格的意識」のこと)だと見なしていることは、5MEO−DMTの世界との関連で考えてみると面白い。
 「シャンバラがほかの人々の目に見えないのは、高山とか深淵とかの自然の要害にさえぎられているからではなく、世俗的な空間とは質的に異なる空間に属することによると私は想像していた。初めのころのヨーガ実践でこの考えは証明された。俗人の体験する空間と、それとは別の人間的認識の空間とがどれほど異なるかを私は知ったのである」(わたし自身はシャンバラにそれほど関心はなかったので、そこがどんなところとして描かれてきたのか知らない。5MEO−DMTは身体意識もなくなるから特定の場所としての光景や他者の存在はありえない。その面では伝説的なシャンバラと5MEO−DMT体験は全く似てもに似つかないかもしれない)
 人が生きている現実感、リアリティの基底には時空の認識機能が関わっている。ここではリアリティの話に深入りはしないが、マリファナやキノコ、LSDなどのサイケデリックス体験では、主観的な時間感覚が短くなったり、小さい物が大きく、狭い距離が広がって見えることがある。何十分か小1時間か、ずいぶん時間がたっているはずだと思って時計を見たところ、僅か数分しか経っていなかったというような経験はよくあることだ。
 時計の時間がスローに感じられるというのは「注意(意識)が現在に集中している状態」のことだが、意識が「今」という瞬間に集中していくに従い時間は減速していく。それが極まったとき時間は停止する。というよりも本当は意識には「今」しかなく、経験的に感じている時間の流れは心が仮設している現象なのではないかと思える。意識と「今」は同じものであり、それはこの世には属していないものではないか。
 ここから先はSFじみた話になっていく。わたしは物理学について全くの素人だが、相対論によれば、この世界で見かけ上は別々の3次元の空間と1次元の時間は、一体の時空連続体としてあるという。意識がこの世に属さないということは、1次元の点と2次元の線の世界は既にこの世に包括されているから、物質的には認識できないが、この宇宙を包括し、重なっている高次元に属していることになる。
 そして時間が止まるということは、宇宙の始まり(ビッグバン)という「もの」(物質=空間)と「こと」(運動=時間)が未分化のポイント「以前」に戻ることと同じはずだ。さらに、物質をどこまでも過去に遡った世界(ビッグバン後10‐6秒後まで、クオークとグルーオン)の姿と、どこまでも微細にしていった世界(アップクオーク、ダウンクオーク、電子、電子ニュートリノ)の姿が共通していることから、意識の属している高次元は物質的に観察可能な極限の最小スケールよりも微細な世界だと推測できるのではないか。まあ、こんな素人の妄想はこれぐらいにしておこう。
 この世の時空のいわば断面に意識の次元があり、時間が止まったときそこに入ることができる。エリアーデが、シャンバラを見たのはそこだったはずだ。「非人格的意識」でも、「凡我一如」でも、あるいは高次元でも名称は異なっても意識レベルは同じ領域のことを指している。5MEO−DMTはまさに次元航行機である。

[ひとりごと]