安哲(アンチョル)〜最新映像による北朝鮮内部報告!
今年8月、中朝国境のある街で、私は安哲と連夜の密会をもった。安哲が北朝鮮に再度潜入して秘密撮影を敢行するオペレーションを準備するためである。撮影対象は2年前と同じ場所、すなわち北朝鮮北東部にある某都市の闇市場と定めた。
敢えて同じ場所を選んだのには二つ理由があった。ひとつは、北朝鮮の「変化」の度合いを観測するためである。海外から膨大な人道援助が注ぎ込まれ、金正日が積極外交姿勢を見せはじめている北朝鮮。その内幕を映像を通して暴露するのが目的だった。
もうひとつは作戦上の理由である。2年前の衝撃的な映像の公開後、激怒した金正日は秘密警察に「安哲逮捕」を厳命した。各行政単位の秘密警察の課長級以上の要員に対し、敢えて安哲映像を見せたうえで、安哲の逮捕・処刑を命じたのである。「金正日が最も殺したがっている男」・・それ以降、現在に至るまで、安哲への必死の捜索が続いている。この捜査網をかい潜って秘密撮影を敢行するのは危険極まりない。そこで敵の裏をかくべく前回と同じ撮影対象を選んだ。「灯台もと暗し」という目論見である。
綿密な準備を整え、安哲は厳戒警備体制の中朝国境(鴨緑江)を越えた。11月初旬に中国へ無事脱出してきた安哲の手には60分テープ1本がしっかりと握られていた。テープは11月初旬、第三者を経由して私の手元に届いた。そこには10月初旬に撮影された闇市の鮮明な秘密映像が収められていた。撮影者の安哲は現在、中国で潜伏中である(文/李英和、写真/安哲)。
撮影場所は北朝鮮有数の都市であり、国際的人道援助の重点配分地域でもある。にもかかわらず、闇市には飢えた浮浪児(コッチェビ)が食べカスを求めてさまよい歩く。計算上は国民に充分行き渡るはずの援助食糧が闇市に流れ込み高値で売られている。小麦粉1キログラムで「80.60 ウォン」の値札が写っている。平均月収(もし貰えればの話だが) が80ウォンほどだから、相変わらず一般庶民には手が出ない。
安哲の説明では、南北首脳会談以降の北朝鮮の変化は次の三点に集約できるようだ。いずれも独裁維持の根幹に係わるものである。
ひとつは、配給制度の復活である。今年8月頃から金正日は配給所での穀物配給を復活させた。それまでは、企業所単位での自力調達・自力配給が基本となっていた。配給再開といっても飼料用の雑穀が中心で、暮らしていけるほどの配給量には届かない。国際社会からの批判を気にしたのか、配給量の1割ほど、援助物資のコメが混じる。配給再開と同時に、闇市への取り締まりが強化され、当局が「あれを売るな、これを売るな」と締めつけている。
莫大な支援食糧が特権層に流れ込むせいで、闇市での穀物価格が2年前と比べて下落している。だが、上述のように庶民の手には届かない。ひとびとは相変わらず闇市に依存して暮らす。「配給は要らないから、そのかわりに闇市で自由に商売をさせてくれ」というのが率直な庶民の願いだという。
もうひとつの変化は、秘密警察システムの完全復活である。食糧危機が極度に深刻化した97〜98年には、国民への脅しが効力を弱め、秘密警察は半ば自信喪失に陥った。だが、潤沢な人道援助がシステムを生き返らせ、秘密警察はいまや完全に自信を取り戻した。「この国が変わらないのは主体思想が立派だからでも、金日成や金正日が偉大だからでもない。我々〔秘密警察〕が健在だからである」と陰で豪語する始末である。
そして最大の変化は、金正日の後継者問題、すなわち長男の金正男(3? 歳) による権力継承が密かに始動していることである。金正男は朝鮮人民軍に入隊し、側近の隠密を使って内政に関与し始めている。既報の「金正日の新難民政策」も、実は金正男の立案によるものだという。「対外的な融和姿勢と国内的な強硬姿勢」・・・この一見したところ相矛盾する舵取りは、金正日が2年後の自身の還暦祝いに焦点を合わせて親子三代に及ぶ権力世襲をなし遂げるための「離れわざ」と理解すれば合点がいく。
国際社会の人道援助や太陽政策をはじめとする宥和政策は、秘密警察の復活を支え、権力世襲の野望を手助けしている。その一方で独裁政権の打倒を目指し、北朝鮮の民主化を追求する安哲たちは孤立無縁に陥り、追手を逃れて異国の地で潜伏生活を余儀無くされている。せめてメディアだけでも、安哲たちの偉業を讃えてほしいものである。
安哲〔アン・チョル〕映像、イギリス/チャンネル4で放映!
「ブレア首相とイギリス政府は安哲〔アン・チョル〕が撮った映像を見たことがあるのか」。
10月20日付けの英国の最有力紙「ロンドン・タイムズ」は、北朝鮮との国交樹立に意欲を示すブレアー政権に痛烈な一撃を加えた。ちょうどブレアー首相が20〜21日に韓国で開催されるASEM(アジア欧州会議)に参加していた最中であった。
タイムズ紙が自国首相に「見たことがあるのか」と迫った映像とは何か。北朝鮮の難民青年・安哲(仮名、28歳)が命懸けで北朝鮮国内に再潜入し、秘密撮影に成功した2年前のビデオ・フィルムである。この安哲映像を素材に、イギリスの民放テレビ(チャンネル4)が「北朝鮮・・秘密国家の子供たち」と題する報道番組を制作、アジア欧州会議の前日(10月19日)に満を持して放送した。
北朝鮮の闇市にさまよう飢えた浮浪児の群れ、拷問と虐待を証言する北朝鮮難民、整然と耕作された阿片畑……。金正日政権の暴虐ぶりを目の当たりにしたイギリスの世論は沸騰した。同様に、北朝鮮との国交樹立の意向をソウルで表明したシュレーダー独首相にはお膝元のARD放送が安哲映像をニュース番組で繰り返し放送した。
チャンネル4には北朝鮮政府の猛烈な抗議がきた。この脅しに対して同局は、最も勇敢で重要な仕事をなし遂げたカメラマンに毎年贈られる「ローリー・ペック賞」(Rory Peck Award)に安哲を推薦することで応えた。
アジア欧州会議の最中、森首相がブレアー首相らに拉致問題の「第三国発見方式」を得意気に披露して物議をかもした。日本のメディアは一斉に森首相の資質を問題にした。だが、日本政府が国交を正常化しようとする相手(独裁政権)の本質を問う報道姿勢はほとんど皆無であった。ちなみに、安哲映像が世界で初めて公開されたのは日本であった。