世界が先か?、キャラクターが先か?

はじめに

最近TRPGでキャラクターを作るときに気になることがある。

それは、キャラクターを作る前に「この世界はどんな世界なの?」と聞く人と、聞かない人がいることである。もう少し詳しく説明すると、新しいTRPGを始めるときに、「この世界は大体普通のファンタジーで、こういう部分がソードワールド(よく一般的に誰でも知っているルールの例としてあげられる)と違うんだよ」という説明だけでキャラクターを作り始める人と、もっと詳しく説明してもらい、自分でもルールの世界設定を読んで、その世界を理解してからキャラクターを作り始める人がいる。

この2通りのタイプの考え方の違いはおそらく次のような考え方の違いではないかと思う。

「まず、キャラクターがいてその視点で世界がある」のか「まず、世界があってその上でキャラクターが存在する」のかである。

そして、この2種類の考え方はTRPGのルールで世界を設計するときにも成り立つ考え方である。

世界が先

まず、世界が先だと考える方法が普通に採られている方法だと思う。普通ルールブックに書かれている世界設定を一通り読めばその世界の構造が大体理解できるようなタイプのものはこれに当たる。

この方法で作られた世界は全体に整合性がとれ、必要な情報を混乱なくそのゲームで遊ぶ人間に伝えることが出来る。作る側としても世界を見る視点が一つでよいため比較的作業が楽であろう。

しかし、このようにして作られた世界はプレイヤー(≒キャラクター)が持つ世界に対する視点が似通ってしまうことが多い。よほど注意深く作らない限り非常に平坦な感じの世界になってしまいがちである。例えば、単純な善悪二元論でしか語られない世界などである。ゲームで取り扱われる世界が極めて狭いなら単純な善悪二元論でも問題ないのであろうが、ある程度広い世界を取り扱うようになるとおかしな話になる。普通、自分たちの社会が悪であると考えている社会は無いし、2つ以上の勢力があるならばその両方が自分たちは正しいと考えるはずだからである。

この問題点を克服するために、2つ以上の勢力に関してそれぞれの視点からの考え方を世界としてきちんと記述すれば確かに情報量は多くなるし、納得できる様な設定になるが、今度は情報量が多すぎ、取っつきにくく理解しづらくなると言う問題点がでてくる。さらに、勢力ごとの説明を完全に平等に扱ったりするならば読む側が混乱してくるということも考えられる。

キャラクターが先

では、世界の、特にそこに住む人間の考え方の多様性を表現しつつ、情報量を抑え、取っつきやすくするためにはどうすればよいだろうか。

その一つの答えが、キャラクター側から見た世界を提供するという方法である。具体的な例として「天羅万象」、「深淵」などがこの方法を採っている。特に「天羅万象」にいたっては世界全体についてはあまり述べられていない。しかし、システム側が提供するNPC、PC用のアーキタイプにある設定が世界を説明している。「深淵」でもその膨大な数のアーキタイプが世界を一番表現している。

このような方法を取ることによってゲームをプレイヤーとして遊ぶ人間は自分のキャラクターの設定を理解すればその世界で遊ぶのに十分な情報を得られるし、プレイヤーの知らなくてよい情報は与えなくてすむ。また、キャラクターが知らない(情報に書かれていない)ことはプレイヤーも知らないという風に情報を一致させやすい。

しかし、世界を最初に設定する方法とは逆に世界の全体がわかりづらいためマスター側の人間が理解しづらくなる。また、キャラクターごとに世界設定を提供するため、アーキタイプと言う手法を取ることが多くなる。このため、数回、違うキャラクターで遊んだらやることが無くなってしまったと感じることが多い。そして、新しいキャラクターを自分で作ろうとしたアーキタイプに匹敵するほどのイメージを生み出せるだけの情報が世界側から提供されないことが多くなる。

では?

上の考察からそれぞれの方法の利点と欠点がわかってきた。一応まとめてみよう。

世界が先

利点

  • 全体に整理されていて情報を得やすい。
  • その世界に関する必要な情報が全て提供されるためキャラクターを作るときに背景などを考えやすい。
  • 遊ぶ人間にどういう世界なのかを説明しやすい。

欠点

  • プレイヤーは知らなくてよい情報を知ってしまいやすい。
  • 情報量が多くなり取っつきにくくなりやすい。
  • あまり考えずに作ると世界が平坦で単純になる。

キャラクターが先

利点

  • 比較的少ない情報量で複雑な世界観を提供できる。
  • プレイヤーはキャラクターの設定だけを見れば遊べる。(手軽)
  • プレイヤーに知らなくてよい知識を与えないで住む。

欠点

  • 情報が整理されていないことが多くなり、マスター側が世界を認識しづらい。
  • キャラクターがアーキタプとして提供されることが多くなるため、パターンに限界がやすい。
  • 自分で十分なイメージを持ったキャラクターを作りづらい。

これを見ると、世界を先に提供する方法と、キャラクターを先に提供する方法とでは利点と欠点がほぼ反対であるといえる。言い換えれば、両方の方法を同時に使えば両方の欠点を補完しあえると言うことである。

ならどうすれば?

つまり、世界全体をきちんと決定し、それに必要なデータを整理して提供する。例えばワールドブックなどという形で。ここで、複数の国家など考え方の違う集団があるならばそれぞれの集団の大意、平均的な考え方や風俗、行動なども集団ごとに提示しておく。そして、これは基本的にマスターだけが見てよいことにしておく。

それとは別に、アーキキャラクター、NPC集のようなものも作る。それも、世界側で設定された集団ごとに(関係を持たない連中も)設定しておく。そこで設定するのはキャラクター向きな設定を持つあまり一般的でない考え方を持つ個人や、話の展開上登場しやすい重要人物、町や村にいてその中にいる一般的な考え方を持つ人間などで、彼らによってキャラクターの周囲の世界を語らせる。

このようにすれば、プレイヤー側はキャラクターに必要のない世界全体にわたる知識を手に入れることはあまりなくなるし、キャラクターを中心とした生活臭のある世界を感じられるだろう。逆にマスター側は世界全体を整合性を持って見渡せるし、世界における平均的な考え方というものがわかるからどのキャラクターがどう変わっていて物語を作り出せるか、シナリオのキーになるのかを把握しやすいと思う。

で、この方法の問題点は何か?

デザインする側がとてもしんどい(なんと言っても2倍の労力を使う)ということだけである。

『The Lunatic』