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  2017年9月27日 更新
 
 

「ともに生きる社会」を考える7・26神奈川集会報告

関東大震災時朝鮮人虐殺94年神奈川追悼会報告

人権意識の確立、ストップ・差別の運動推進を!

東アジア情勢に関して、外交努力による平和的な事態収拾を求める声明

講演「憲法と人権」

『人権ブックレットNo.13』案内

 
     
   
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  ▼「ともに生きる社会」を考える7・26神奈川集会報告  
     
 
報 告
「『ともに生きる社会』を考える7・26神奈川集会」
2017年7月26日 男女共同参画センター横浜・ホール
 
     
 

 障害のある19名が命を奪われた津久井やまゆり園事件から1年を迎えた7月26日、亡くなった方々を追悼し、「ともに生きる社会」を考え、実現するための神奈川集会が開催され、およそ350名が集まった。

 主催者挨拶、19名を想い黙祷が捧げられたのち、早稲田大学芸術大学院教授の岡部耕典さんによる基調講演「『ともに生きる社会』を実現するために」に移った。まず「ともに生きる社会」とは誰もがその人らしく暮らすことのできる地域社会であり、それを実現するためにはともに考えていくことが重要だと強調された。その上で脱施設化の前提としての「地域生活支援の保障」について述べ、共に生きる社会になっていないことへの国の責任と社会としての私たちの責任にも言及、また「重度訪問介護」を活用して「地域に一人で暮らす」という選択肢としてご自身の重度知的障害を持つ息子さんの日常の一コマを映像で紹介された。

 次に「障害のある人たちの生活の場所を作る」特別報告が2件。佐瀬睦夫さん(社会福祉法人県央福祉会理事長)は、誰もがともに暮らせる社会をめざすことが地域生活移行だとし、そのためにも職員の専門性の高い教育とグループホームを支える制度と仕組みを考えるべきだと訴えられた。室津滋樹さん(横浜市グループホーム連絡会会長)からは、入所者が、施設ではない生活・職員でない人からの支援を受ける等の様々な経験を経て、希望する生活形態をゆっくり考えていけるよう、そのための協力を惜しまないとして、法人を超えてつながり地域で支えるために4団体連名で「横浜市で暮らしたいと希望する人たちの希望の実現を」と県知事に意思表明を行ったことが報告された。

 休憩時間を利用して、19名を追悼する「19の軌跡」(詞/曲 歩笑夢)が歌われた。会場には19名をイメージした花と19本のキャンドルが飾られている。

 後半のシンポジウムでは、当事者の発信に多くの示唆を与えられた。岩切玄太さん「周囲の猛反対の中普通学級に進み、言語障害があっても耳を傾けてくれる友人たちと出会い充実していた。必ず聴き取ってくれるという確信が自分の強みとなっている」。奈良崎真弓さんは知的障害者の立場から自分にとっての合理的配慮を紹介「講演に呼ぶときは支援者もセットで呼んでほしい、与えられた時間がわからないのでストップウォッチも必要、等」。尾山篤史さんは「一人の精神障害者として地域に備わっていてほしい医・職・住」を挙げ、自分の考える「ともに生きる社会」は「多様性があり安全ではなく効率的でもない雑木林、多様なキャラクターにはバイキンマンという悪役もいて安全でないが殺さない、アンパンマンの世界」と表現。また清水誠一さんは、親の立場からの不安を訴えられた。

 コーディネーターの石川修さん(藤沢育成会)が、当事者もその家族も多様、障害特性によって「ともに生きる社会」の大事なポイントも違う、そういう多様性が、私たちが考えなければならない素材なのだと気づかされたとコメントした上で「(1)人との関わりについて(2)(住居に)安全・安心を望むか」と尋ねると、岩切さんは「(1)バリアがあっても諦めない」、奈良崎さんは「(1)知的障害者のイメージを壊してほしい(2)〜すれば安全・安心と思い込むのはやめてほしい」、尾山さんは「(1)いかに孤立させないかを支援にしてほしい(2)選択肢がたくさんあること選べるということが豊かさ」、清水さんは「(1)(2)真のインクルーシブ教育を」と応答。

 コメンテーターとして佐瀬さんは「いかに信頼関係を築くか、障害特性に応じた配慮、孤立させない、イメージを壊して多様な価値観を認めることが大事」とまとめ、さらにグループホームについては既成の概念を捨ててほしいと語られた。岡部さんは、この集会の「考える」主体は誰か?誰に呼びかけたのか?丁寧に呼びかけたのか?と投げかけ、「主体的に関わることの意味を問い、そして誰もが関係の中で決定する、その決定に関わったことに責任を持つことが大事。当事者と支援者との共同責任、地域で暮らすとはそういうことじゃないか。地域で暮らすべき、じゃなく、私が一緒に暮らしたい、そのことについて責任を持つという一人称の呼びかけでなければ」と提起された。

 最後に採択した集会アピールにある「障害のある人たちが自分の暮らし方を、自分で選べるようになってはじめて、『ともに生きる社会』になったと言えます。神奈川県をあげてそうした取り組みをすすめることこそが、あの恐ろしい事件で奪われ、傷つけられた命を大切にすることにつながるのではないでしょうか。」の言葉に、参加者の思いは集約されているように思う。

 大熊由紀子さん(国際医療福祉大学大学院教授)による終わりの挨拶「誰でも普通の暮らしをする権利がある。社会はそれを保障する責任がある。それは〈あたたかい心〉ではなく〈お金を出す〉ということでもある」は、シビアであるが非常に説得的であった。

 
  報告:原直呼(人権センター事務局)  
     
     
   
     
   
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  ▼関東大震災時朝鮮人虐殺94年神奈川追悼会報告  
     
 
報 告
「関東大震災時朝鮮人虐殺94年神奈川追悼会」
 
     
 

 9月2日(土)10時より、関東大震災時朝鮮人虐殺の真実を知り追悼する神奈川実行委員会主催による「関東大震災時朝鮮人虐殺94年神奈川追悼会」が執り行われました。会場となった関東大震災殉難朝鮮人慰霊之碑が建つ横浜市の久保山墓地には、およそ150名が参列しました。

 関東大震災殉難朝鮮人慰霊之碑は、大震災当時小学校2年生だった石橋大司さんが、子どもの頃に目撃した朝鮮人虐殺の記憶を忘れることができずに、その事件を決して日本人が忘れてはならない歴史的事実として後世に残すために1974年に建立しました。

 関東大震災発災翌日から、在日朝鮮人が暴動を起こした、井戸に毒を入れたなどという事実無根の流言が広がり、警察、軍隊、そして青年団や自警団によって多数の朝鮮人が虐殺されました。その数は6,000名以上にのぼるといわれています。また、朝鮮人と間違われた中国人や日本人、さらには社会主義的な思想をもつ日本人も殺害されました。

 追悼会では、参列者による献花の後、舞踏家の゙和仙さんによる追悼の舞に続いて、実行委員会代表の山本すみ子さん、関東大震災時の朝鮮人虐殺に関するドキュメンタリー映画を制作している映画監督の呉充功さん、神奈川県朝鮮人強制連行真相調査団の原田章弘さん、専修大学教授の田中正敬さんより、それぞれの立場からのお話があり、その後、神奈川朝鮮中高級学校中学部の皆さんによる合唱がおこなわれました。最後に、実行委員会のメンバーによって、「十五円五十銭」がうまく発音できないと、朝鮮人とみなされて官憲に連行されたという当時の証言に基づいて書かれた壺井繁治の長編詩<十五円五十銭>が朗読されました。

 関東大震災時の朝鮮人虐殺については、日本政府がその真相を徹底調査することなく今日に至っています。それでも、2008年に公表された内閣府中央防災会議の報告書では、残された公的記録に基づき、「関東大震災時には、官憲、被災者や周辺住民による殺傷行為が多数発生した。武器を持った多数者が非武装の少数者に暴行を加えたあげくに殺害するという虐殺という表現が妥当する例が多かった。殺傷の対象となったのは、朝鮮人が最も多かったが、中国人、内地人も少なからず被害にあった。」と記述されており、また、虐殺による死者が大震災による死者数の1〜数パーセントにあたると推計しています。

 公的記録のほか、研究者や民間団体の調査によって掘り起こされた多くの証言や記録により、関東大震災時の朝鮮人虐殺が歴史的事実であることは明らかです。にもかかわらず、昨今、この事実を否定したり隠蔽したりしようとする言説、虐殺を正当化するような言説が流布されています。わたしたちは、そうした歴史修正主義を決して許さず、過去の事実に真摯に向き合っていかなければならない。追悼会に参列して、その思いを新たにしました。

 
  報告:深田 独(神奈川人権センター事務局)  
     
     
   
     
   
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  ▼人権意識の確立、ストップ・差別の運動推進を!  
     
 
人権意識の確立、ストップ・差別の運動推進を!
神奈川人権センター副理事長 工藤定次
 
     
 

副理事長就任にあたって

 今年6月30日に開催された第43回定期総会で新たに副理事長に就任しました。

 神奈川人権センター結成以来、神奈川人権センターを指導し、県内外の人権運動に大きく貢献してきた渡辺英俊さんの退任に伴っての就任でした。諸般の事情で退任せざるを得なかった渡辺前副理事長には理事職にとどまっていただき、一緒に神奈川人権センター運動に関わっていただけることになったことに安堵しています。長年副理事長としてその任を果たしていただいた渡辺前副理事長(現理事)には深く感謝申し上げたいと思います。

 私も12年間事務局長として神奈川人権センターに常勤してきましたがこのたびの副理事長への就任にあたり、日々その任務の重さを感じているところです。精一杯その役割を果たしたいと思っています。皆様の変わらぬ支援、ご協力を切にお願い申し上げます。

 副理事長就任にあたり、神奈川人権センターの当面する若干の課題を提起させていただきます。

 

1.人権ネットワークの強化、拡大

 

◆人権民間団体(当事者、個人含む)、労働組合、市民等との連携

 神奈川人権センターには現在、34正会員(25団体9個人)、19賛助会員(12団体7個人)が加盟しており、会員以外の協力友好団体、個人も含めると更に大きな数になります。それぞれが対等平等の立場で相互に協力し、共通、個別課題の解決、反差別・人権運動の前進へ寄与しています。これだけの規模の団体、個人が連携、協力し合っている組織は全国的にも神奈川だけと言っても過言ではありません。また、各団体、個人も多彩に運動を展開しており、それぞれが、全国的にも先進的地位を多く占めています。人権確立の流れをいっそう定着させ、昨今の「反人権」の逆流を封じるためにも人権ネットワークの強化拡大が必須であり、急がれなければなりません。しかし、この課題は一朝一夕に出来るものではありません。それぞれの団体、個人の運動の推進と信頼関係の構築などがその前提となります。神奈川人権センターはその視点、役割を十分認識し、その「まとめ役」として十分機能を果たさなければなりません。

 

◆自治体との連携

 自治体は、直接住民と接し、人権行政を担っており、その果たす役割は大変重要なものがあります。神奈川人権センターは自治体との連携強化を大変重要視しています。

 全ての施策に人権の視点を盛り込むこと、職員の人権意識を定着・向上させること、そのために当面「人権指針」、人権宣言、長期的には「人権基本条例」を策定することなどを提起していますが、人権指針策定は13自治体、人権宣言発布は1自治体にとどまっています。

 障害者差別解消法、ヘイトスピーチ解消法、部落差別解消推進法の制定、自治体における人権侵害事件の発生などの昨今の人権状況からすれば、早期に全自治体での策定と具体的施策の推進が求められており、政策提言と粘り強い働きかけが求められています。

 

2.人権教育、啓発活動の推進

 神奈川人権センターは1990年の結成以来、人権教育、啓発事業を推進してきました。具体的には人権学校(24期開校)、人権研究交流集会(27回開催)、国際人権集会(27回開催)を中心に実施し、内容も人権の入門編から普遍的課題、その時々の課題を設定してきました。いずれも年間の主要事業として定着しています。

 人権学校は、今年は18講座を開設するに至っており、年々拡大する人権課題に対応しています。民間団体が主催し、当事者からの提起を取り入れた人権教育としては全国的にも先進的なものとして評価されています。

 県民の人権意識を定着・確立させ、被害を生まない、ストップ差別の教育啓発事業としていっそう充実させなければなりません。

 

3.人権ケースワーカー制度、相談活動の充実

 人権の各課題への相談活動の推進、人権ケースワーカーの育成をめざした「人権ケースワーカー制度」は、1996年にスタートしました。

 神奈川県は、この制度に対してスタート直後から「神奈川県人権施策推進指針」(1994年3月)に基づき人権ケースワーカーへの育成補助事業として位置づけ、現在に至っています。人権NGOの立場からの行政機関の人権擁護委員、民生委員、ソーシャルワーカー制度を補強するのものとして各会員の協力を得て実施し、神奈川県における相談活動の推進へ向けて大きく寄与しています。

 相談活動は、相談から支援、救済にいたるまでのサイクルが求められており、解決に至るまでの期間もそれぞれ違い、短期から中長期に至っています。相談活動を画一的、数値目標や成果主義などで評価するのではなく、被害者救済を第一義的に据え、それぞれの個性を大切にした独自性、柔軟性をもった視点の確立が重要です。

 多様化する人権課題、人権侵害、差別事件(事象)が増える状況の中、人権ケースワーカー育成制度は後退させることなくいっそうの充実が求められます。

 2010年より実施している「DVに悩む男性のための電話相談」も定着しており、電話相談から一歩進めた取り組みについても検討する時期となっています。

 

4.人権侵害、差別事件への対応

 格差社会の進行などを背景に差別、人権侵害事件などが多く発生しています。

 県内でもヘイトスピーチによる差別扇動、津久井やまゆり園殺傷事件、福島原発事故避難児いじめ、差別ジャンパー着用、パワハラ、セクハラなどの人権侵害事件が相次いで発生しています。これらの差別人権侵害、差別事件には関係機関、団体と連携し、解決へ向けての速やかや対応と体制作りが求められています。

 
     
     
   
     
   
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  東アジア情勢に関して、外交努力による平和的な事態収拾を求める声明
 
     
 

東アジア情勢に関して、外交努力による平和的な事態収拾を求める声明

 
     
 

 今年3月以来、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の動向をめぐって、米国が軍事力を背景にして同国への圧力を次第に強める事態にいたっています。それに対し、安倍首相は、米国の行動を無条件に支持するかのような発言を繰り返し、また国内メディアの一部には、ことさらに緊張を煽るような論調もみられます。

 核兵器のない世界を目指していくためには、これ以上核兵器保有国が増えることは認められないのは当然のことであり、北朝鮮には核実験を取りやめ、核兵器の放棄を求めます。しかし、北朝鮮の核実験・核兵器保有を阻止するためと称して、多くの人命が失われることが明らかである戦争を引き起こすことは断じて許されません。

 また、北朝鮮に対する軍事的な示威を目的に日本海に入った米空母カール・ビンソンと自衛隊の艦船・航空機が共同行動をとることは、国際紛争を解決する手段として武力による威嚇を永久に放棄している憲法9条に違反しているといわざるを得ません。

 私たちは、琉球処分から台湾・朝鮮の植民地支配、そして満州事変からアジア太平洋戦争にいたる、近代日本が軍事力を背景に引き起こした歴史的過ちへの反省を踏まえて、どんな状況においても平和的な手法によりこの現状を打開しなければなりません。決して一部の政治家やマスメディアによる危機感を扇動する発言や論調に惑わされることなく、冷静に対応していくべきであると考えます。

 そして、日本政府に対しては、戦争の放棄を謳った日本国憲法を遵守し、最大の人権侵害である戦争が、私たちの暮らす東アジア地域で惹起されることのないよう、米国の武力による北朝鮮への威圧に加担・追従することをやめ、ことさらに危機感を煽るような発言を慎むことを求めるとともに、外交的な努力によって平和的に事態を収拾すべく行動することを強く求めます。

 
     
   2017年5月10日  
  一般社団法人神奈川人権センター  
  理事長 江原由美子  
     
     
   
     
   
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  ▼講演「憲法と人権」  
     
 
第27回かながわ国際人権集会・県民集会講演報告
講演「憲法と人権」
講師:木村草太さん(首都大学東京教授)
 
     
 

 第27回かながわ国際人権集会・県民集会(2016年11月22日・鎌倉芸術館大ホール)における憲法学者・木村草太さん(首都大学東京教授)の講演「憲法と人権」の要旨を報告いたします(事務局)。

 

憲法とは何か

 現代の国家は主権国家と呼ばれ、その領域内における権力のすべてを独占する大変強大な権力をもっている。強大な権力だから、そこには安全装置をかける必要がある。そこで、国家権力の乱用を許さないための法をつくり、それを遵守させることによって国家権力の乱用を防ごうとする発想を立憲主義という。この立憲主義に基づいてつくられた法が憲法。日本国憲法も、立憲主義という構想に基づく法ということになる。

 憲法には、過去の失敗を禁止するという内容が含まれる。過去に国家権力がしてきた失敗、つまり無謀な戦争、人権の侵害、権力の独裁などを繰り返さないために、憲法には軍事力をコントロールして戦争を防ぐための規定、人権を保障し人権侵害を防ぐための規定、権力の分立を規定して権力の乱用を許さない規定が盛り込まれることになる。日本国憲法では、第2章第9条で戦争の放棄を謳い、第3章で人権の保障を掲げ、第4章以下で国会・内閣・裁判所・地方自治などについて定め、権力の分立を規定している。憲法は人権を守るためにあるが、個別具体的な場面において人権を守るということは難しいという現実もある。

 たとえば、2014年頃から、学校の体育の授業における組体操が危険であるとの指摘がされるようになった。児童・生徒には安全な学校生活をおくる権利がある。組体操が危険であり児童・生徒の権利を侵害するのであれば、組体操はやめるべき。組体操をおこなうかどうかを生徒の投票で決めた学校があるそうだが、安全である権利を多数決で奪ってはいけない。危険を冒してもよいという希望者だけでやるのであればともかく、他のやりたくないと思っている人に対して強制するかどうかを多数決で決めるというのは典型的な人権侵害の手口である。この組体操のように、学校という身近な場所でも人権侵害は起きており、そしてそれを改めることは非常に難しかったという。人権侵害というのは、個別具体的な場面において、人権を守るために一人ひとりが意識を高め、強い気持ちをもたなければ防ぐことはできない。

 

憲法第24条と人権

 憲法第24条は、婚姻について次のように規定している。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」

 この規定が同性婚を禁止したものであると誤解している人もいるようだが、法律家のなかでそのように考える人は僅かである。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」という部分を同性婚の禁止と読むことは論理的に不可能。この規定は、同性婚については何も語っていない、と考えるべきである。

 憲法第24条がなぜつくられたかを考えるためには、明治期の民法に遡ってみなければならない。旧民法では、家制度のもと、婚姻には戸主の同意が必要だった。加えて、男性30歳未満、女性25歳未満の場合には父母の同意も必要とされていた。

 日本に降伏を求めたポツダム宣言には、民主主義の復活と基本的人権の尊重を要求する条文があった。民主的でない国、人権を尊重しない国は、国際社会にとって脅威になると考えたからである。戦後、明治憲法ではポツダム宣言の内容を実現できないと考えた政府は、政府内に憲法問題調査会(通称松本委員会)を設置して、秘密裏に新憲法についての検討をおこなった。1946年2月、毎日新聞によってその内容が、天皇に主権を残す、裁判所による人権保障の仕組みを整えない、などきわめて保守的なものであることがスクープされる。GHQは、日本政府に任せておくことはできないと考え、憲法の起草作業を始める。

 GHQ憲法草案制定会議の人権チームの一員で、少女時代に日本で生活し、日本の女性が男尊女卑の社会や家庭の中におかれている現状を良く知っていたベアテ・シロタさんは、新しい憲法には女性の権利を条文に盛り込むべきであると考え、憲法第24条のもととなるGHQ憲法草案第23条を起草した。そこには婚姻について次のように規定されている。「家族ハ人類社会ノ基底ニシテ其ノ伝統ハ善カレ悪シカレ国民ニ滲透ス婚姻ハ男女両性ノ法律上及社会上ノ争フ可カラサル平等ノ上ニ存シ両親ノ強要ノ代リニ相互同意ノ上ニ基礎ツケラレ且男性支配ノ代リニ協力ニ依リ維持セラルヘシ此等ノ原則ニ反スル諸法律ハ廃止セラレ配偶ノ選択、財産権、相続、住所ノ選定、離婚並ニ婚姻及家族ニ関スル其ノ他ノ事項ヲ個人ノ威厳及両性ノ本質ニ立脚スル他ノ法律ヲ以テ之ニ代フヘシ」(日本語訳)

 

夫婦別姓違憲訴訟

 この憲法第24条に「法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」とあることに関連して、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」と規定した民法第750条が違憲ではないか、として争われたのが夫婦別姓違憲訴訟である。原告の女性は、夫婦別姓は、(1)氏の変更を強制されない自由(憲法第13条)、(2)婚姻時約95%は女性が氏を変えていることが男女間における平等(憲法第14条1項)を侵害している、として訴えた。しかし最高裁は、(1)については、氏変更に同意したカップルが婚姻を届けるのであって、氏変更を強制するものではないので自由の侵害はない、(2)については、男性が氏を変えてもよいという内容の条文なので平等の侵害はない、として、原告の訴えを認めなかった。

 私は、この訴訟は、原告が主張の仕方を間違えたのではないかという感想を持つ。平等を主張するときには、誰と誰との間の、何に関する区別が問題なのかを明確に定義する必要がある。この民法第750条で生じている問題とは、実は男女の不平等ではなく、氏の変更に同意をしたカップル、つまり同氏許容カップルと、別姓希望カップルとの間の区別が問題なのである。別姓希望カップルは法律婚ができない、という不当な不平等があることを主張していくことが重要であり、有効な闘い方だったのではないかと考える。そのように議論することによるメリットは、別姓希望カップルと同氏許容カップルとの間には確実に区別があるので、最高裁は不平等が存在しない、といって逃げることはできなくなる。また、別姓希望カップルの法律婚を認めない正当な理由を説明することは、おそらくきわめて困難であろうと思う。

 夫婦別姓を認めない理由としてよく言われることに、夫婦別姓を認めると家庭の一体感が失われる、ということがある。しかし別姓希望カップルの婚姻を認めないことは、逆に家庭の一体感を侵害すると考えられる。つまり、たとえば別姓希望カップルに刑罰を科して無理やりに氏を統一させるのであれば、別姓希望カップルが必ず同じ氏になるので、家庭の一体感がそれによって生まれるという説明はある程度可能だろう。しかし今の法律は、別姓希望カップルを事実婚の状態に留めるものであって、別姓希望カップルは法律婚をしているカップルより法的保護が弱く、不安定な状態に留まらざるを得ない、ということになり、家庭の一体感を確保するためには、このような制度があることがかえって邪魔になっていると言える。

 別姓婚を認めれば、別姓希望カップルは法律婚という法的保護の強い結合を選ぶことができるようになり、それによって家庭の一体感は別姓事実婚より高くなるはずだ。つまり夫婦別姓を認めないのは夫婦の一体感を確保するためだと政府が反論しても、そのような目的を達成するためには、むしろ別姓法律婚を認めたほうがよいのではないか、という反論ができるわけだ。

 憲法上の人権を主張するときには、そこで起きている問題を正確に把握できる法律構成、つまり法律上の主張の仕方を組み立てていくことが非常に大事になる。人権が尊重される社会をつくるためには、人権を主張するときに、問題の本質を適切にえぐれるような主張の仕方を考え、選んでいくことが重要だ。

 この夫婦別姓違憲訴訟は、同性婚についても少し言及をしている。憲法第24条が同性婚を禁止しているのではないかと言われる中、最高裁は判決の中で憲法第24条を次のように解釈している「憲法第24条は、(中略)婚姻をするかどうか、いつ誰と婚姻するかについては、当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたもの」。同性婚を排除するための条文とは解説はしておらず、当事者の意思を尊重することが目的なのだと書いている。男女間の、ではなく、当事者間の、という用語を選択していることが興味深いと思う。

 今の民法では同性婚は認められていないが、夫婦別姓訴訟について話したことは、同性婚の問題を考えるときにも役に立つと思う。憲法第24条は同性婚を禁じているものではない、ということになると、国会は、法律で同性婚を認めてもいいし、認めなくてもよい、ということになる。今の法律で同性婚が認められていないことについて、同性婚を望む人は先ほどの話と同じ主張ができる。つまり、異性カップルは婚姻ができるのに同性カップルは婚姻ができないという区別は不平等だ、と同性愛者の方はおそらく今後提起してくるだろうし、最高裁まで争われる訴訟になる可能性もあると思う。

 しばしば同性婚を認めない理由として、同性婚を認めると少子化が進むというような議論があるが、これは訴訟の場では妥当しないと思う。同性愛者同士で結婚すると子どもが生まれないというのは確かにそうだが、だから少子化が進むというのは論理の飛躍だ。同性婚を認めないからといって、同性愛者の方が異性間で婚姻をするわけではないので、少子化になるかどうかは同性婚を認めるかどうかとは無関係な話。

 今後、家族法の分野で様々な平等が争われていくようなときには、誰と誰との間の、何に関する区別を問題にするのか、ということに注目して分析していただければと思う。

 

憲法第25条と生活保護法

 憲法第25条には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定されている。なぜ、このような権利があるのか、ということを確認したい。

 日本国憲法は、様々な権利を保障している。財産権や、職業選択の自由、営業の自由、労働の自由といった経済活動を自由にやっていいという権利を憲法は保障している。すべての人が自由に経済活動をおこなってよい、という経済体制のことを市場経済とか自由主義経済という。自由主義経済では、誰もが自由に労働とか財とかサービスを交換できるから、人びとは欲しいものを欲しいだけ買えるし、市場において人びとに喜ばれる商品をつくればお金持ちになれるので、みんなが創意工夫をしてよいものをつくるという優れた経済体制といえる。

 しかしこの経済体制には、ひとつ大きな弱点がある。それは、市場経済における労働力や財の交換に参加できない人は生存することができなくなるという経済体制だということ。市場経済で交換に参加するためには、労働力や財産など市場に提供するものが必要になる。そうしたものが充分にないときには、市場で何も買うことができず生活ができなくなってしまうという経済体制だということである。したがって、市場経済をとったうえで、生存権をまったく保障しないで、交換に参加できない人を放置する、死ぬにまかせる、ということになれば、この経済体制は正義に反する体制になってしまうことになる。

 そこで憲法第25条は、私たちのとっている自由主義的な経済体制を正義にかなったものにするために、すべての国民に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障し、市場における交換によって生活のための財やサービスを得られない人も、最低限度の生活を確保できるようにしたわけである。これが生存権の意味。したがって、生存権は、私たちの経済体制を正義にかなったものにするために絶対に必要なものであって、きわめて大事な権利である。この権利は、憲法上の権利として保障されたものなので、この生存権を保障しないという選択は、日本政府はしてはいけないということになる。たとえば、財政難だからという理由で生存権の保障をやめてしまう、ということは憲法上許されないということになる。

 もっとも憲法第25条というのは、これだけを読むと、誰が、どういうときに、何を請求できるかがわからない抽象的な条文なので、その権利を具体的に実現するために生活保護法がつくられた。生活保護法の第1条には、「この法律は、日本国憲法第25条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。」とある。

 生活保護というのは、国民年金、医療保険、児童手当、児童扶養手当などの様々な社会保障の中でも、憲法上の義務である生存権の保障という特別な位置づけが与えられている。たとえば国民年金を廃止するとか、国民年金の支給額を減額するとかいったことは、それが民主的な手続きで決められれば憲法に違反しないということになるが、他方、生存権を保障する生活保護については、もし生活保護の制度をやめてしまうと、生存権は保障できなくなり、結果的に亡くなってしまう方がでてくることになるので、生活保護をやめることは憲法違反になる。

 生活保護法第11条には、保護の種類が規定されている。生活扶助、教育扶助、住宅扶助、医療扶助、介護扶助、出産扶助、生業扶助、葬祭扶助の8つ。扶助ごとに基準が定められており、その基準は、第8条に書いてあるように、厚生労働大臣が定めることになっている。たとえば住宅扶助の場合は、家賃相場を勘案して地域ごとに基準が定められている。生活扶助は、医療とか住宅を除いた光熱費や衣料、食料など日常生活に必要な扶助で、その基準についても厚生労働大臣が定めている。生活に困窮する人たちは、この扶助項目にそって扶助を要求することができる。生活保護は、第7条に規定されているように、要保護者の申請に基いて開始することになっている。

 近年、生活保護に関して様々な問題が起きているとされている。2010年代に入ってから、貧困バッシングという流れの中で生活保護受給者に対して強い攻撃が加えられるようになってきている。また、生活保護のための予算は、国が3/4、自治体が1/4という割合で負担しているが、財政難の自治体が多くなる中で、各自治体ができるだけ自分の自治体で生活保護を増やしたくないという態度をとるようになってきた。この結果、ほんとうは申請ができるはずなのに申請できない、というケースが増えてきているとされている。弁護士会の試算では、生活保護を受給する資格のある人のうち、受給できている人はわずか20%に留まるのではないか、という統計もある。自治体の予算も充分でないという中で、できるだけ生活保護を受けさせないという方向で行政が動きつつあるのではないかと指摘されている。実際に生活保護の受給に関連して、行政の不手際で人びとの生存権が奪われてしまったケースは多々報道されている。

 読売新聞がやっている福祉や医療に特化したサイト「ヨミドクター」に、原昌平さんという方が9月に生活保護についての連載をしていて、生活保護に関連した様々な痛ましい事件が報告されている。そして原記者は、それらの事件において、どこで行政の違法な行為があったのかについて指摘をしている。この状況をどうしていくべきか。やはり国の予算が少なすぎる、自治体への援助が弱すぎるということが背景にあると思う。国民年金は、毎年何十兆円というお金がかかっているが、生活保護の予算はせいぜい3兆円。その程度の予算では、生活保護法の理念を充分に実現できない、ということである以上、予算の配分のあり方を見直す義務が行政府、立法府にはあると思う。

 もうひとつ指摘をしておきたい。2013年に生活保護の基準が切り下げられた。これが今、憲法違反であったかどうか、裁判所で争われている。ここで大きな争点になっているのは、基準の切り下げにきちんとした統計的根拠があったかどうかということである。訴訟の原告の方々は、基準の切り下げの根拠となったのは、デジタルカメラやパソコンといった高額の家電製品の値段が下がったこということにあって、生活保護を受けている人たちが高額の家電製品の値段が下がったからといって使うお金が減るということには単純にはならない、としている。円安や世界的な食料品物価の上昇の中で、日常的に使う食料品などは上がり続けているという指摘もある。そのような中で生活扶助が切り下げられるということは、生活保護受給者にとって大きなダメージをもたらしたのではないかと言われている。生活保護をめぐる事件や基準のあり方などをみると、この憲法第25条の理念を実現するためにやらなくてはならないことはまだまだ多いように思う。

 

まだまだ実現できていない憲法の理念

 憲法第24条についても、家庭内での家族の平等、同性愛者と異性愛者との間の平等、別姓希望カップルと同姓希望カップルとの間の平等など、日本で施行されている家族法はまだまだ人権の観点から改善の余地があるように思う。

 日本国憲法は70年もたった古い憲法だと言われることがある。制定から70年が過ぎて、そろそろ変えなくてはいけないのではないかとも言われる。そうかもしれない、とも思ったりするわけだが、他方で、70年たっても実現できていないこともたくさんあるように思う。たとえば、アメリカ憲法に、黒人と白人を平等に保護しなければならないという条文が入れられたのは1864年だが、黒人用の学校と白人用の学校を区別することをやめたのは1954年。憲法に人権を保障する規定を入れても、100年近く実現することができなかったわけである。そうしたケースは多々ある。

 私たちは憲法第24条や第25条が保障している権利を充分に保障できているのか。むしろ70年たっても、これらの条文の実現という観点で不充分なところがたくさんあるのではないか。私たちは、「憲法と人権」というテーマを考えるときに、憲法が古いのではないか、と考えてしまいがちで、そういう面もなくはないとは思うが、逆に、70年たってもまだ実現できていない人権が存在するのではないか、という視点で考えることもできると思う。

 
     
     
   
     
   
  人権ホットニュース 社団法人 神奈川人権センター  
     
  ▼『人権ブックレットNo.13』案内  
     
 
人権ブックレットNo.13 を発刊!!
「国際人権保障と平和/戦争
― 多元的な社会のダイナミズム
神奈川大学法科大学院教授 阿部浩己
 
     
 

 一般社団法人神奈川人権センターは事業計画に基づき、人権被害者の相談、支援、救済活動から差別・人権侵害を撤廃するために人権教育、啓発事業にも活動の重点を置いています。その一環として人権ブックレットを作成し、現在No.12まで発行しています。

 人権ブックレットは、毎年神奈川人権センターが開催している「人権学校」「人権研究交流集会」「国際人権集会」などでの貴重な講演や提起をまとめたものであり、活動にあたっての学習文献として活用されています。

人権ブックレットNo.13「国際人権保障と平和/戦争 ― 多元的な社会のダイナミズム」
 

 このたび発刊しましたNo.13は、2015年10月に開催された「第26回神奈川人権研究交流集会」での神奈川大学法科大学院教授の阿部浩己さんの講演録をまとめ、修正加筆したものです。暴力というものを肯定するような状況が拡がっている中で、歴史を振り返りながら国際人権保障の枠組みはその暴力をどうやって封じ込めようとしているのか。1990年に国連総会で採択された「国際法の10年」決議に込められたメッセージの意味とは何だったのか、と阿部さんは私たちに投げかけます。

 国連憲章の目的は、人間の尊厳というものをいかに世界の中に行き渡らせていくのかにある。人間が人間らしく生きていく社会を築いていく、そのために法は何を出来るのか、法制度は

 
  どのような役割を果たしうるのか、そこに参画していく人たちは何ができるのかということを、日本国憲法や国連憲章は私たちに訴えている。「暴力」とは人間の可能性を奪ってしまう障害であり、この暴力を封じ込めていくということが平和を実現する。ということを、子どもの権利条約をはじめ各条約や世界人権宣言など様々なデータを引用して解き明かしています。歴史、条約や国内法との比較、平和学の視点、といった多角的な面から「国際人権保障」を学ぶことができます。  
     
 

 4月から障害者差別解消法が施行されましたが、今回の講演でも「人間モデルの抜本的な見直し」の項で、障害者権利条約について人種差別撤廃条約など様々な条約を引用して解説されました。この項をお読みいただければ「合理的配慮」の意味するところが理解できるのではないでしょうか。

 今回のテーマである「国際人権保障」とは、世界のどこに人間が住んでいても等しく尊厳を保障されるということを実現しようとする仕組みで、人権を保障するということが平和の基礎になるということです。日本国憲法が掲げている脱暴力の理念、これは国際法が求めている理念であり、そして人権保障を通じて日常的に実現していくことができます。

 私たちに今求められているのは、「差別撤廃、人権尊重」へ向けた人権意識の定着化と人権文化を育む環境づくりなど、具体的な取り組みと活動です。本ブックレットがそのための一助となることを切に願っています。

 
     
  神奈川人権センター事務局長 早坂公幸  
     
  *定価 1冊800円(税、送料別)
*申込みは、一般社団法人神奈川人権センターまで
 
     
     
   
     
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