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  2018年8月8日 更新
 
 

日高六郎さん追悼

沖縄からの発信を普遍的な問いと受け止める

「家族滞在」の子どもたち

『人権ブックレットNo.13』案内

 
     
   
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  ▼日高六郎さん追悼  
     
 
追悼 神奈川人権センター初代理事長 日高六郎さん
高橋孝吉(神奈川人権センター初代事務局長/現相談役)
 
     
 

 6月7日、日高六郎さんが老衰で死去した。1917年1月に中国の青島で生まれ、「大知識人」として、101歳。大往生といえる。晩年も、大病されたという話も聞いていない。88歳の米寿の祝いを東京でやった時、私も参加したが、日高さんは杖をついていたがかくしゃくとしていたのを覚えている。

 神奈川人権センターは、2年間の準備会を経て1990年に結成、93年に法人として認可された。反差別・人権の運動団体が、共同して行動する器をつくったのは全国唯一で、また、「法人」として法的に認可されるのも全国初であるということはいうまでもない。

 日高さんには多忙のなか初代理事長を1997年までやっていただいた。最初鎌倉の自宅を訪問した時、「学者然」とした風貌であったが、偉そうなことは一切なく、あっさりした、やさしい口調で対応された(以後、何回かお会いした時も同じであった)。こちらから「金がない人権NGOなので、理事長手当も出せないが、引き受けてもらえないか」と言うと、ニコニコ笑いながら「いいですよ」と。友人Kさんを介して事前に話を通したにせよ、余りにあっさりしていて、こちらもちょっと驚いた。

 翌91年、長洲県知事に法人化要請の際も積極的に同行してくださった。長洲氏は日高さんより2歳下で、横浜国大教授から知事になった人だから、知識人同士会って話せばことは簡単だと思ったのかもしれない。しかし、長洲氏は行政の長という一種の「権力者」に変身していて、後ろ向きの対応であった。さすがの日高さんも日頃の温厚さではなく、ムッとした表情と言葉を吐いたが。その後、何回かの我々のしつこい(!)話し合いで2年後に結論がでて社団法人となった。

 この間各新聞紙上で紹介されているように、日高さんは「行動する知識人」「反戦市民運動の支柱」と評されている。ベトナム反戦、公害・憲法問題、さらに教育問題に取り組んできた。日高さんの〈行動〉は、60年代後半に始まる。〈その一〉69年、東大全共闘の安田講堂占拠に対し、東大法学部が文部省と交渉し機動隊導入を要請。その後機動隊に感謝状と、本郷の本富士署に「お礼」までする。これらに抗議して日高さんはただ一人、東大教授を辞職する(翌年、同志社大学への機動隊導入に抗議して鶴見俊輔氏が辞職)。

 〈その二〉ベトナム戦争下の67年、横須賀で米兵に脱走を促すチラシをまき、脱走した4人の米兵を自宅に匿った。〈その三〉74年、(東京で拉致された)韓国の民主化指導者・金大中氏の自由を求める署名簿をもちソウルに渡航する。〈その四〉「国民会議(総評、社会党系)」を通じての反戦平和運動や日教組の教研集会などでの講演・「教育論」を展開する。市民運動といっても半端ではないのである。

 日高さんは「行動する思想家」だと私は思う。しかも第一級の!本人は「評論家」ですよと言っているが。

 日高さんの思想形成の道は“絶望”とともにあると思う。28歳の夏=1945年8月の終戦を迎えるが、ここを境にした〈戦前・戦後〉に大きく絶望する。すなわち「戦前も戦後も何も変わらないではないか。天皇制も支配層も政党も、そして民衆も」。そして続けて言う「ヨーロッパと違って、日本における権力に対抗する勢力は、<治安維持法>で根こそぎ弾圧されたからな‥‥」「9条がでてきたのは画期的であるが」と。

 E・フロムの『自由からの闘争』の翻訳と発刊(1951年)は、日高思想の重要な一歩をしるすものである。民衆が戦争を、超国家主義を支持し押し進めたのではないか。すなわち「近代において発生した個人の自由がいかにして権威主義とナチズムを生み出したのか」の検討、解明こそが重要である、と。こうして、民衆自身の問題、さらに教育の問題、「知識人の責任、主体性」(サルトル)などへの思索にすすむ。

 あるところで、「日高さんは、どういうところから考えようとしていますか」との問いにこう答える「ちょっと恥ずかしいんだけど、僕はね、〈人間〉から、ということなんだ。つまり、貧富の差とかマルクス風に言うならば階層社会、そういうもの以前の人間から、素朴なる人間を、みたいな感じですかね」。

 最後に、1980年に出された『戦後思想を考える』(岩波新書)をおすすめしたい。今日の社会への警鐘をわかりやすく鋭く展開している。

 
     
 

●参考文献『日高六郎・95歳のポルトレ―対話をとおして』黒川創氏によるインタビュー(新宿書房)

●参考ビデオ『日高六郎が語る体験的〈戦争と平和〉論』(アズマックス)

 
     
   
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  ▼沖縄からの発信を普遍的な問いと受け止める  
     
 
沖縄からの発信を普遍的な問いと受け止める
菊谷秀子(神奈川人権センター理事/NPO法人かながわ女のスペースみずら理事)
 
     
 

 私の所属するNPO法人かながわ女のスペースみずらは、緊急一時保護活動のためにシェルターを開設する一方、みずら相談室を開設して、国籍を問わず女性とその関係者からさまざまな相談を受け、解決に向けてサポートを行っています。2017年度にみずら相談室に寄せられた相談は、延べ1594件でした。

 私もみずらで20数年にわたって相談業務に携わってきましたが、女性をとりまく社会環境は変わったようでいて旧態依然のところもあり、生きにくさを抱える女性たちの悩みを聞くと身につまされます。最近はインターネット上のみずらのホームページを、パソコンのみならずスマートフォンでも閲覧しやすいように変更したところ、十代の若年女性からも相談をもらうようになりました。一緒に暮らす男性の不実、キャバクラ出勤を彼にあてにされる、若年妊娠出産の問題など、彼女が思い描いていた幸せのかたちと現実との乖離のなかで、戸惑っている女性と私たちはどう向き合うのか、模索するなかで出会った本を紹介したいと思います。

『沖縄子どもの貧困白書』

 本書は沖縄県子ども総合研究所編著で、2017年にかもがわ出版から刊行されました。「沖縄県子どもの貧困実態調査」に基づき、子どもたちの置かれた状況を多角的にとらえており、民間と行政が問題解決の方向性を共有し、共に取り組む姿勢が感じられます。沖縄県の特徴として十代の若年出産が多いことがあげられますが、提示された問題を自分に引き付けて読み解いてみれば、沖縄に特化した現象のようでいて実は私たちに普遍的な問題であることがよくわかり、多くを学ぶことができました。

 ここでは、子どもを育てながら働く十七歳の結衣さんの言葉を、相談員としの自戒をこめて紹介したいと思います。『おとなのなかには、ちょっと話を聞くとまとめたがる人がいるの。おとなは結果を出したがるから、本当に言いたいことをまだ言い切ってないうちに「じゃあ、結衣は、こうしたいんだ。そのためにはこうしないと」って話をまとめてしまう。もっと相談したいことがあるのに、話が先まで進んじゃったり、違う方向に行ったりすると、言いたいことがもう途中から言えなくて、「わかった。がんばってみる」って話が終わっちゃう。そうすると、もう次からは話せなくなる。そういう子も見てきた。』

『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』/上間陽子著

 「裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち」は、同じ2017年に太田出版から刊行されました。著者の上間陽子さんは「沖縄子どもの貧困白書」の編集委員でもあります。生まれ育った沖縄に大学教員として戻った上間さんは、独特の丹念な調査方法を駆使して、暴力被害にさらされる子どもの現実を明らかにしていきます。二冊を並行して読むと問題理解に役立つと思いました。

つくづく感じるDVの根深さ

 女性支援の立場から、この二冊に流れている通奏低音は何かと考えれば、どの事案の背後にもあるDVの根深さと、暴力と貧困をもたらす社会構造でしょう。沖縄県では県民所得の低さとひとり親家庭の出現率の高さなどから、多くの子どもが厳しい成育環境に置かれていると考えられていますが、母親の就労比率も際立って高く、子どもの問題は女性の置かれた厳しい社会環境と表裏の関係にあります。

 私たちは沖縄からの発信を、普遍的な問いと受け止めて、支援の現場に生かしたいと願っています。

 
     
     
   
     
   
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「家族滞在」の子どもたち
三木恵美子(神奈川人権センター理事/弁護士)
 
     
 

1 問題の所在

 現在、日本で働くことを目的とする在留資格として、「教授」「報道」「医学」「弁護士」などの専門職や、「人文知識・国際業務・技術」という高学歴で安定的な職場に就職をした人を念頭に置いた職種が定められています。また、「技能」という在留資格では、出身国の料理を行う特別な技能を有する人が在留することを認めています。

 問題は、このような在留資格をもっている人の、配偶者や子どもたちについては、「家族滞在」という、付属的な在留資格しか与えられないことにあります。扶養されている家族であるという条件がつくために、「家族滞在」の在留資格を有する人は、原則として、就労できません。例外的に、1週間に28時間の範囲内であれば、届出によって就労できることになっています。

 子どもたちが、日本に来てから学校に通い卒業をした後、正規の就労をしたいと希望しても、週28時間しか働けないという制約がある以上、正社員としての採用はまず望めないことになります。さらには、自ら、起業したり、況んや成功したりすることは、週28時間の範囲という縛りがある以上、まず不可能です。

 

2 子どもたちの状況

 正社員への道も起業の道も閉ざされているということは、子どもたちの将来の選択肢を著しく狭めています。将来の希望が持てないままに学業に励めといわれても、なかなかできるものではありません。

 ある高校生が、「どうせまともな就職はできないから勉強するだけ無駄。」といったのが、私にとっては、衝撃でした。さらには、そういう気持ちで学校を卒業した後、繁華街でいわゆるキャッチの仕事をしていたところ、警察に捕まえられ、「家族滞在」の在留期間更新に際して素行不良という理由で不許可になった青年もいます。

 この制度は、子どもたちのやる気を損ない、未来を閉ざしてしまうのです。

 

3 高校の先生たちの取り組み

 かねてから、神奈川県では、いわゆる「在県枠」といって、日本に来日してから3年以内に高校入試を迎える外国籍の子どもたちに対して、特定の学校で受け入れる制度があります。この制度を活用して、毎年数十人の子どもたちが、県立高校に進学しています。

 生徒たちの将来を心配して、高校の先生たちが、「家族滞在」から就労可能な在留資格に変更させたいという要求を、各省庁に対して行ってきました。法務省入国管理局は、日弁連との交渉の席で、問題となっている実数を把握していない、などと答えていました。

 

4 現在の成果

 一昨年、一転して、入国管理局は、日本において義務教育の大半を修了していて、高校を卒業見込みである者については、「家族滞在」から「定住者」への在留資格変更を認める、という通知を出しました。「定住者」というのは、就労内容の制限のない在留資格ですので、職種を問わず働け、結果、自立もできるという画期的な内容です。

 しかし、この中にある、義務教育の大半という要件を課されていると、上記の「在県枠」つまり、高校に入る直前に来日した子どもたちについては、要件を満たしません。これについて、粘り強く交渉していたところ、この4月になって、法務省入国管理局は、この要件を外し、日本の中学校を卒業し、日本の高校を卒業見込みである者については、「特定活動」という在留資格を与える、としました。そして、「特定活動」の在留資格の内容として、この類型に当たる人には週28時間という就労制限を外す、としたのです。

 以上の通達は、子どもたちの未来を開いたと言って良いと思います。

 

5 関連して残っている課題

 なお、配偶者については、いろいろな事情で離婚に至った場合、「家族滞在」の在留資格を継続して保持することはできず、日本から出国を余儀なくされます。それは、DVなど、相手方に有責性があることが明らかな場合であっても、例外的な扱いにはなりません。以上。

 
     
     
     
   
     
   
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  ▼『人権ブックレットNo.13』案内  
     
 
人権ブックレットNo.13 を発刊!!
「国際人権保障と平和/戦争
― 多元的な社会のダイナミズム
神奈川大学法科大学院教授 阿部浩己
 
     
 

 一般社団法人神奈川人権センターは事業計画に基づき、人権被害者の相談、支援、救済活動から差別・人権侵害を撤廃するために人権教育、啓発事業にも活動の重点を置いています。その一環として人権ブックレットを作成し、現在No.12まで発行しています。

 人権ブックレットは、毎年神奈川人権センターが開催している「人権学校」「人権研究交流集会」「国際人権集会」などでの貴重な講演や提起をまとめたものであり、活動にあたっての学習文献として活用されています。

人権ブックレットNo.13「国際人権保障と平和/戦争 ― 多元的な社会のダイナミズム」
 

 このたび発刊しましたNo.13は、2015年10月に開催された「第26回神奈川人権研究交流集会」での神奈川大学法科大学院教授の阿部浩己さんの講演録をまとめ、修正加筆したものです。暴力というものを肯定するような状況が拡がっている中で、歴史を振り返りながら国際人権保障の枠組みはその暴力をどうやって封じ込めようとしているのか。1990年に国連総会で採択された「国際法の10年」決議に込められたメッセージの意味とは何だったのか、と阿部さんは私たちに投げかけます。

 国連憲章の目的は、人間の尊厳というものをいかに世界の中に行き渡らせていくのかにある。人間が人間らしく生きていく社会を築いていく、そのために法は何を出来るのか、法制度は

 
  どのような役割を果たしうるのか、そこに参画していく人たちは何ができるのかということを、日本国憲法や国連憲章は私たちに訴えている。「暴力」とは人間の可能性を奪ってしまう障害であり、この暴力を封じ込めていくということが平和を実現する。ということを、子どもの権利条約をはじめ各条約や世界人権宣言など様々なデータを引用して解き明かしています。歴史、条約や国内法との比較、平和学の視点、といった多角的な面から「国際人権保障」を学ぶことができます。  
     
 

 4月から障害者差別解消法が施行されましたが、今回の講演でも「人間モデルの抜本的な見直し」の項で、障害者権利条約について人種差別撤廃条約など様々な条約を引用して解説されました。この項をお読みいただければ「合理的配慮」の意味するところが理解できるのではないでしょうか。

 今回のテーマである「国際人権保障」とは、世界のどこに人間が住んでいても等しく尊厳を保障されるということを実現しようとする仕組みで、人権を保障するということが平和の基礎になるということです。日本国憲法が掲げている脱暴力の理念、これは国際法が求めている理念であり、そして人権保障を通じて日常的に実現していくことができます。

 私たちに今求められているのは、「差別撤廃、人権尊重」へ向けた人権意識の定着化と人権文化を育む環境づくりなど、具体的な取り組みと活動です。本ブックレットがそのための一助となることを切に願っています。

 
     
  神奈川人権センター事務局長 早坂公幸  
     
  *定価 1冊800円(税、送料別)
*申込みは、一般社団法人神奈川人権センターまで
 
     
     
   
     
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