7月11日(日)
 昨日と同じブラッセリーにてカフェオーレとクロワッサンだけの朝食を摂る。真島氏の弟さんがパリを車で案内してくれるということで、アパートの前まで迎えに来てくれる。まずは、パリの南の外れにあるヴァンヴで日曜日ごとに開かれるのみの市に向かう。200mほどの舗道に露店がずらりと並んでいて、そこには骨董品から、使い古しの日用雑貨、大昔の雑誌、セピア色になった古ぼけた写真まで雑多なものがまさに玉石混淆という感じで並んでいる。もう要らなくなったのだろうか、手垢まみれのチェロの教則本やアリアの楽譜集なんかもあった。まあ、ほとんどの人が冷やかしで通り過ぎて行くが、なかには真剣に値段の交渉をしている人も。
 その後、北西に向かってセーヌ川を渡り、セーヌ川越しにエッフェル塔を見下ろせるトロカデロ広場を横切り、凱旋門のあるシャルル・ド・ゴール広場を抜けて、サクレクール寺院のあるパリの街を一望できるモンマルトルの丘に着く。ここも観光スポットとあって大勢の観光客で賑わっている。真島氏の弟さんとはここでお別れ。



テルトル広場のストリートミュージシャン
手回しオルガンを伴奏に美声を聞かせていた

 サクレクール寺院の横を過ぎるとほどなくテルトル広場に着く。ここには自分の描いた絵を売ったり、観光客の似顔絵を描いて稼ぐ日曜画家があちこちにキャンバスを立てかけている。中には日本人とおぼしき画家の姿も。広場に面したカフェのテラスでしばし休憩。パリに来て驚いたことの一つに、スズメの姿がある。日本のスズメは警戒心が強く、人が近づいただけで飛び去ってしまうが、こちらのスズメはまるでハトのように人なつっこい。人が食べているテーブルのパンくずを見つけると、そこに飛んできてちゃっかり相伴に与っている。日本のスズメはよほど過去に辛い目に遭っているらしい。
 これよりパリ来訪3日目にして、無謀にもいきなり自由行動ということになった。まあ、真島氏と私とは興味もペースもまったく違うし、その方がお互いに気が楽だということからなのだが、さてどうなることやら……。
 モンマルトルの丘を下る石畳と階段の続く道は、いかにも映画の舞台になりそうな風景である。ベルリオーズも眠るモンマルトル墓地の横を過ぎ、サンラザール駅を左手に見送り、日本大使館の前を過ぎると前方に巨大な凱旋門が見えてくる。写真などでおなじみの建築物だが、いざ実物を見るとやはりでかい。凱旋門には展望台もあるのだが、面倒くさいのでパス。昼をとうに過ぎていたのでとりあえずレストランを探す。シャンゼリゼ大通りをコンコルド広場方向に向かって歩いてみるが、広々とした舗道にはレストランのテラスが延々と並んでいて、どこに入ろうかと迷う。というより、なにせ言葉の不自由な異国の地である。私でも入れそうな店を探す方に神経を使ったというのが正直なところだ。舗道に立っているフランス語のメニューを見てもさっぱり分からないので、ここはひとつテラスで食事中の人の皿を見て歩くことにした。そして、英語表記のメニューも書かれているレストランを見つけて入る。その後のやりとりは昨日の場合とほとんど同じ(さすがに1リットルのレモネードは頼まなかったが)。サラダ菜などの野菜の上にテリーヌや生ハムが乗っている田舎風の一品料理だったが、ボリュームもありとても美味しかった。満足(^-^)。
 シャンゼリゼ大通りの下を通る地下鉄1号線に乗り、バスチーユの監獄でおなじみのバスチーユ駅で5号線に乗り換え、オステルリッツ駅のそばにある植物園に向かった。植物園は無料。植物園に入ったといっても、私の興味は花壇にネームプレート付きで栽植されている花々より、もっぱらその周りに生えている雑草にあった。花壇に植えられている花は、日本でも園芸品種として輸入されているようなものばかりで面白味はない。雑草こそ、その地に逞しく根を下ろして生活している植物の生き様そのものであって、日本にいては決してうかがい知れない姿なのだ。花壇の美しい花に向けてシャッターを切る人はあまたいるなかで、フェンスの向こうの雑草ばかりにカメラを向けている私は、さぞかし怪しい東洋人に写っただろうなあ。


ゆったりとしたスペースの公衆電話。間の仕切を挿んで2つのブースがある。カードしか使えない。
後ろは、我々のアパートの最寄り駅、地下鉄のDuroc駅の入り口。

 さて、外をずっと歩いていたのでかなり汗をかいた。持参していたミネラルウォーターもすでに飲み尽くしてしまった。日本では町なかを歩けばどこにでもある自動販売機だが、ここフランスには皆無である。アメリカなどもそうらしいが、現金を入れる販売機を町なかに置くと、必ず壊されて現金が強奪されてしまうのだそうである。そういえば、町なかの公衆電話も以前は現金式のものもあったらしいが、現在はカードしか使えないようになっている。そういう点では、やはり日本は治安のいい国なんだなぁとつくづく思う。
 というわけで、何か冷たいものが飲みたいと思っていたところ、植物園を出たところに運良くマクドナルドがあった。私は真冬でもアイスコーヒーを頼んでしまうというほどアイス党である。注文カウンターの奥には日本と同様にメニューが書かれているが、どうせフランス語で分からない。「Ice Coffee」と言うと、何だか一瞬怪訝な顔をされたが、すぐに小さなカップに注がれたエスプレッソ風のホットコーヒーを持ってきたので、あわてて「ノンノン、アイスカフィ!!」と言うと、また怪訝な顔をしながら「Ice?」と尋ねかえしてくるので、「Yes」と答えると、次に出てきたものはなんとコーヒーシェイクだった。もうこれ以上の問答は面倒だし、とりあえず冷たい飲み物には違いないし、私は「Sorry!」と言ってそれを受け取った。後で知ったことだが、フランスでは高級レストラン以外にはアイスコーヒーを置いていないらしい。日本のような高温多湿な国とちがって、あまり冷たいものを欲する必要がないからだろうか。そういえば、昼に食べたレストランで注文したトマトジュースも、常温のビンと氷も入っていないグラスが来ただけだった。パリの街角に神妙な面もちでシェイクをすすっている東洋人の姿がそこにはあった。



昼をとうに過ぎていた
 正午の時報を聞くやいなやそそくさと昼食を摂る日本人だが、フランス人の昼食は1〜2時頃とちょっと遅いらしい。夕食も9時頃というからこの遅い昼食時間もうなずける。
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雑草
 私の野草好きについては「野草の部屋」をご覧あれ。
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