3月3日(日)
 今日はボンとケルンの観光の日。

 列車はフランクフルトを発つと程なくライン川にかかる鉄橋を渡る。マインツの駅を過ぎると、列車はライン川に沿って走ってゆく。じつは、マインツ〜コブレンツ間はライン川下りで有名なところで、川を挟んで両岸に点在する古城を観光船から眺めるのが大きな目玉となっている。我々もライン川下りをしたいと思っていたのだが、観光船が運航するのは3月下旬からということで、残念ながら今回の旅行では実現できなかった。
 この時期のライン川は雪解けの水のせいでかなり増水しているのだが、川沿いの街や道路と川の間には堤防らしきものもなく、場所によってはほとんど冠水しそうな部分もある。そういえば、フランスもそうだったが、こちらの河川には堤防というものがほとんど見あたらない。それはすなわち洪水が起こらないという証拠ともいえる。ライン川河畔に堤防がないのも、どんなに雪解けで増水してもこれ以上水位が高くなることはないという余裕の表れだろう。逆にいえば、洪水に対して無防備とも言え、2002年夏の異常気象による大雨で、チェコからドイツ東部一帯の河川が氾濫して大きな被害をもたらす結果になったのである。


ライン川沿いの街。増水した水面ギリギリに建っている。

 鉄道はライン川の両岸を走っているのだが、ケルン方向に向かって左岸が主に旅客列車用、右岸が貨物列車用と分けられているらしい。両岸に点在する古城のうち、比較的有名な城は左岸に多く、列車からは近すぎてかえって見えにくい位置にある。反対側の右岸にはどちらかというと尖塔が崩れ落ちて廃墟と化しているような荒城の方が多い。一方では改装してホテルとして営業している城もある。車窓から写真を撮ろうと試みたが、沿岸に立っている電線や街路樹が邪魔になってなかなかシャッターチャンスが巡ってこない。やはり、古城巡りは船上からの方がベストのようだ。
 この辺りは私の大好きなモーゼルワインの産地でもあり、ライン川を挟む丘陵にはブドウ畑がどこまでも広がっている。

 さて、列車はあのハイネの詩で有名な「ローレライの岩」に差しかかった。岩上で歌う美少女ローレライの歌声に魅せられた船頭が舵を誤り、多くの船を難破させてしまうという。しかし、じつはこの「ローレライの岩」、世界三大がっかり名所のひとつに数えられているくらいで、そこには奇岩があるわけでもなく、何かモニュメントが建っているわけでもない。ただ、岸壁に"LORELEY"と書かれたプレートが貼ってあるだけである。あのプレートがなければ、誰も見向きもしない何の変哲もない岩のカーブなのだ。一応写真も撮ってみたが、プレートの文字は見事にぶれていて失敗。このローレライの岩を是非とも観たい方は検索エンジンで探してみていただきたい。無類の感動脱力感があなたを包み込むだろう。
 ライン川下り観光は日本人団体旅行者も多いらしく、そんな日本人観光客へのサービスのつもりからなのか、80年代までは岩の中腹にハリウッドの看板よろしくカタカナで「ロ ー レ ラ イ」と書かれた看板が立てられていたという。さすがに恥ずかしいと思ったのか現在は撤去されてもうない。恥ずかしいと言えば、ライン下りの観光船に乗り込んだ日本人のオバサン団体が、ローレライの岩に差しかかるやおもむろにデッキに立ち並び、ローレライの歌の合唱を始めるという光景がしばしば見受けられたらしい。親善的で微笑ましい光景じゃないかって? 少なくとも私は某顰蹙系番組のママさんコーラス隊を連想してイヤだなあ。それでなくとも、日本人観光客の集団というのは世界的に疎んじられている存在なのだから、これ以上恥の上塗りをしないでもらいたいと思う、同じ日本人として。

 ライン川下りの終点であるコブレンツを過ぎ、しばらくすると列車はボン駅(右の写真)に到着。かつて西ドイツの首都だったボンだが、町の規模としては小都市といったくらいで、観光名所もめぼしいものといえばベートーヴェンの生家くらいしかない。もちろん、我々……いや、ほとんど単に私の個人的興味からだが……のお目当てはベートーヴェンの生家である。
 ボン駅を降りてしばらく歩くとベートーヴェンの像が建つミュンスター広場に出る。さらに歩いていくと程なくベートーヴェンハウスに到着。玄関をくぐるとそこは売店で、楽譜やベートーヴェングッズが販売されている。ここで荷物をロッカーに預け、ベートーヴェンの生家に入場するチケットを買う。チケット売り場には日本語で書かれたパンフレットも置いてある。ベートーヴェンの生家は彼がウィーンに行くまで過ごしていた場所であり、ベートーヴェンが実際に使用していたクラブサンや自筆譜、晩年使用していた補聴器などが展示してある(館内は撮影禁止)

ミュンスター広場に建つベートーヴェン像。右手にはペンを持っている。 ベートーヴェンハウスの向かい側の建物の側面に書いてあるベートーヴェンの壁画。
Photo by Sakamoto
ベートーヴェンハウス正面。この建物は売店で、生家は中庭を隔てた奥にある。

 生家を一通り見回った後、再び売店で本を物色していると、日本語の書籍が目に止まった。「不滅の楽聖・大ベートーヴェン展」という本で、1995年にベートーヴェンハウスの所蔵品が日本に持ち出されて展示された際の記念として作られた、ベートーヴェンの生涯の軌跡と関連する遺品や自筆譜などを編纂したものであった。この本には当時の写譜や出版譜のファクシミリなどもふんだんに載っていて、楽譜マニアの私としては非常に興味をそそられる本だ。というわけで早速購入、17.90ユーロ也(約2000円)。一般書籍ではないので、現在この本の日本での入手は困難だろう。なぜか、坂本氏は売店のトイレの便器の写真を撮っている。便器マニアだったのか!?

 ボンからケルンは急行で20分足らずだ。昨日訪れたブリュールを過ぎた辺りから、前方に2つの尖塔が見え始めてきた。ケルンの駅を降りると、その2つの尖塔を頂くケルン大聖堂は目の前である。休日ということもあってか、大聖堂の前の広場はパフォーマンスをする人やそれを見物する人などでごった返している。お昼もとうに過ぎてしまったので、まずは町中のレストランに入って腹ごしらえ。


ケルン中央駅。


ケルンのシンボル大聖堂。高さは霞ヶ関ビルより高い157m。
左側の塔の一部は改修工事の足場で覆われていてちょっと幻滅。


大聖堂の前の広場で3重奏を披露するホルニスト達。
偶然右端に写っているのは黒川氏。

 さて、昼食も済ませ、帰りの列車の出発する時刻まで各自自由行動ということになり、私は大聖堂の中に入ってみることにした。日曜ということもあってか、中ではミサが行われている。我々観光客はそのミサを横目で見ながら堂内を散策。色とりどりのステンドグラスに囲まれた堂内はとにかくだだっ広い。509段の階段を上れば塔上の展望台に登ることもできるらしいが、面倒くさいのでパス。黒川氏はここに登ったらしい。若いっていいなあ。入り口近くの売店には楽譜で描かれた大聖堂のポスターが展示してある。これ、どこかで見たことあるなあと思ったら、以前ドイツ旅行をしてきた友人からお土産にもらったポスターと同じ図柄だった。もらった時は特に何の印象もなかったのだが、今になって初めてケルンの大聖堂の絵だったことが判明。ま、私にせっかく土産を買ってくれてもこの程度である。私はお土産というものを一切買わないし、人からお土産をもらっても家にゴミが増えるばかりでちっとも嬉しくないという変人なので、みなさん、私にお土産を買ってきても無駄ですよ。
 大聖堂を後にして駅ビルの中にある本屋を散策する。当たり前だが、どの本もドイツ語でちんぷんかんぷんなのでどんどん奥に入っていくと、コミックのコーナーに行き当たった。スヌーピーやスーパーマンなどのワールドワイドなコミックスもあるにはあるのだが、驚いたのは日本のマンガの占める割合の多さだった。なかでもドラゴンボール関係のグッズがやたらと目に付く。コミックスをパラパラとめくってみたが、おお、ピッコロ大魔王がドイツ語で喋っている! あのスキンヘッドがドイツ語と意外とマッチしているぞ。理由は分からないけど。しかし、孫悟空はドイツ語でも訛っていたかどうかは不明である。
 そういえば、朝、ホテルのテレビを付けるとアニメばかりやっているチャンネルがあるのだが、そこで放映しているのはほとんどがドラゴンボールやちびまる子ちゃんなどのジャパニメーションなのだ。もちろんちゃんとドイツ語に吹き替えられている。最近、少年ジャンプのアメリカ版が大ブレイクしているらしいが、日本のマンガ文化は着実に世界を席巻しつつあるようだ。

 フランクフルトに戻ってきたのはちょうど夕食時。なんでも街の北側に通称「食い倒れ通り」と呼ばれる飲食街があるというので、みんなで歩いて行くことにした。フランクフルトは商業の中心都市というだけあって、街の中心へ歩き出すにつれて景色も近代的な高層建築が立ち並ぶ風景に変わってゆく。さて、その「食い倒れ通り」に着いてはみたものの、沿道の店はことごとく閉まっている。よくよく考えてみたら今日は日曜日。日本と違ってこちらは休日はしっかり休んでいるらしい。いろいろ探し回ったあげく、運良く営業していたイタリアンレストランになだれ込む。ここでパスタとワインを堪能した後は、腹ごなしに公園を散策しながら帰路につく。駅で明日のミュンヘン行きの列車の発車時刻を確認してからホテルに戻った。(つづく)