3月2日(土)
 朝食を食べに、ホテルの1階のレストラン――もっとも、こちらヨーロッパの数え方では1階ではなく地階ということになるのだが――に降りてみると、何とフロアの大多数を占めているのは日本人だった。そうか、このホテルは駅からも近いし、値段も手頃だし、きっと日本人ビジネスマンにとっては好都合なロケーションなんだろうな。昨夜のフロントが日本語の挨拶をしてきたのもなるほどうなずける。

 さて、ドイツの最初の訪問地は、TGツールの作者であるギーセン氏の住むブリュールという小さな町である。
 フランクフルト中央駅の窓口でジャーマンレイルパスの使用開始手続きをする。このジャーマンレイルパスは、外国人旅行者に限りドイツ国内の国鉄に5日間乗り放題というクーポン券である。我々はあらかじめ旅行代理店から購入を済ませていたのだが、2人で使うツインパスを購入すれば、レートによって多少上下するが、日本円で約4万円、1人あたり約2万円ということになる。日本の新幹線にあたるICE(都市間超特急)も二等車であれば特急料金を別途払わなくてもそのまま乗車できる。
 ブリュールはかつて西ドイツの首都だったボンとケルンの間にある小さな町。ボンでICEから各駅停車に乗り換えること数駅でブリュールに到着。ちょうど昼時なので食事をしようと考えていたのだが、ブリュールの駅は町の外れにあり、駅を降りてもバーのような店が一軒あるのみ。一応食事もできそうだし、他に選択肢もないのでこの店に入ることに。テープルに腰掛けると早速ウェイターがメニューを持ってきたのだが、すべてドイツ語で書かれていて何が何だかさっぱり分からない。坂本氏がウェイターに「これは何か?」と英語で話しかけても、肩をすくめる仕草。どうやら英語は通じないらしい。ドイツも観光都市では英語でもほとんど問題ないらしいが、やはり地方の小さな町になるとそういうわけにもいかないようだ。結局、各自ビールとドイツ語のメニューの中でもなんとか綴りから判別できるものを注文。うう、そう言えば前にもこんな状況があったぞ。で、私は「??サラダ」を頼んだのだが、出てきたのはサイドメニューのような料理だった。ちょっと不満足。

 昼食も済ませ、いよいよギーセン氏の家に。駅前にちょうど停まっているタクシーに住所のメモを見せて行き先を告げる。タクシーはブリュールの町中を通り抜け、郊外の丘陵地へ入ってしばらくすると閑静な住宅街の一角に停車した。
 玄関の呼び鈴を押すと、ホームページで既に見覚えのあるギーセン氏が奥さんと一緒に出迎えてくれた。我々はまず応接間に通され、お茶と奥さん手製のフルーツパイとチョコレートケーキをごちそうになった。奥さんはピアニストでありアーティストでもあるらしく、玄関から部屋の至る所に絵画やオブジェが飾ってある。子供の気配はなかったが、どうやら芸術一家のようだ。
 さて、事前にギーセン氏とコンタクトをとっていた坂本氏を除いて、残る3人はギーセン氏とはまったく面識がない。それぞれの自己紹介と相成ったのだが、アメリカ留学の経験もある本澤氏も、現役大学生の黒川氏も英語で自己紹介、私だけ堂々日本語で自己紹介(通訳は坂本氏)以後、歓談は私だけ蚊帳の外……とはいえ、私もまるっきり英語が分からないわけではないぞ。基本的に話の内容は音楽や楽譜に関係することばかりなので、単語だけを拾っていっても概ね何の話をしているかくらいは分かる。ギーセン氏にとっても英語は母国語ではないので、アメリカ人が喋る英語よりもはるかに聞き取りやすい。もっとも、我々(「々」は余計ってか?)に配慮してくれたのかも知れないが……。

 さて、ここでギーセン氏のことについて簡単に紹介しておこう。
 我々がいつも楽譜作成に使っているFinaleというソフトには、楽譜作成をより効率的に行える便利なプラグインツールが付属していて、最近は優秀なサードパーティ製のプラグインも増えてきた。そんなプラグインのひとつ、「TGツール」を開発している人物がトビアス・ギーセン氏なのである。TGはTobias Giesenのイニシアルを採ったものである。TGツールのホームページを見ていただければ分かるが、ギーセン氏は作曲家という側面も持っており――もっとも、作曲家の方が表向きの顔であり、プログラマーとしての顔の方が側面なのだろうが――同じ浄書ヲタクの作曲家として彼に興味がわくのも無理からぬ事である。

 いよいよギーセン氏の仕事部屋へ。プログラマーとか作曲家の部屋というのは本や資料が雑然と積み上げられているというのが相場だが、彼の仕事場が意外と整理されているのにビックリ。まずは我々のホームページの紹介。と言っても、彼のパソコンに日本語が表示されるわけでもなし、かりに表示されたところで彼は日本語が読めないので全く意味がない。しかし、最近はサイトを丸ごと翻訳してくれるサービスもあるので、そこを通せば精度は甚だ不完全ではあるが一応彼にも読むことができる
 面白かったのがパソコンのキーボード。ドイツのパソコンはアルファベットキーの配列が違っているのだ。たとえば、英語では使用頻度の少ないZなどのキーはホームポジションから離れた隅の方に追いやられているわけだが、Zの使用頻度の高いドイツでは、Zキーはキーボードの中央部に配置されている(Yと入れ替わっている)。また、ёのようなウムラウト付き文字のキーも既に用意されている。だから、このキーボードで文字をタイプする時は大いに面食らってしまった。


ギーセン氏の仕事部屋。右奥にWindowsマシン、その手前がMac。
手前の机上のものは坂本氏が持参したPowerBook。

 「TGツールを作ろうと思い立ったのはなぜ?」
 「単に早く自分の意図する楽譜を書きたいと思ったから。」
 楽譜作成ソフトを使っている人なら分かると思うが、ちょっと特殊な表記をしようと思った時、手書きならペン一本で書けるものも、ソフトを使う場合はいろいろなツールを使い分けなければならない事が往々にしてある。しかし、作曲中にトレモロひとつ書くのに数分かかっていたのではたちまち思考停止に陥ってしまう。これではコンピュータを使う意味がない。作業の効率化という意味において、作曲家が浄書家以上にこういうツールを望むのは至極当然のことと思われる。ギーセン氏の場合、たまたまプログラミングの知識も持っていたので、それなら俺が作ってやろう、ということになったようだ。私ももう10年若かったらこういうツールを作っていたかも知れない。でも、今はとてもそんな時間も気力もない。若いっていいなぁ(ボソッ)

 序文でも触れたが、今回の来訪の大きな目的のひとつは、そのTGツールの日本語表記の不具合を修正することでもあった。日本語表記の不具合は日本語の表示できる環境でしかチェックできない。しかも、それが正しく表示されているかどうかは、日本語が分かる人間でないと確認できない。我々がわざわざ彼の家にまで乗り込んだのにはそういう理由があるのだ。坂本氏の持参したPowerBookとギーセン氏のパソコンをネットワークで結び、ギーセン氏がデバッグをする端からその成果物をPowerBookに転送して表示の確認をするという方法でチェックは行われていった。原因は意外とすぐに判明し、Mac版についてはその場で完全に修正することができた。
 後から聞いた話だが、我々の帰国後、ギーセン氏は残るWindows版のバグフィックスのために、わざわざ日本語版のOSを入手してチェックをしてくれたようだ。本当に頭が下がる思いだ。
 Finaleに無償でバンドルされているTGツールはたったの4つ、しかも機能限定版である。正規版のTGツールは現在英語版しかないが、近い将来、全日本語化の可能性もあるかも知れない。もちろん、その実現には我々も協力を惜しまないつもりである。


ギーセン邸前での記念撮影。
左から黒川氏、坂本氏、私、ギーセン氏、そして本澤氏。
撮影はギーセン夫人。ちょっと手ブレ気味なのはご愛敬。

 ギーセン氏は我々をいったん駅まで送ってくれた後、車を置いてブリュールの町を案内してくれた。とりたてて特筆すべきものはない小さな町だが、とても静かな町だ(←それくらいしかない^^)。町を一廻りしてから、街角のケーキ屋に入ってコーヒータイム。ギーセン氏は黒川氏が持っていた日本の携帯電話の多機能さに興味津々のご様子。私は大のケータイ嫌いなのでどうでもいいことなのだが、いろいろな絵文字や多重和音が出る日本のケータイは、職人の国ドイツ人にはどう映ったのだろうか?

 ケーキ屋を後にしてブリュールの駅に着いた時はもう8時を大きく回っていた。プラットホームまで見送りに来てくれたギーセン氏と名残を惜しみながらお別れの挨拶。気さくでいい人だったなぁ。
 フランクフルトに着いたのはもう11時近く。気疲れからかなんだか全員ぐったりしてしまって、食事を摂る元気もなく、明日の列車の発車時刻だけを確認してそのままホテルに直行&解散となった。(つづく)