第3話:シアワセノカタチ


3rd TRACK

「おはよう」
 真義は瑠柁の部屋のドアをノックすると、ドアの向こう側にいるはずの瑠柁に向かって話しかけた。
「そっちに……いってもいいかな」
 その時の真義は憧れの先輩に告白する下級生のようにぎこちなく、扉の向こうから反応はなかった。
「身体の具合はどう?」
 答えは返ってこない。
「よかったら、今日はずっと診ててやろうか」
「……ダメだよ」
 ようやく返ってきた反応は拒否だった。
「おにいちゃんはがっこう……なんでしょ。さぼってないでちゃんといかないと……だめだよ……」
 あまりにも弱弱しくて、ドアを蹴破ってでも行きたくなるが釘で固定されているかのように足が動かなかった。
「ありがとう。おにいちゃん」
 感謝の気持ちが込められた拒絶に真義は何もいえず、未練があるかのように立っていたがしばらくすると真義は立ち去っていった。

 二日酔いの影響で気分の悪い体をベットに横たえながら、瑠柁は天井を見上げていた。
「……いいんだよ、これで」
 真義の立ち去る足音を聞きながら呟かれた一言は、誰も聞かれることなく消えていった。


 ▽▽▽


「ちゃお〜」
 校門近くまでやってくるといつものようにプポーネが、みんなに向かって挨拶する。
 陸を皮切りに返礼を交わすがプポーネはいつもの一団の中に、瑠柁の姿がないのを見て怪訝な顔になった。
「ルダは?」
「瑠柁なら二日酔いで休み。ったく、蒼衣ったらあれほど未成年に酒飲ますなっていってるのに」
 陸が答えるとプポーネは呆れた。
「シンギ〜 ついてなくちゃだめじゃねーかよ」
「オレもついてやろうとしたんだけど、拒否された」
「シェーモ」
 プポーネにまでバカにされるなんて人として終わっているのかもしれない。
「あのなあ。それは了解っていう意味なんだぞ。突っ込んでベッドに押し倒してあっはーんなことやうっふーんなことをしなくちゃだめだ」
「ロリコンじゃねえ」と喉からでかかったが飲み込んだ。もはや、真義がロリコンである評価は間違っているが覆そうになかったからである。
「プポーネじゃないんだからさ」
「それだからだめだっていうんだよ」
 プポーネみたいな奴になったほうがそれこそダメだと思うんだけど、口にする前に腕を背中に回されて密談モードになってしまう。
 プポーネは真義の耳元にそっと口を寄せると囁いた。
「で、どうだ? アレはどうだった?」
 とぼけようかと思ったけれど、時間を無駄遣いするのもバカバカしいので素直に答えなかった。
「いや、ぜんぜん」
「おっかしいなあ……」
 プポーネは真面目に考え込んだ。
「効くわけないだろ。わかりづらいし、意味不明だし、しょーもないし」
「なにをっっ!! 人がせっかく親切に助けてやろうと思ったのに」
「それは感謝するけどさ」
 その一言に機嫌を直したのか、少しは得意そうになった。
「だいたい、てめぇは強引さが足りないっていうか気をつかいすぎなんだよ」
「乱暴なのよりはマシだと思うんだけど」
「それがいけないっつーんだよ。相手をよく見ろ。ルダだってねねだって真義にあーんなことやこんなことをされることを望んでるんだぜっ リクエストに答えないでどうする」
「あんなことやこんなことって、瑠柁やねねと一緒に鉄道模型を楽しんだり、魚つりしたりすることとか」
「いや、ラツィアーレを襲撃したりラツィアーレを襲撃したりラツィアーレを襲撃したりすることだ」
「かわんねーじゃねえかよ」
 あんなことやこんなことがどういう事なのか分かっていたのたけれどボケみたら、プポーネも負けじとボケに走ってしまい苦笑してしまう。
 その二人を少し距離を置いて眺めていた樹が言った。
「明るくなられてよかったです」
 瑠柁を看病しようとして拒絶された割には真義はさっぱりとしていた。
 おそらく、吹っ切れたのだろう。
 たとえつまずいていても、自分のやるべき事を見つけたのだからそのプラン通りにやればいつかは出口までたどり着ける。瑠柁とねねとの問題も解決できると確信したのだろう。もう、心配することがないように見えた。
 しかし、陸は呆れていた。
「不気味なんだよね」
「何が不気味なんですか?」
 わかっていない樹に陸はため息混じりに説明した。
「プポーネの言うことで吹っ切れたんだから、きっとなロクでも決断に、間違いない」
 なぜかに永井正和風に。



 ▽▽▽



 当然といえば当然なのだが、営業時間中の母屋というのはひっそりと静まり返っている。
 理亜も瞳も蒼衣も、そしてねねも店舗で働いているから、音の発生源といったらそんなにないわけで。
 ただ、今日は風呂場からシャワーの音が響いていた。
 体調が少し元に戻った瑠柁が、全部前に回して垂らした髪に執拗にシャワーをかけている。
 水分を含んで重たくなった髪には光は消えて、その代わりにしっとり感が出ている。
 窓枠に立てかけておいたシャンプーを手に取ると、掌に少量取って透明な液体を髪にこすりつける。
 ボトルからして、一見すると普通のシャンプーのように見えるが髪にこすりつけてゴシゴシすると、泡が白からコーヒー色に変わる。
 コーヒー色の泡にまみれた瑠柁の頭。
 ゆっくりと壊れ物を扱うかのように頭の天辺から髪の先端まで揉み解すと、シャワーヘッドを頭に近づけ、膨大な水量によって髪全体を包んでいたコーヒー色の泡を全て落とした。

 泡が消え去った後に現れたのは、足首まである髪。
 その髪は撫子の花を思わせるような鮮やかなピンク色に染まっていた。

 風呂場から上がると、瑠柁は髪をバスタオルで拭くと自分の部屋へと歩いていった。
 いつものようにドライヤーで乾かしていないから、水分を吸っていつもよりも髪が重い。
 自分の部屋に入ると姿見をじっと見つめた。
「この姿になるのも久しぶりだね。瑠柁」
 鏡に映る瑠柁の髪はピンク色で濡れたてのしっとりとした艶をかもし出していたので別人のように、いつもよりも大人っぽく見える。

「なんで切っちゃうの? もったいないよ」
 その人は髪を切ろうとした瑠柁にそう言った。
「だってだって、いやなんだもん」
 この髪があるからいぢめられる。
 不幸をもたらす汚らわしい存在。
 この髪が頭からなくなってしまえば、いぢめられることもなくなるのだろうか。
 無論、そんなわけはなく女の子のなのに男の子よりも髪が短くなった瑠柁をいじめるだけなのだろうけど、その時はそれがなくなることを祈っていた。
 あってもいじらめられて、なくてもいじめられるのなら無い方がいい。
 でも、瑠柁が母親と同じぐらいに愛しているその人はこう言ったのだ。
「瑠柁の髪、とってもキレイなのに」

 それは価値観が変わった一言。

「瑠柁の髪、変だよっっ!! こんな髪の人間なんていない。染めていい気になってんじゃないよっって、違うもん。これが瑠柁の髪なんだもん」
 にも関わらずその人は瑠柁の髪をかき混ぜながら言った。
「他人の言うことなんて気にするな。オレがキレイだと思ったんだからそれでいいだろ。それとも瑠柁はオレのことが信用できないっていうのか?」
「そんなことないもんっっ!!」
「だったら、それでいいだろ」
 その人は笑いながら瑠柁の頭を撫でた。
 たったそれだけだったけれど゜、掌から伝わる温もりが瑠柁の悲しみや苦しみを暖かく溶かしていった。
「オレは瑠柁のその髪、とっても好きだよ。桜の花みたいできれいで明るくて輝いていて、だから瑠柁もその髪を嫌いにならないでほしいな。そんな瑠柁をいつまでも見ていたいから」
「おにいちゃん……」
 その後は言葉にならなくて、その人の胸の中で変わった。

 それから瑠柁は変わった。
 嫌いだったものが宝石よりも大切な宝物になった。
 なによりも、その人に愛されているんだということを知って自分に自信がもてるようになった

 瑠柁はいとおしげに全身を覆うほどに伸びたピンク色の髪を撫で上げる。
 あの一言がなかったら、瑠柁はずっと沈んだまま、今までの人生が楽しいと思えたことなんてなかった。
 その人には感謝している。
 その人とずっと一緒に寄り添っていきたいと願っていた。

 瑠柁は置いてあった鋏を持つと、刃を前髪の根元に当てた。

 自分はその人と一緒に歩くにふさわしいのだろうか?

 そっと首を振る。目頭が熱くなった。

 その人には自分よりもふさわしい人がいる。
 そいつは自分よりも幼いのに大人で優しくて落ち着いていて、胸も大きい。
 ちっちゃい子供のようにワガママを押し通すだけの自分に敵うはずもない。
 悔しいけれど、そいつとならばその人は幸せになれる。
 瑠柁だったらワガママのあまりにその人を破壊しかねないから。

「ごめんね、おにいちゃん」
 声が震えた。
 自分の想いを押し落とすことしかできない妹なんていらない。
 その人は最良の相手と結ばれることによって幸せになれるのだから、その人の幸せを願うのなら自ら退くしかない。
 だから、
「解放してあげるね。おにいちゃん」
 これはけじめ。
 その人への想いをすっぱり断ち切るために、瑠柁は髪を切ろうとする。
 根元から切り落とし、剃り落とす。
 その人が好きといってくれて、自分も好きになったその姿から遠く離れてしまえば、その人から卒業できだろう……瑠柁はそう思った。

 なのに、鋏の刃は一向に煌かない。
「なんでよ」
 手が震えていた。
 別の生き物になってしまったかのように激しく震えていたが、決して髪を切りにいかない。
 前髪の真ん中から、目立つぐらいに根元からばっさりといけば後は一気に丸刈りにできるのに、その一歩がどうしても踏み込めない。
「どうしてよ……」
 この髪さえなくなれば、その人を諦める決意ができる。
 あの人のためを想うのなら、離れるしかないのに
「なんでだよっっ!!」
 泪がぽたぽたと床に倒れ落ちる。
 瑠柁には髪を剃り落とした自分の姿を想像もできなかったし、鏡に映る丸坊主になった自分を見ても後悔しても取り返しがつかない。
 けれど、嫌なのだ。
 瑠柁が離れることがその人の幸せになるんだとしても、瑠柁はその人のことが諦められなかった。
 大好きなのだ
 一緒にいることができなければ気が狂うほどに好きなのだ。
 自分を壊してしまうほど好きなのに諦めきれる?
 愛している人が不幸せになるとわかっていても、それでも進む?
 いつしか瑠柁は思考の無限ループに陥っていた。
 その闇は何処までも深く、外から変化がおきなければ瑠柁はじっと深遠に落ちていたままだろう。
 
 変化はノックの音という形で現れる。

「瑠柁様……入ってもよろしい……ですか?」
 遠慮がちなその声はねねだった。
「いいよ」
 普段なら顔も見たくない相手であったが、今なら一歩を踏み出せるのであれば仇敵にもすがりたい心境だった。
「では、失礼します」
 一拍の間を置いてドアが開かれる。

 ねねの姿を見た瞬間、瑠柁は声を失った。

「どうしました? 瑠柁様」
 ねねは瑠柁が動揺している原因がわかっていないようだった。
 口をあんぐりと開けたまま固まっている瑠柁とはおかしいぐらいに対照的だ。
「ね、ね……そ、その……」
「その?」
 きょとんと首をかしげるねね
 瑠柁の瞳はねねの額付近をロックオンしていた。
「髪、どうしたの!??」

 全身を包み込むように伸びていたまっさらなねねの白い髪。
 その髪がなくなっていた。
 あれだけあった髪が剃り落とされて、形のいい頭を何の装飾もなしにさらしている。

 髪を無くしたねねは少年のように見えて、女の子の要素がたっぷりと詰まったVDMの制服の取り合わせはおかしくもあったけれど、胸の大きさは相変わらずでほんの一瞬、女性の瑠柁でさえもときめいてしまうような大人の色香を漂わせているのも事実だった。ロリ型アンドロイドだというのに

「どうしたのって……切り離したんです。邪魔でしたから」
 ねねは爽やかに笑ってみせるが、そんなことで瑠柁の動揺が収まるわけがない。
「邪魔ってなに?」
「瑠柁様がご主人様と結ばれるのに、です」
 その一言に瑠柁はモーニングスターで頭をぶん殴られた以上の衝撃を受ける。

 信じられなかった。
 真義はねねと結ばれたほうが絶対に幸せだと思っていた。
 ねねが譲るなんて思ってもみなかった。
 だから、こうして身を退こうと思って苦しんでいたのに、ねねは躊躇せずに決断を下した。
 瑠柁が望む形に

「な、な、なんで!?……」
 ねねも真義のことが好きじゃなかったのか?
 感情が高ぶりすぎて何もいえなくなるが、ねねには言いたいことが分かっているようだった。
「ご主人様は大好きです。とっても大事な方です。ですが、ご主人様は瑠柁様と結ばれたほうが幸せだと判断しましたから」
 瑠柁も真義はねねと結ばれたほうが幸せだと思っていたように、ねねも瑠柁が真義と結ばれたほうが幸せだと思っていた。そのことに瑠柁は衝撃を受ける。
「そ、そんな。瑠柁の何処がいいのよっっ!!」
「そんなこと言わないでください」
 ねねは笑い続けているが、痛みに染まっているように見えた。
 ロボットだというのに
「瑠柁様はご主人様がとっても大切になされている方ですから、それに私はロボットですから」
 何故、ねねはここまで貶めるようなことがいえるのだろう。
 瑠柁を慰めようとする優しい笑顔で
「ロボットだからなんだっていうのよっっ!!」
 自分が差別していたのに、望ましい状況になったにも関わらず瑠柁は叫んでいた。
「ロボットと人間は違います。私は人に似るように作られましたがあくまでも人に似せているだけで人ではないんです。ご主人様は人間ですから人間の相手は人間のほうがいいんです。それに瑠柁様はご主人様が大変愛してらっしゃっいる方ですから、瑠柁様ならばご主人様は幸せになれます」
 心臓をアンチマテリアルライフルで破壊されたように、瑠柁のテンションが下がる。
「おにいさんがあたし……を?」
 愛されていないんだと思っていた。
 瑠柁よりもねねや他の女の子たちを愛しているんだと思っていた。
 愛想付かされているんだと思っていた。
 ねねに思い込んでいたことを全て打ち砕かれて立ち尽くす。
 
 ねねが譲ってくれるといってくれた。
 それはまさに瑠柁が望んでいた状況だったけれど、ぜんぜん嬉しくなかった。

 瑠柁が勝ったのではない。
 ねねに譲られただけ。
 全てを知ると一瞬でそう思うと一瞬で沸騰した。

「ねねのバカっっっ!!」
 瑠柁の部屋に頬を張る音が鋭く響く。

 が、その後が続かずに瑠柁は張り終えたまま固まってしまう。
 ねねを壊さないように気を配ったつもりだった。
 たけど、用意していた言葉が喉の奥で凍りつく。
 張った瑠柁の頬が稼動中のオーブンレンジのように熱かったのに

 彫像のように二人が静止した時間。
 その後、ねねが崩れ落ちる。

「ねねっっ!!」
 反射的にねねを抱きかかえていた。
 頭が物凄く熱くて火傷しそうになるが、そんなことを気にする余裕は瑠柁には失われていた。
 ねねは微笑んでいた。
「冷却装置を断ったのですから当然です。でも、心配することはありません。少ししたら強制停止装置が働きますから大丈夫です」
「バカっっ!!」
 自分は機械だから兵器の言い草に瑠柁は怒っていた。
「いいではありませんか。瑠柁様は私のことを嫌っていたのですから」
 数日前の言動を思い出させられてねねは鼻白む。
「ご主人様を取ろうとするものを排除するのは当然のことです」
「バカっっっ!!」
「……何故、怒るっていらっしゃるのですか?」
 子供のように真面目な顔で尋ねられる瑠柁
「わからない。そんなのわからない」
 瑠柁は怯えた様子を見せるが次の瞬間、また爆発する。
「ねねはおにいちゃんのことが好きじゃなかったの?……」
 手が震えていた。
「他の女と話していただけでむかついてこなかった? お兄ちゃんの手が他の女の髪を撫でいるのを見て腹が立ってこなかった?」
 瑠柁はむかついた。腹が立った。
 気が苦しいそうでたまらなくて、身体がばらばらになって壊れそうで、それほどまでに真義のことが大好きだった。
 瑠柁の指先がねねの頭皮をなでる。
 髪が取り除かれて、露になっているそこは炎のように熱くて硬かったけど磨き上げた玉を触るごとく滑らかに進む。陶酔してしまうぐらいに撫でごこちのいい頭だったが、凄惨な笑みが浮かぶ。
「ねねはお兄ちゃんに髪を編んでもらったことがある?」
「あります」
「なら、お兄ちゃんに髪を編まれてうれしかった? 気持ちよかった?」
 何も感じないはずがない。
 CPUの熱暴走という危険を想定してまで、髪を排除するという行動に出たのはその髪に愛着があったからだ。瑠柁にはそのことがよく分かる。
「わかりません……」
 ここで表情が始めてひび割れた。
「でも、真義さんに頭を撫でられると、髪を編んでもらうと……嬉しいというのでしょうか? そのように暖かくて優しい気持ちになるんです」
「それなのにねねはおにいちゃんを譲れるの?」
 杭が打ち込まれる。
「瑠柁に簡単に譲れちゃうほど、ねねのお兄ちゃんの好きってその程度だったの!?」
「そんなことありませんっっっ!!」
 瑠柁は初めて見る。怒るねねを
 感情を爆発させたねねを
「わたしは、わたしは……ご主人様のことが大好きですよっ!! とってもとっても大好きです。いや、です、いや、です」
 それは真義への想いの吐露だった。
 ロボットであるとかないとか、メイドであるとかないとかそういった立場や関係を抜きにして発露されたねねの心情だった。そして、その叫びを聞いただけで瑠柁にはどれほどの想いなのかわかった。
「いやですいやですいやですいやですいやですいやですいやですいやですいやですいや……」
 頭部から煙が吹き上げ、ねねの絶叫が止まる。
 その身体から力が抜け、腕がだらんと垂れ下がった。
「ね……」
 瞳から光の消えたねねを見て、瑠柁は絶句する。
 瑠柁が抱いているもの。
 その子は人形になっていた。
 瑠柁よりも幼いくせに、挙措が大変洗礼されていて落ち着きのある態度を見せていたのに、熱いぐらいに真義への想いを吐露した女の子
 なのにその子は物を言わぬただの無機物と化している。
 最初からそうだったといわんばかりに
 ……魔法が解けたように
「ねえ、ねね。起きなさいよ、起きないと瑠柁が取っちゃうよっっ!!」
 無機物になったねねに向かって瑠柁は吼えた。
 さっきとは違う泪が両目から迸っていた。


 ▽▽▽


「瑠柁、入るよ」
 ドアをノックしたけれど返事がなかったので真義は部屋の中に入った。
 真義はおもわず目を見張る。
 瑠柁の部屋は電気がついておらずカーテンも下ろされていて真っ暗だったが、それだけに瑠柁のピンク色の髪がとってもよく映えていた。ふと見上げる冬の夜空みたいに
 瑠柁の反応はない。
 うつむき、髪を顔の前に回して座っているので表情は分からない。
 真義は瑠柁の隣に座った。
 どんなことから切り出せばいいのか分からず、またこの静謐な空気を乱すのはよくないと思ったか、しばらくの間、無言の時間が流れていく。
 沈黙を破ったのは瑠柁だった。
「……ねねの看病にはいかないの?」
 見捨てられるという怯えと非難が混じった声。
「ねねは研究所にいっちゃってるから。冷却装置の強制排除によって熱暴走に陥っただけだから心配いらないよ。研究所にいってもねねを看病できるわけでもないし」
 瞳や蒼衣が駆けつけてきてちょっと騒ぎになった。
 その後は超遅野の研究所の人々を呼んできて、ねねは今、研究所で修復作業を受けている。
「ねねのこと、好きじゃないの? おにいちゃん」
 暗闇の中で瑠柁は非難の眼差しを真義に向ける。
 しかし
「瑠柁は、オレが瑠柁じゃなくねねにつきっきりでいてほしかった?」
 無論、一緒にいてほしいから赤面で沈黙してしまう。
「あんなにねねのことが嫌いだったのに、どうして」
「わかんないよ」
 ねねが嫌いだった。
 突然現れて真義をかっさろうとするねねのことが大嫌いだった。
 なのに今は嫌うことできない。
「……瑠柁はねねが大嫌いだった」
 感情の波は突然やってきた。
「なのに、あの時は瑠柁が生きていてほしいと思ってた。なんでなの!? 死ぬほど憎かったのに、あの子が死んでいくのが嫌だった。なんでなの? なんでなの? なんでなのっっ!?」
 ねねがシステムダウンした時、瑠柁は悲しみに襲われた。
 ただの無機物と化した相手。
 嫌いだった相手なのに、肉親が死んでいくような痛みを感じ、何故その痛みが分からなくて瑠柁は混乱していた。
 真義は瑠柁の頭をそっと撫でた。
「それは瑠柁がいい子だからだよ」
 答えがえられるなんて思いもよらなかった。
 真義に褒められて瑠柁は動揺する。
「瑠柁、いい子なんかじゃないっっっ!! お兄ちゃんにはすぐ手を上げるし、ワガママだし、瑠柁をいじわるしていた。そんな奴のどこがいい子なの!! 瑠柁はとっても悪い子、すっごく悪い子……」
 真義に抱き寄せられて、瑠柁は頭に血が上る。
 優しく撫でながら真義は言った。
「悪い子は自分のことを悪い子なんて言わないよ」
 瑠柁はとってもいい子なのだ。
 確かに真義への独占欲が強く、何も考えずに暴走するきらいはあるけれど優しくてとっても暖かい、いい奴なのだ。
「……やっぱり瑠柁は悪い子だよ」
 その時、瑠柁は泣いていた。
「なんで?」
「嬉しく思っちゃいけないのに、おにいちゃんに抱かれて瑠柁の胸どっきどっきしているから……」
 その返礼として真義は瑠柁を抱きしめる力を強める。
「おにいちゃんっっ!?」
「オレがこうしたいからしているだけだ」
 やっぱり嬉しい。
 真義に抱きしめると瑠柁は天国を感じてしまう。
 突き抜ける幸せに陶酔していたくなるが、瑠柁はそれらを振り切って言った。
「やっぱり、おにいちゃんはねねと結ばれたほうがいいんだよ。ねねは瑠柁よりもすっごくいい子なんだから、瑠柁はおにいちゃんに迷惑をかけるだけなんだから」
 自ら言うのは辛かったけれど、言うしかなかった。
 ねねも同じように瑠柁に譲ろうとしたのだから。
 しかし、真義は掌を押し付けるように撫でると立ち上がった。
「オレが誰を選ぶかはオレが決める」
 おにいちゃん?
 力に溢れた声に瑠柁は戸惑う。
「瑠柁には話したいことがある。ねねが帰ってきたら話そう」
 それは自信をもち冷酷なまでに圧倒的な声だったからだ。
 そんな真義を今までに見たことがなかったような気がした。
 真義の変化を聞こうとしたが、真義は歩き去ろうとして言葉が引っ込む。
 ふと、真義は立ち止まると振り返った。
「そういや、瑠柁」
「なに?」
「瑠柁のその髪はオレのものなんだから勝手に切るんじゃない」
 そんなことを言う真義は初めてだった。
 だけど、真義は部屋から立ち去って、瑠柁はまたひとり取り残された。



 ▽▽▽



 数日後の晩
 瑠柁は真義に呼び出されて、真義の部屋の前まで来ていた。
 心臓が張り裂けそうなぐらいに緊張しているのは、真義が「話したい」内容を話す時だからだ。
 ドアをノックすると、真義が「入っていいよ」と言ったので瑠柁は入った。
 部屋に入るなり瑠柁は立ち尽くす。
 そこにはねねがいたからだ。修復が完了してねねの髪は再び全身を包み込むように伸びていた。
 ねねもこれから真義が話すことの重要性を悟っているのか、ロボットなのにいくらか緊張したそぶりを見せている。
「やっとそろったな」
 白い髪のねねとピンク色の髪の瑠柁を見て真義はほっとした表情を見せる。
 研究所から戻ってくるのに思いのほか時間がかかって、こうやって二人集めるが意外な難事業になった。
 けれど、話はまだ終わっていない。
 真義は気を引き締めると口を開いた。
「オレは瑠柁とねねをどちらを取るか悩んでた」
 ねねと瑠柁の顔が真っ白に染まる。
「悩んで悩んで悩みまくって……二人のことが選べなくて、でも気づいたんだ」
 真義は言葉を止めて、二人を見つめる。
 二人とも思いつめた表情をしている。
 真義が死ねといったら死ぬのような鬼気迫る二人を見て、真義は苦笑をした。
 明るさが必要だった。
 これから二人の人生を変える一言を伝えるのだから。

「もともと選ぶ必要なんてなかったんだ」

「それってどういうこと?」
 瑠柁は言葉の意味が判らない。
 ねねは無言を貫き通している。
「オレは瑠柁も大好きだ。ねねも大好きだ。どちらか諦めることなんてできない。……できるわけねえだろうこんきしょうっっ!!」
 押さえつけていたものを解放するように真義は照れながら叫ぶと二人を真剣な眼差しで見つめながら言った。
「オレは二人が欲しい。瑠柁も欲しいしねねも欲しい。瑠柁もねねもオレと結婚して欲しい。……これがオレの答え」
 真義が言い終えると瑠柁は言葉の意味に気づいて驚き、ねねもそれを理解するとシステムダウンを起こしたように呆然とした。
 そんな二人を見て、真義は心の中でそっと呟いた。
”これでいいんだよな。理亜さん”

「何で選ぶ必要があるの?」
 あの悪夢の日曜日の晩、真義から相談(というより愚痴)を受けると理亜はそうのたまった。
「選ぶ必要があるのって……」
 真面目に悩んでいるのに茶化されたような気がして、さしもの真義も憤りかけるが、理亜は相変わらず子供のように無邪気だった。
「二人とももらっちゃえばいいじゃん♪」
「二人ともって……」
 言葉の意味に気づいた時、真義は絶句する。
 バンカーバスターが頭に直撃した以上の衝撃だった。

 ……ハーレムを公認する母親がいるなんて思いもよらなかった。

 理亜が言っているのは瑠柁とねねも一緒にお持ち帰り、一夫多妻、重婚しろと言っているのだ。全ての難問が一瞬にして粉砕されるコロンブスの卵的な発想に真義は唖然とした。
「ねっ、いい案でしょ♪」
 理亜はどう見ても真剣に考えているようには見えなかったが
「でも、理亜さん。それって……」
 もちろん重婚なんてもちろん違反である。事実婚であったとしても周りの目は冷たい。真義は嫌というほどそのことを味わってきた。でも、理亜は笑いながら言い放つ。
「おねえちゃんだって、ともくんとの結婚の時には周りから反対されたよ」
 真義の叔父は障害があっても実力で排除する人間だから反対なんて意味はないし、真義の叔父が真義の両親の元に理亜を初めて連れてきた特には歓迎されたという。
「だから、おねえちゃんはともくんと駆け落ちしちゃったの」
 楽しそうにくすって笑う辺りはどう見ても女子中学生なのだが、真義はさっきとは違う意味であっけに取られていた。
 理亜が実家について語ることはなかった。
 極端な話、真義の叔父と出会う前の経歴や理亜が何処で生まれたのかさえ知らないわけで実家があったことすら初耳だった。
 真義としても特に知ろうとしなかったので、その一端が語られたことに真義は唖然としていた。
 でも、それ以上のことは語られないのは明らかで、そもそも脱線している。

 幸せなんて人の数だけであるから、中には叶うことのできない幸せ、人から認められることのない幸せだって存在する。それは遠い遠い祖先が血がつながっているというだけで結婚を否定されるカップルから、同棲婚、ロリ婚、更には人殺しなんて様々で、認定の基準も単にその風土に合わないだけから絶対に認められないものまで様々である。
「でも、理亜さんのは」
 理亜のは何らかの理由で結婚が認められなかっただけだ。真義のとは条件が違う。
「いい? しんちゃん」
 その時の理亜は、まぎれもなく母親の顔だった。
 夢を見ているような遠い眼差しで理亜は言った。
「ルールを守って一人しか幸せにできないのなら、ルールを破ってみんなを幸せにしたほうが素敵だと思うの」

”そうだよ。一人を選んで一人を泣かすぐらいだったら、二人を幸せにしてあげたほうがいいんだよ”
 その言葉を聞いた途端、真義の決意は固まった。
 プポーネの真意が分かった。
 プポーネが貸してくれたビデオのストーリーは、一人の男が数人の女の子たちを監禁して、その子達を雌奴隷にしていくというありきたりなものだった。つまりは瑠柁やねねを性奴隷にしろということであり、相変わらずのぶっとびぶりには苦笑する。ただ、根っこのところでは共通していた。
 問題は……ねねと瑠柁がそのことを受け入れてくれるか。
 殺人狂の幸せが認められないのは幸せになるのは自分一人だけで、周りには拭いようのない被害しか与えないからだ。ルール破りの幸せが認められるには自分の意思だけではなく、相手が受けて入れてくれなくてはいけない。
「もちろん、嫌だっていうのならそれでいい」
 女の子からすれば舐めた話であるのは充分に承知している。
「殴ったって構わないし、蹴った構わない。許せないっていうのであれば、殺されたって構わない。いや」
 真義はあらかじめ傍らに用意してあったナイフを取り上げると首元に当てた。
「殺すと罪に問われるから、自分で死ぬよ」
 真義は覚悟を決めていた。
 否定するのであれば、それによって憎まれるのであれば刺される覚悟を決めていた。
 張り詰めた空気が流れる。
 永遠に続くかと思われた沈黙と重さ、それを振り払ったのは瑠柁だった。
「……おにいちゃんのバカ…………」
「そっか。やっぱり無理だよな。勝手すぎるよな」
「違うよっっ!!」
 真義が否定と受け取ったので、瑠柁は叫ぶとむぎゅっと気をつけながら真義を抱きしめた。
「それでいいよ。お兄ちゃんと結ばれるんだったらそれでいい。お兄ちゃんは瑠柁のことをお嫁さんにしてくれるんだよね?」
「もちろん」確約した後で表情が曇った。「ただ嫁さんは二人だけどそれでいい?」
「いいよ」
 瑠柁は笑いながらきっぱりと答えた。
 泪が出た。
 ちっちゃい頃からの夢、願っていたことが叶うのだ。
 去られるという恐怖は消え、ずっと真義と一緒にいられる。これほどの幸せはない。
 願っていた形とは少し違っていたけれど、そんなことはもう関係なかった。
「ねねもおにいちゃんのお嫁さんになろ♪」
「……いいんですか?」
 戸惑うねね。
「いいよ♪」
 瑠柁の心から、ねねを憎む気持ちは消えていた。
 自分と同じことを想い、自分の幸せを犠牲にしてライバルの幸せを願ったこの女の子を嫌いになんてなれなかった。
「でも、私はロボットですから……瑠柁さんとは違いますから……」
「もぉぉ〜 そんなことは関係ないの」
 瑠柁はいったん真義から離れるとねねの手を取り、強引に真義に押し付けた。
「ねねもおにいちゃんのことが大好きなんでしょ」
「でも……」
「ねねはおにいちゃんのことが好きじゃない。だったら瑠柁がおにいちゃんをもらってもいいんだねっ♪」
「嫌ですっっ!!」
 反射的に出た。
 おならが炸裂したように瑠柁と真義はねねを見て、ねねは恥ずかしそうに俯いてしまう。
 真義はねねに向かって優しく微笑むとねねをそっと抱き寄せては囁いた。
「じゃあ、ねねもオレのお嫁さんになってくれるんだね」
 するとCPUから冷却機能の想像を超えた熱が出て、真義は危うく火傷しそうになった。
「あうちっっ!!」
「……ご、ご主人様。申し訳ありません」
「いや、いいんだけさ。とにかくお嫁さんになってくれるんだよね」
 ねねは少し迷った後、そっと言った。
「なりたいです。ロボットごときが僭越なのは承知しておりますが……わたし、ご主人様のお嫁さんになりたいんです」

 ようやく了解が取れると真義は二人を横に並ばせた。
「髪を、ねねは左側から瑠柁は右側から全部前に回して」
「何をするの?」
 真義は笑ったまま答えなかったが、瑠柁が言われた通りにしないわけがなかった。
 ねねの左肩から出された白い髪と、瑠柁の右肩から回されたピンク色の髪。
 膨大な量を誇る髪が一つに纏められていて大蛇がうねっているように見えた。
「ありゃ?」
 ねねの髪に指先を入れると思ったよりもスムーズに流れたので真義は驚いた。
「おにいちゃんのところに来る前に、ママに梳いてもらったんだよ」
「……私もお姉さまに梳いてもらいました」
 得意げな瑠柁と、気恥ずかしそうなねね。
 二人の好対一な表情と髪の感触を楽しむ真義であったが、しばらくしてから二人の髪を大まかに二つに分けた。
 白い髪の束が二つと、ピンク色の髪の束が二つ。
 真義はそれぞれの内側の髪を手に取ると、ねねの白い髪と瑠柁のピンク色の髪を交差させた。
「あっ……」
「お、おにいちゃん!?」
 二人の髪が一本のロープとして編まれて行く。
 四つ編みの房の中に入り絡み合う白い髪とピンクの髪。
「ごめん。先に言っておくべぎだったね」
 真義は編む手を止める。
「オレ、瑠柁とねねには姉妹になってほしいんだ」
 二人は顔を見合わせる。
「瑠柁とねねが姉妹?」
「そう。瑠柁がおねえちゃんだ」
 きつい一発が二人に入ったようだった。
「……瑠柁様が私のおねえさま……おねえちゃん……」
 ねねは真面目に考えこんでいる。
「もちろん、これは二人だけの問題だからかたっぽが嫌だったらそれで」
 了解を取る前に髪を編み出したのだから焦る真義。
 ねねは伏目がちにうなずいた。
「……私はいいのですが、瑠柁様が私を嫌っているのでは」
「そんなことないっっ!!」
 瑠柁が叫んだので、ねねは瑠柁を見つめた。
「ごめんね……色々とひどいことしちゃってごめんね」
 瑠柁の胸からねねの憎しみは消えている。
 ねねが自分と同じだとして、憎しみは愛情へと変化していた。
 同じ男性を愛するもの同士、互いに譲り合ったもの同士の連帯感
「……ねねこそ嫌ってない、かな」
 不安になる。今まで嫌われてて当然のことをしてきたから
 けれど、ねねは瑠柁の頬に口をそっと寄せた。
 キスされて、瑠柁の顔が真っ赤になる。
 ねねは満面の笑みを浮かべた。
「私は瑠柁お姉さまのことが大好きです」
「訂正」
 真義は渋い顔で突っ込みを入れた。
「これからは瑠柁お姉さまではなくて、おねえちゃん。いい?」
 些細なことだけれど、これはとっても大事なことだった。
 ねねは言い直した。
「私はおねえちゃんが大好きです。おねえちゃんも私のことを好きになってくれたら……なんていうかその嬉しいです」
 その返事は熱い口付けで返される。
「おねえちゃんもねねのことが大好きだよ。大好きになっちゃった。ねねは瑠柁の妹なんだからねっ♪」
「……はい」
 いつの間にか、ねねの目に泪が溢れ出しているのだけれど気づいていない。

 瑠柁の髪とねねの髪は一本の四つ編みに編み上げられて、二人は一つになる。
「変な感じだね。おにいちゃん」
 二人の間にある白とピンクが混じった巨大な三つ編みを触りながら、瑠柁は感慨ぶかけに呟く。この髪は瑠柁の頭から生えているものであり、ねねの頭からも伸びているものだ。それは瑠柁とねねが姉妹となり、一つの存在になったことを意味していた。
 もちろん、互いの髪が編まれている関係で離れらないのだけどそれはそれで不思議だった。むしろ、今ではさんざん嫌っていたのに離れると不安になってしまうのが不思議だった。
「……結婚式というには、風情もなんもないけど」
 ここは教会でもなく、ウェイデングドレスもなければ結婚指輪もない。
「いいよ。そんなの後でやればいいんだから」
「そうです」
 二人の呼吸が遭い始めたことに真義は苦笑する。
「まずは姉妹の契り……だな」
「どうすればいいの?」
「まあ、適当に誓いの言葉をいって何かをすればいいんじゃないの」
 実際には何も考えてないから笑うしかない。
 強いていえば、二人の髪を一緒に編むことによってつながったことを視覚で表現したことぐらいである。
「じゃあ、瑠柁から言うね♪」
 ねねは従兄……いや旦那の考えなさに呆れることなくうなずいた。
「私、菅野瑠柁はねねを私の妹にすることを誓います」
 結婚式の宣誓みたいだったけれどあんまりにも真面目だったので、笑うのははばかられた。
 ねねが唱和する。
「私……ねねは菅野瑠柁を姉とすることを誓います」
「生まれたときは違うけど、死ぬときは一緒だよ」
 一瞬、複雑な表情を浮かべたけれどねねはうなずいた。
 それを見て幸せそうにすると瑠柁はねねの唇にキスをする。
「ねね……大好き……」
「わたしもすきです……」
 ちょっと待て
 瑠柁が強い口付けの後に、舌をねねの口内に入れたのには焦った。
 ねねが瑠柁の舌を受け入れ、自分の舌をねねの舌に絡めてきたのは更に焦った。
 くちゅくちゅと舌と唾液が織り成すハーモニーが部屋に響く。
 フレンチキスなんて何処で覚えてきた……
 旦那が唖然とする前で、ハーモニーのテンポは加速していき、二人の表情がキスがもたらす悦楽に染まっていく。二人が互いを愛していて、どう見てもレズカップルの誕生にしか見えなかった。
 まずかった。
 二人がキスで絡み合っているその姿はエッチで、とっても素敵で息子が勃ってきたのを否応無しに理解させられたから。

 充分にフレンチキスを堪能すると二人は離れ、瑠柁はすっきりとした顔で促した。
「おにいちゃんも誓いの言葉」
 飛びかけていた意識を元場所に戻して、気を引き締めると真義は言った。
「オレ、菅野真義はねねと瑠柁を生涯の伴侶とすることを誓います。老いる時も病める時もいついかなる時でも二人を愛し続けていくことを誓います」
「菅野瑠柁は菅野真義を生涯の伴侶とすることを近います。ずっと一緒だよ。おにいちゃん♪」
「……ねねも菅野真義を生涯の伴侶とすることを近います。不束者ですがこれからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
「よろしくね♪」
 真義は両手を広げて、二人を抱くと二人にキスをしまくった。
 誓いのキス、愛情のキス
 それらのキスを三人はそれぞれの二人にぶつけ合う。

 こうして三人は一緒になった。

「……あれ?」
 キスが一段落して、真義は離れようとしたが離れられなかった。
 瑠柁が絞め殺すとまではいかないけれど、強い力で抱きしめたまま放してくれないのだ。
「おにいちゃんっ♪」
 瑠柁のいつもの笑顔に真義は何故か汗を流した。
 ものすごく冷たい汗だった。
「……結婚したばかりの花嫁さんと花婿さんがやることって決まってるよね」
 危惧が一気に現実のものとなった。
 真義の身体にかかる力が瑠柁が本気だということを示している。
 その一方で、くいくいとねねが真義の手を引っ張った。
 ねねは真義の手を自らの股間に触らせる。
「……あの……ねねさん?」
 ねねの股間は熱く濡れていた。
「……欲しいです」
 控えめながらもしっかりと自己主張をするねね。
 その顔は内側から湧き上がる悦楽の炎によって蕩けていた。
 真義はねねがセクサイロイドとして作られたことを改めて思い出す。

 ねねと瑠柁が一緒になること。
 それはねねと瑠柁が連携するようになること。
 その恐怖を真義は身を持って思い知ることになる。

 
 
 プロローグ


「おっはよう……」
 寝ぼけ眼で居間に入ると真義は思わず目を見張った。
 VDMの制服を着たねねが、同じくVDMの制服を着た瑠柁に髪を編んでもらっている。二人とも楽しそうで昔の険悪さは影も形もなかった。そんな二人に真義は思わずほっとした笑みを浮かべてしまう。
「おはよっ、おにいちゃん」
「おはようこざいます。ご主人様」
 真義が現れたことを知ると瑠柁とねねは思い思いの表現で挨拶をする。
 この辺りは今までは変わらない。
 結婚したといっても、今までと変わったところを見つけるのは難しい。
「瑠柁に髪を編んでもらってるんだ」
「はい」ねねは恥ずかしそうにうなずき、瑠柁は得意気になる。
「妹の髪を編んであげるのは姉としての務めだもん♪」
 ねねが妹になってから、瑠柁は何かと姉ぶるようになった。
 この家の中では一番年下だったから、格下の存在ができて嬉しいのだろう。
 愚姉賢妹といってはいけないが
「でも、ぜんぜん編めてないじゃないか」
「はううっ」
 瑠柁は編もうとしているのだけれど、ぜんぜん形になっておらず、髪遊びしているとのが今の状態だった。
 考えてもらったら、瑠柁は編んでもらうのは母か真義任せだった。
 これは問題である。
「私がおねえちゃんの髪を編みますから、お姉ちゃんも見て編んでくれますか?」
「……しょうがないなあ」
 妹に教えられるのは沽券に関わるのだけれど、傍に真義がいるに編んでもらおうとはせず、ねねを受け入れたのはそれなりに成長しているということなのだろう。
 真義は安心するとこの場から立ち去ろうとした。
「さあてと」
 背中を見せたのはマイナスだった……とここは戦場なのだろうか。
 慌てて立ち去ろうとしたが、瑠柁のタックルのほうが早かった。
 真義は前と倒されるが、柔らかいものに支えられて転等を免れる。
 目の前が真っ暗になって、顔面に押し付けられているものがうら若き少女の大きな乳房だと知って、真義は狼狽したけれど、真義の真正面から受け止めたねねは真義の頭を抱きしめてそっと囁いた。
 「だいすきです、ご主人様」
 そして、背後からも瑠柁が囁いた。
 「だいすきだよっ だんなさまっ♪」
 
.......第3話「シアワセノカタチ」fin