彼女たちの守護者

イラスト:召還士ブブ様(OMC)
・イラストはこれら外部様の作成です。

第1話:「約束」

 女の子にとって、その従兄は複雑な存在だった。

 従兄は同年代の男女に比べて体が大きく、その体躯に見合うようにおとなびていた。
 口数は少なく、同世代の子供たちの中に混ざって遊ぼうとはせず一人端然としていて、時には大人顔負けの剛毅ぶりを発揮していた。
 羊の群れの中にキリンが混ざっているように、彼は明らかに集団から浮いた異質な存在でありながら、違う種として生まれてきたことを嘆くこともなく、この歳にして既に仙人のように超然としていた。
 女の子は、彼が苦手だった。
 愚鈍かと思えば、時にはそこらの大人をも超える賢さを見せている彼に腹を立て、どんなに理不尽な苛立ちをぶつけても何事もないように平然としている様子にますます不満を募らせるばかりだった。
 でも、顔も見たくないほどに嫌いといえば違う。
 顔を見ればいらだつというか苦々しいとか、胸が訳も分からずに苦しくなる女の子だったけれど、彼の顔がいなくなると訳も分からず寂しくなるのも事実で、好きなのか嫌いなのか分からない気持ちを表現する言葉が見つけられなくて女の子は悶々としていた。
 だから、彼が話があるといって呼び出したのがとっても不思議だった。
「こんなところに呼び出してなんなの? さっさとしてよね。あたしだって時間があるわけじゃないんだから」
 深い森の中、とはいっても女の子の親が役員を勤める学校の森の中、ぽっかりと空いたスペースに生えている桜の木の前というめんどくさい場所に呼び出されて女の子は不機嫌さを隠そうともしない。
 いらいらしている女の子とは対称的に彼は巨木のように泰然としていた。
「別れをいいにきた」
 彼の言葉は無駄がないが故に時として分かりづらいこともある。
「別れ?」
「母さんが家から出るというから、オレもいかなくてはいけない」
 彼の母親は従兄は対称的に明るくて気さくな、おばさんというよりもお姉さんという感じの人だったから大好きで、彼女が去っていくのが寂しいと思った。
「いっちゃうの?」
 言外に翻意を期待して。
 ただ、誰を対象としていっているのかは女の子自身も分かっていない。
「母さんは一度決めたことを翻すような人じゃない」
 あまりにも唐突な宣言に女の子は実感を得られずにいた。
 一緒にいるのが当たり前だったから、いなくなる現実を思い浮かぶことができない。
 彼が消える、その意味さえつかめていない。

 家を出るといっても一時的なものだと思っていた。
 また、すぐに会えるんじゃないかと思っていた。

 そう思いたかった。

「手間かけさせて悪かった」
「………」
「じゃあな」

 事実、友達が家に帰っていくようなさりげなさで彼は消えようとした。

「まって!」

 何故、大声を出して引きとめようと思ったのかわからない。
 けれど、言った後でその意味が理解できたような気がした。
「いつ帰ってくるの?」
「わからない」

 家を出るといいながら、明日には何食わぬ顔をして帰ってくるものだと思っていた。

 でも、わかっていた。

 何の根拠もない思い込みであることも。
 心の中からとめどなく湧き上がる不安から逃れるために、現実から逃げていたことを。

 胸が苦しくて
 心臓に刃が突き刺さる。

 何故、苦しいのかわからない。

 この従兄にはあまりいい感情を抱いていない。
 どちらかといえば苦手な部類で、時には消えてほしいと思っていただけに、いざ姿を消すとなると心が時化の海に浮かんだ小船のように激しく揺れ動いた。
 動揺してしまう己が悔しくてたまらない。
 けれど、言わずにはいられなかった。

「約束して」

「約束?」
「悔しいけど、おもいっきり腹立つんだけれど、いつかあんたに会いたいの。だから、ここに帰ってくるって約束して。絶対に帰ってくるって約束して」

 おもいっきり動揺していて苦しいというのに、平然している従兄がとってもむかつく。

 従兄はちらりと背後にそびえる、まだ蕾にすらなっていない桜の枝をちらりと見ると口を開いた。

「約束する」
「ほんと!?」
「ああ。絶対に帰ってくる」

「また会うんだからね。破っちゃだめなんだからねっっっ!!」

 初めての表情の変化。
 従兄は女の子に向けて、優しく微笑んだ。

 それが最後の記憶。





 
 窓の外から響く雀のさえずりに気づいて、伊勢悠璃の意識はさめる。
 身体の中に滞留するだるさと眠気をふり払いながら起き上がった。
 朝の目覚めはいつも憂鬱。
 今日が何曜日なのか確認し、日曜日だということで安心してホッとする。その後はもう少し寝ていればよかったと軽く後悔するのだけど、今日は起き上がったまま呆然としていた。

 夢の残滓がまだ網膜に焼き付いている。
 瞳から涙がかすかににじんでいた。

 遠い日に交わした約束。
 絶対に守れなくちゃいけない。

 忘れちゃいけないことだったのに
 時間の流れは
 記憶を薄れさせ、大切なことでも忘れさせてしまう。

 会えると思っていた。
 出るといっても、ほんの一時的なもので
 一週間もすれば何食わぬ顔で従兄が現れるものだと思っていた。

「……どうしてなの」

 刻み付けられた記憶は消えはしない。
 ただ、思い出せなくなるだけ。
 今頃になって何故、よみがえったのか悠里は理解できないでいた。

 ただ、哀しかった。

 あの時、感じた不安と
 その後に訪れた悲しみがまざまざとよみがえった。

 苦手とはしていたんだけれど
 嫌だったわけではなく
 いなくなった後の喪失感の大きさに鬱々とした日々を思い出す。

 いつの間にか、彼は悠里にとってなくてはならない存在になっていたから。

 嫌いなのか大切とているのか分からなくて
 感情の正体には気づいたけれど

 気づいた時には彼はいなかった。





彼女たちの守護者
 ―約束―




1st TRACK


 ぼさぼさになったいた膝まで届くほどの黒髪を丹念にとかしつけて、身支度を整えると部屋を出て、一階のリビング兼ダイニングへと降りていった。

「おはよう。悠璃」
「おっそいよー」

 ダイニングに妹の晶がいたのは当然の光景であるが、システムキッチンに母親の淳子がいたのは驚きだった。
「おはよう。ママ、晶」
 母親の前にあるガスコンロには巨大な鍋がかかっておりガスの蒼い炎が燃え、カレーの匂いが起きぬけの身体に心地よい刺激を与えていた。
「お仕事は?」
「ないっていうわけじゃないんだけれど、今日は余裕があるから」
 悠璃と晶に父はなく、母親は芙理衛学園の学長兼理事長という重職についていたから日々、仕事に追われていて二人の面倒を見る余裕なんてなかった。
 朝食を作ってくれるのは何ヶ月ぶりになるのだろうか。
 寂しいとは思っていたけれど、仕事の忙しさを理解していたから、しょうがないと思ってあきらめていただけに顔を合わせることができたのは嬉しかった。
「そろそろ。ご飯だからね」
「はーい」
 母親が煮立ってきた鍋をかき混ぜるのを見ながら、悠璃は洗面室へと移動した。

 軽く顔を洗って戻ると、お皿にご飯とカレーが盛り付けられ、カレーをカウンター越しに晶に渡していた。
「早くしなよ。おねーちゃん」
「はいはい」
 先走る晶に苦笑を浮かべながら、悠璃はカウンターにいって自分の分を受けるとテーブルへと運んでいく。
 最後に自分の分のカレーを持った母親が席について、三人の親子が久しぶりに勢ぞろいした。
「いただきます」
「いただきます」
「いっただきーますっっ!!」
 三者三様の声で飛び交い、朝食となる。
 体育会系の男子学生のように勢いよくカレーをかきこみ、咀嚼していく晶を母親は優しいまなざしで見つめていた。
「なにかいいことでもあったの? 晶」
 活発で元気がいいのが晶であるが、今朝はいつもの三倍以上にハイテンションで回転しているようだった。
「夢を見たんだ♪」
 なんでもない一言が悠璃の胸に響く。
「どんな夢を見たの?」
「パパと遊んだんだっ!!」
 晶は無邪気で、心の底からうれしそうだった。
「パパとどんなことして遊んだの?」
「んとーねー……鬼ごっことか木登りとか。それとかジャイアントスイングとか、高い高いしてもらったんだっ♪」
「それはよかったわね」
「パパはどんな人だったの?」
 性格の悪さを自覚しながら悠璃が突っ込みを入れると、予想通りに晶の表情が曇る。
「……わからない」
「なんで、わからないの?」
 わかるわけない。
 夢なんてそういうものだからだ。
 起きた瞬間にディティールなんて忘れてしまう。
「こらこらいぢめないの」
 その事を知りながら悠璃は追及しようとしたが母親にやんわりとたしなめられて終了してしまう。
「夢の中だけでもパパに会えてよかったじゃない」
「うん………そうだね」
 最初は納得いかなかったようだけれど、自分で考えて幼いなりに妥協点を見つけ出したのが再び笑顔を取り戻した。
「今日はとってもいいことがありそうな気がするんだ♪」
「そうね。きっといいことあるわね」
 夢を見て、その人に会えなかったことを寂しがることより、夢の中だけでも会えたことを喜べるポジティブな思考をしていた。
 悠璃としては少しうらやましかった。
 晶とは違って、落ち込んでいるのだから。
「その様子だと悠璃も冬くんに出会えたようね」
 予想だにしていなかっただけに不意打ちとなった。
「な、なんでそうなるのよ」
「あら? 何も聞いてないんだけど」
「………」
 引っ掛けられたと知って悠璃はテーブルに突っ伏す。母親はけらけらと笑っていた。
「会えてよかったじゃない」
「よくない。会いたいともなんとも思っていないんだから」
 一応は反論するけれど母親は微苦笑をたたえたままだった。
 反論したいのはやまやまなのだけれど、さっきのこともあるから墓穴を掘るのが関の山だろう。
「ねえねえ。冬くんって誰?」
「悠璃の彼氏」
 その瞬間、悠璃はテーブルに激しく頭を打ち付けた。
「おねーちゃんにも彼氏いたんだ……」
 晶はいかにも納得というような感じだった。
「ママっ!!」
 ムキになってはいけないと思いつつも、つい力が入ってしまう。
「あいつとは彼氏でもなんでもないんだからね」
「あれ? 冬くんとは仲がよかったんじゃなかったっけ」
「どこをどう見ればそう見えるのよ……」
 笑っているのが非常にむかつくのだけれど、ムキになればムキになるほどおもちゃにされるのは言うまでもないから抑えるしかなかった。
「おねーちゃん。いつの間に彼氏作ったの?」
 悠璃は妹をにらみつけるが、晶は怒っていることを理解できていないようだった。
「晶の知らないうちに……」
 悠璃とは生まれてた時から傍にいたから悠璃の動向は晶にも知れる。
「晶は冬くんのこと、覚えてる?」
「冬くんって…?」

 晶は考え込む。
 一生懸命、考え込む。
 顔を赤くして考え込む。
 ……オーバーヒートした。

「冬くんのこと、覚えてないのも無理ないか。冬くんがいたのは晶が2歳か3歳ぐらいの頃だもの」
「どんな人?」
「あたしの妹の息子。つまり、晶の従兄ね。不思議な子だったなあ。悠璃とは同い年なのに身体が大きくてそうには見えなかった。あの年頃にしてはおとなしくてしっかりしてた。晶も冬くんにすっごく可愛がってもらったんだよ」
「ほんと!?」
「ご飯とか下の世話とか全部やってもらっちゃってすっごく助かっちゃったなあ。おかげで冬くんがいなくなると騒ぎ出すは、冬くんのトイレについていっちゃうとか違う意味で大変だったけどね」
「そうだったんだ……」
 とっくの昔に忘れ去っていた自分の行動を他人の口から聞かされて晶は赤面する。
 考え込み、苦しみから悲しみへと変化する。
「思い出せないよ。思い出せないよ」
 必死に思い出そうとするがうまくいかない。
 出来たとしても、感性に関する回路が3歳当時とは異なっているわけだから記憶を自分のものとして実感することができない。
 また、思い出せたとしたら違った悲しみが生まれる。
「晶、その冬くんという人のこと忘れてた」
 慕っていた人がいなくなって
 ぽっかりと空いた心の空白に苦しんで
 せめて忘れないでいようと心に誓っていたのに、気が付いたら面影はおろか存在そのものを忘れていた。
「しょうがないわよ。晶は幼かったんだから」
 兄弟肉親であっても長年会っていなかったら時間の経過と共に忘れてしまう。ましてや赤ん坊に毛が生えた程度の年頃なのだから覚えていられるわけがない。
「冬くんにはきっと会えるわよ」
「ほんと!?」
 その一言に晶は目を輝かせる。
「絶対?」
「確約はできないけど、かなりの確率で」
「な、なによ」
 母親が意味ありげに目配せしたので、悠璃は警戒する。
「な〜んでもっ♪」
「…もうっっ」
 言いたいことは山ほどあるのだけれど、言ってしまえば自滅するのが目に見えていたから何もいわなかった。
 嬉しがったり悲しんだり変化が激しい晶と、からかわれてその都度、暴発する悠璃を見て楽しんでいた母親であったが、遠い目でつぶやいた。
「美奈美も冬くんもどこでどうしているのかしら」
「叔母さんから電話とか連絡とかない?」
「あったら貴方たちにも言ってるわよ」

 出ると言っても一時的なもので日曜日に別れても月曜日に学校に行けば嫌でも教室で顔をあわせるような感じで、簡単に再会できるものだと思っていた。

 でも、現実は明日どころか10年近く経つ今でも会えていない。

 約束も果たせていない。

「今頃、どこでなにしてるのかしら」
「おっ、やっぱり冬くんのことが気になる」
「違う。あたしが気になっているのは叔母さん。叔母さんってば面白い人だったじゃない」
「またまた。そんなこと言っちゃって」
「冬くんとくっつけようとしない。そんな関係じゃないんだからね」
「はいはい」
 おもいっきり邪気がありすぎる母親だったけれど、悠璃は無視することにした。
「大丈夫じゃないかな。美奈美も冬くんも。2人とも象に踏まれて死ぬほどやわじゃないから」
「そう見えないだけであって、実際にそうだとは限らないとは思うんだけど」
「それはそうなんだけど」
 裏づけのない思い込みほど当てにならないものはないことを思い知らされているんだけれど、それでも彼らが死んでいるとは思えなかった。
 
 彼にしても、叔母にしても生命力があふれ過ぎていて、見た目のイメージが想像を邪魔している。

 生きているのもわからない代わりに
 死んだという確証もない。

 それならば生きていると願っていてもかまわないだろう。

「ねえねえ、ママ」
「なに?」
「ママの休みはいつ?」
「ごめんごめん。忙しくて休めないや」
 苦笑いがとっても切なかった。
「ごめん。ママ」
「気にしない気にしない」
 母親の忙しさは晶も理解しているとはいえ、寂しいものは寂しいものなのである。
「ママ。がんばって」
「ありがと。晶」
 本人以上に母親がつらいと知っているからこそ、晶としても応援するしかなかった。
「仕事の調子はどう?」
「相変わらず、といいたいところだけれど苦労続きで大変なのよ」
 悠璃は思わず苦笑い。
 応援以外に出来ることといえば愚痴の相手になることだろう。
「国際化国際化って言ってるけど、某国化とか某国化とかじゃないし、ルーツを大切にしない奴が他所から相手にされるわけがないっつーの」
 母親は芙理衛学園という学校の学長権理事長で、父母から受け継いだ私立高を大学から幼稚園まで揃えた総合学園に発展させたやり手であった。
 それだけに激務が続き、外からのやっかみや圧力も強い。
「ということは変えないんだ」
「根本まで変える必要はないんだもの」
 生き物なり制度なり組織というものは時代の変化に応じて変わっていかなくてはいけないのだけれど、大本を変えてしまったら存在する意味はない。
「それ以前に裏がありそうなのが腹立つのよね」
「裏?」
「某国の大学から共同研究……ていうか相乗りを申し出てきたという話はしたよね」
 大学で行っている研究のいくつかが世界中から注目されていて、ある大学から共同研究の話が持ち上がったのだけど検討の結果、断ったという話だった。
「どう考えても横取り狙っているとしか思えなかったから断ったんだけど、ストーカー並にしつこいのよね」
「……大丈夫?」
「大丈夫、といいたいところなんだけれど、微妙なのよね」
 遠まわしに危険水域に入っていることを告げられて悠璃は微妙な心境になるのだけれど、それこそして上げられることは何もなく、母親に無用なプレッシャーをかけるだけから何もいえなかった。
「ごちそうさまでした」
 前後して母親がカレーライスを食べ終えると席を立った。
「後片付けよろしくね」
「わかりました」
「それじゃ、ママは仕事にいってくるかんねー」
「いってらっしゃーい」
 晶に見送られて、リビングを出ようとする。
 だが、途中で立ち止まり振り変える。
「あ、そうそう」
「なに?」
「なるべくなら家でおとなしくしててね。世の中、何が起こるかわかったもんじゃないから」

 芙理衛市は関東近辺にある都市である。
 最近の市町村合併に伴って誕生した新しい都市で、郊外には田畑が広がってのんびりとした風情が広がっている一方で駅前や鉄道の近くでは高層マンションの建設が始まっているという、そういう町である。

 防壁の中から鉄骨が竹のように聳え立ち、重機の作動音がやかましく響くマンションの工事現場を、すぐ近くの道路から見ている男がいた。

 190cm代と日本人レベルでは長身に入る身体をグレイのコートに包んでいる。暖冬ということもあって、3月の初めの割には暖かい気温でコートが不要にも関わらずコートを着ていることも変なら、自分の肌のように自然に着こなしているのも変だった。

 年齢は10代後半から20代前半といったところ。
 
 容姿は若干甘めで、パーツ単体で見ていていけばそこらにいくらでも転がっているような青年であるのにパーツを揃えて組み立ててみれば、そこにいるのは世界からかけ離れた異質な存在だった。

 身体からかすかに硝煙の香りがたゆっているようだった。
 一言で言えば軍人。
 まだ少年から青年という若い世代にも関わらず、修羅場を潜り抜けてきた雰囲気を濃密に漂わせていた。
 あくまでも人間ではあるが、建築中の高層マンションを含めた周囲を一体を制圧する存在感にあふれていた。
 彼は高層マンションが緩慢に組み上げられて行く
様子を眺めていたが突然、身を翻すとマンションの前から歩き出した。

 マンションから外れたところで一人の女の子が現れて、彼に寄り添うように歩き出す。
 年齢は小学校中学年から高学年といったところ。
 ベージュと茶を基調としたフリルとリボンいっぱいのブラウスとスカート、ジャケットに身を包み、赤茶色のウェーブのかかった髪をお尻を覆うぐらいに伸ばしていた。
「おにいさま」
 そう呼びかける声や態度がしっかり板についている。
 容姿や態度、仕草の一つ一つにいたるまで上品でヨーロッパの貴族のお嬢様だと言われても納得できてしまう説得力を持った美少女だった。
「残念でしたね」
「予想通りだった」
 彼は少女に向かって軽く視線を投げかける。
 たったそれだけで意図が伝わったのか、少女は彼に向かって報告を始めた。
「まず芙理衛学園ですが住所は変わっておりません。ただ、総合大学から幼稚園まで揃えた巨大な学園になっています。それと伊勢淳子氏の転居先ですが突き止めました。いかれますか?」
「ご苦労だった」
 たった一言で行く行かないとは明言しているわけではないが態度と雰囲気で意図を悟ると少女は僅かに眉をひそめた。
「いらしたら、お喜びになられと思うのですが」
 彼は答えない。
 少女としては翻意を促したいところなのであるが、彼の心境も知っているだけに何もいえなかった。
 勧めに従わない代わりに、彼の手が少女の頭を撫でる。
 その大きくて、ゴヅコツとした手から伝わってくる想いに納得するしかなかった。
「これからどうします?」
「みなもは何処に行きたい?」
「それでしたら、おにいさまの従姉妹たちに会いたいです。どんな方なのか興味あります」
 彼は特に何も言わず平然と黙殺したが、これには少女も笑いを押し殺すことができなかった。
「確かに興味はありますけれどまたの機会にします。そうですね……おにいさまの通っていた場所を巡ってみたいです。おにいさまがどんな幼年期を送っていたのか、どのような目線で世界を見ていたのか興味ありますから。でも……」
 少女は宦官でも思わず誘拐したくなる魅力的な笑みを浮かべた。
「その前にお昼にしません?」


 ▽▽▽▽▽

「大学でやってる研究って、おねえちゃんは知ってる?」
 母親からは引きこもっているようにと言われていたけれど食材が底をつきだしていたので外出せざるおえなかった。
 食材が尽きていなくても、晴天だというのに引き持っているのは晶にとっては拷問だとはいえ、今までそんなこと言うことはなかっただけに気にはなっていた。
「あたしにだってわからないわよ。物凄く重要な研究だとしかね」
 いくら学長の娘だからと言っても重要機密を教えてくれるわけがないから部外者と変わりない。
「どれくらい凄いのかな」
「ノーベル賞でも取れるぐらいにすごいんじゃない?」
「ノーベル賞って何?」

 前のめりになって、悠里は危うく転倒しかけた。

「おーーっ すごいすごい」
「すごいじゃないっっっ!!」
 80度近くにまで姿勢が前傾したにも関わらず立て直したのだから晶が無邪気に賞賛したくのももっともりであり、小学生がノーベル賞を知らないのも充分ありうることでもあった。
「とにかく教科書に載っちゃうような凄い賞なの。テストにも出てくるんだから覚えておきなさい」
「そうなんだ……」

「へぇ〜」といわんばかりに感心してしまっている晶。

「ということは、もしも取れたら学校にテレビ局とか来るんだ」
「そういうことになるね」
「そしたら、出ちゃお出ちゃお」
 おそらく背景でありながらピースサインなんてやっている小学生を目指そうとしているのだろう。
「お願いだから全国の視聴者の前で恥をさらすのはやめて」
「とか言っちゃっておねーちゃんも出ようと考えてない?」
「それはない」

 実際にどういう研究を行っているのか悠璃も気になっていた。
 そんなにまで成果をほしがる研究というのはどういうものなのだろう。
 研究自体もそうなのだけれど、研究の影響について思いをはせずにはいられなかった。

 ひょっとしたらいかないほうがよかったのかも知れない。

「おねえちゃん。どうしたの?」
「ううん。なんでもないよ。なんでも」
「そっか」

 駅は数年前に高架になり、北口と南口に商業スペースが広がっている。
 最近整備されたばかりだから、大型スーパーや量販店などのビルが目立つ。
 メインストリートからのびる枝道には石畳が敷かれておりイタリアやスペインかという雰囲気をかもし出していた。
 休日ということもあってカップルとか、アベックで来ている人々が多い。

「おねえちゃん。冬くんってどんな人だった?」
 朝の話を蒸し返されて、痛みがよみがえるがこらえながら悠璃は語りだす。
「あたしからすればむかつくやつだった」
 母親の評価と食い違っていることに晶は戸惑う。
「あいつが悪いっていうんじゃないの。ママが言っていたでしょ。「あたしと同い年の割には落ち着いてた」って。大人達の言うことをしっかりと聞いていたし、わがままも言わないし、あたしたちが騒いでいると平然と鎮めちゃうし、とにかく動じないのがむかついたのよ」
 あの時の感情は当時はうまく言い表せなかったのだけれど、今なら表現できる。
 大人の言うことには従順であったが無批判に従っているのではない。
 彼は大人の言うことに妥当性があることを知っていた。
 状況を判断して、適切な反応をすることができていた。そうできるだけの能力を既に備えていたのだ。
「……すごい人なんだね」
 つまり、彼は大人だった。
「むかついてはいたけれど嫌いじゃなかった。下手な大人よりも頼りになる奴だった」
 助けられたことも多かったからこそ反発したのかも知れない。
「晶は覚えてないと泣いていたけれど、本当は覚えているのよ」
「ほんと!? 誰なの。誰っ」
「おしえない」
「えーーーーっっっ なんでなんでっっ」
「考えれば晶でも分かることだから」
「降参。答え教えて」
「だめ。少しは考えなさい」
「ぶぅぅ…」
 晶はふくれっつらをして、そっぽを向く。

 晶をほほえましく思いながら、目を閉じて過去を思い出そうとする。

 その時、彼は言葉を話し出したばかりの晶のおむつを変えていた。
 つけていたおしめから臭ってくるウンコの臭いに表情を変えることなく、慣れた手つきでおむつを交換する。
「あげてあげて」
 交換作業から解放されると、晶はせがんできた。彼は笑うことはしないが嫌がりもせずに晶のちっこい身体を両手で挟むと、そのまま高く上げた。
 ついでにボールのように晶を上に上げてからキャッチを繰り返す。
 冷静に考えれば危険なんだけれど、キャッキャツと晶は楽しそうに笑っていた。

 ありきたりで
 二度と帰らない記憶。

「……おねえちゃんは、その冬くんのことが好き?」
 いつの間に立ち直っていたことと、心のストライクゾーンをずばりとついた発言に悠璃は激しく動揺しながら無理やり押さえつける。
「どうしてそんなこと聞くのよ」
「おねーちゃんが行かず後家になるんじゃないかってちこっと不安だったから」
「あのねえ…」
「おねーちゃんってば告白する男の子たちを片っ端から振ってるじゃん。男には興味がないのか、それともアッチ系にいっちゃってるのか晶、気になってたんだ」
「………っっ」
 拳を握り締めるが、ここで怒りを爆発させてしまうとますます晶が頭に乗るのが見えていただけに、抑えるしかなかった。
「あいつなんて、どうとも思っていないんだからね。ただの従兄。それ以上でもそれ以下でもありません」
「じゃあ、冬くん。とっちゃってもいいよね♪」

 さっきのセリフも強烈だったが
 今回のは巨大なハンマーで頭をぶん殴られるぐらいの衝撃が来た。

「とっちゃってもいいよね。ってなによ」
「晶、決めたんだ。冬くんのお嫁さんになるんだっ♪」
「ちょっと待て」
「ママやおねえちゃんの話を聞いていると陸奥九十九級の凄い人っぽそうだから、晶の彼氏には充分かなって♪」
「……晶ってチャレンジャーね」
「えへへ」
「褒めてないっつーの」
 昔がよかったからといっても現在がそうだとは限らなくて、思い出のままでよかったという事例なんて腐るほどあるのだからギャンブルもいいところだった。現物すら見ずに決断しているのだから。
「あくまでも昔の話なんだからね、昔の。会ってみたら後悔するぐらいの最低な奴に成り下がっているかも知れないんだから」
「そうなの?」
「寝言は再会してからにしてちょうだい。それからでも遅くないでしょ」
 アタックするも何も、再会できていないし再会できる保障すらないのだから、まさに絵に描いた餅である。
「んで、出会ったら冬くんとっちゃってもいいんだよね」
「なんで、そうなるのよ」
「なんとも思ってないって言ってたじゃん」
「………」
 まさにその通りなので、反論の余地がない。

 晶は無邪気に笑っている。
 彼との関係は真っ白に近いから、過去のしがらみに縛られている悠璃とは違って思い切ることができる。

 ……もしも、目の前に彼が現れて晶が告白したら。

 その時になってみないと分からないしかいえない。
 現実は予想を簡単に裏切るのだから。
 でも、これだけは間違いなかった。

 少なくても平静でいることはできない。

「だいたい告白したところでふられるのがオチだって。あいつだって彼女を作っていないとも限らないんだから」
「え、そうなの?」
「ママが言うように凄いんだったら誰かが目をつけないわけないでしょ」
 時間も経っているのだから、その間に彼にもカノジョができていると、想定しておくべきだろう。
 悠璃としては、できているとは思えなかったのだけど。
「う〜ん……」
 競争力が備わっているのかと晶は深く考え込んでしまう。
「なら、ママに相談する?」
「それはちょっと…」
 美容に関して母親に相談すると待っているのは着せ替え地獄である。
 その時の阿鼻叫喚の地獄絵図を思い出して憂鬱になる晶であったが、悠璃も晶を笑っていられる立場にないことに気づいて愕然とする。

 隣に自分ではなく、誰かがいたらどうなるのだろう。

 だいじょうぶ

 彼のことをなんとも思っていないんだから。

 特別な感情なんて抱いていないんだから大丈夫。

 変わらない。

「何が大丈夫なの?」
 どうやら声に出していたらしい。
「晶。とっとと行くよ」
「はーい」
 これで話打ち切りといわんばかりに歩を進める悠璃とニヤニヤと笑いながら後をついていく晶の2人の姉妹。

 でも、彼女達は気が付かなかった。

 2人から数メートル離れたところにその彼がいることを。

 2人を見て、ふりふりドレスを着たあの少女がコートを着た彼に向かってそっとささやいた。
「なかなか思い切りのいい従妹様ですね」
 彼は返事はおろか表情すら変えていないように見えるが、よく見れば僅かにではあるが眉をひそめていた。
 思い切ることは重要だけれど、それだけでは到底、戦場では生きていけない。
「おにいさまはたくさんの人々から尊敬を集めてましたから。競争相手の素性を知ればお二方は驚かれるのではないでしょうか?」
「………」
 僅かに彼の口元がゆがんだ。
 知らないということはいいことである。
 知ってしまったら躊躇うことでも、平気で突っ込んでいけるから。
「でも、可愛いです。晶様も悠璃様も」
「そうだな」

 2人の姉妹を追い続ける彼の瞳。
 普段は虎徹の刃のように鋭い眼差しが、柔和なものに変わっていた。

「悠璃の言う通りかも知れない」
 小さいが苦悩が多分に含まれた声。

 少女は彼の相棒だった。
 彼によって長い眠りが覚め、彼と共に死線をかいくぐり、苦楽を共にしてきた仲だった。
 絶望でさえも受け入れていた。

 変わらない従妹と
 会ったら求婚しようと決めた従妹。

「確かに貴方のしてきたことが全ていいことだったとは思いません」
「…………」
「ですが、人というのは汚れていくものです。汚れる覚悟がなければ何もできません。おにいさまの成した行動によって平和が訪れたのですから、それでいいではありませんか。意味はあったと思います」
 新品のパソコンも使い続けていけば汚れていくように人もまた汚れずにはいられない。
 まっさらなままでは生きられない。
 秒にして一秒、感覚にして無限のような間の後に彼は言った。
「ありがとう」
「昔のおにいさまのことは知りませんが、今のおにいさまはあの子たちを裏切ってないと思っています」
「わかっている」
 会うべきだとはわかっている。
 けど、今回に限っては一歩を踏み出せない。
「会うにしたところで段取りというものが必要だろう」
「……そうですわね」
 淑女のように微笑む少女。
 少女としては、彼が従妹達と一刻も早く再会したほうがいいとは思っているものの無理強いはできなかった。
「それでは出会うのは明日以降ということになりますね」
 
 晶はポケットに手を突っ込んだ。
 意味もない行動であったが、指先に何かが触れたので取り出してみたら顔色が変わった。
「忘れてたーーーっっ!!」
「忘れてたって、なんなんの?」
「今日はスイウチのスペシャルデーだったんだーっっっ!!」
 スイウチというのは、スィート・ウィッチーズという略のジェラートショップでこの町一番のお店として知られていた。
 晶のポケットに入っていたのは、そのお店の割引券である。
 しばらく歩いていくと、行列が見えてきた。
 長々と続く行列はあるお店の前まで続いている。
「あ〜あ〜 食べたくなっちゃったなー。おねーちゃんもそうでしょ」
 同意を求めてられて、悠璃はしぶしぶうなずいた。
「そうね…」
 晶の勢いにひきづられているというのはあったけれど、はがきにあるアイスクリームの写真のカラフルな色使いに胃袋を刺激されたのも事実だった。
 正直なところ悠璃の、三つ編みに編んでわっかを作ったツインテールが食欲の魔の手につかまれている状態だ。
 しかし、我を忘れるにはあまりにも行列が長すぎた。
「食べたいのはやまやまなんだけれど、待ってられない」
「じゃあ、晶は並んでるから、おねーちゃんは買い物してきなよ。ケータイ持ってきているからだいじょーぶっしょっ♪」
 別行動をとっていても、携帯を持っているから昔と比べれば落ち合うのは容易だ。
 しかし、母親の言葉が喉の奥で引っかかる。

 外に出るなと母親は言った。
 状況がそこまで危険になっているとでも言うのだろうか。
 
 普段とあまり変わらない。

 悠璃は周りを見回す。
 のどかな昼下がり。
 空は蒼く、風は無風。
 太陽がちょうどいい温度で地表を照らしている。

 周りにいるのは若い夫婦に幼児の親子連れや、ぺちゃくちゃと喋っている女子中学生。携帯を手にもってメールに興じている若者など、そこに広がっているのはあくまでも関東近郊にある都市の休日の光景で、ヨハネスブルクやバグダッドではない。
「……もう、しょうがないなあ」
 外に出ている時点で約束を破っているのだからと開き直ることにした。
「それじゃ、何がいい?」
「ジンギスカンアイス以外」
「えーーーっっ あれおいしいのにー」
「そう思うのは晶だけ」

 ショートヘアの小学生ぐらいの女の子が列に加わり、髪を編みこみのお下げにした16歳ぐらいの少女が立ち去っていく。
 その光景を目の当たりして、巧みに気配を殺しながら見守っていた彼は考え込むようなそぶりを見せる。
 彼に向かって、少女が話しかける。
「ここは平和です。アストライアに比べれば天国のような場所です。従妹様たちが危険という言葉が存在しないように振舞うのも無理もないと思います」
 少女は悠璃と晶の行動を肯定しているようであったが表情は微妙だった。
 彼を試しているように見える。
 長い間を置いて彼はため息をついた。
「……日本人は安全がタダだと思っているから困る。もっともオレたちが神経過敏なのかもしれないが」
「用心はしても困ることもないでしょう」
 と言った後で少女は周りを見渡した。
 老若男女、何の変哲もない人の動き。
 いつもとは変わらないように見える流れの中に、少女は揺らぎを見出したようだった。
「ほら。困らないじゃないですか」
「……荒事に巻き込まれるのは好きじゃない」
 同じように彼もあきれたように肩をすくめた。
「ヴォガトゥリの反応は?」
「ありません」
短いやり取りの中で、二人は二人のいつもに立ち戻っていく。
「みなもは晶に。オレは悠璃を追う」
 彼にとっては不本意な形かも知れないが躊躇いはなかった。
「了解」
 彼は悠璃の後を狼のように用心深く、それでいながらスピーディーに追跡を始める。
 みなもは見送ることはせず、ポケットから携帯を取りだした。


 誰かとぶつかってしまい悠璃は前進をとめる。
 悠璃がぶつかったのは身長180ぐらいの長身を装甲のような筋肉で覆ったボディビルダーっぽい男でむせ返る男臭さに耐えながら謝ると、その場から立ち去ろうとした。
「待てよ」
 悠璃の細い手首を、男のふしくれた岩のような手がつかんで締め上げる。
「ぶつかっといて「ごめん」で許されると思ったら大間違いだぞ。この売女っっ!!」
 軽くぶつかった程度の衝撃でそこまで怒るとは、お前の筋肉は飾りかと言いたくなるのだけれど、実際には悠璃の移動を予測してぶつかりにいったというほうが正しい。
「おい。ねーちゃん、ちょっくらオレたちと付き合ってもらおうか」
「なんなんですかっっ!!」
 更に2人の男が背後からはさみうちにする。抗議する悠璃だったが、腹部に硬いものを押し付けられる。
「おとなしくしてなよ、ねーちゃん。でないと生理のこない身体になるぜ」
 視線を少しずらす。
 おなかにつきつけられているものは、上からジャケットをかけてあってよく分からない。
 ただ、突きつけられる硬さが生理的な嫌悪を催す。
「嘘だと思うなら叫んでみな。運がよければなんともないかも知れないぜ」
 無論、男達は結果がどうなるか知っているわけで、悠璃としても沈黙せざるおえなかった。
「おら、携帯を出しやがれ」
 脅されて、悠璃はいったん躊躇はしたけれど腹に突きつけられているものをぐいぐいと押されて、やもなくポケットから携帯を出さざるおえなかった。
 男の一人が携帯を奪い取るとスイッチを消す。
「つきあってもらおうか」
 こうして、悠璃は両脇と前後を身も知らない男達に挟まれて囚人のように何処へともなく連行されていく。
 なんでこんなことになったんだろうと思っても答えは出ない。
 助けを求めようと回りに視線を投げかけるが、周りの人々はただ通りすぎていくだけ。
 悠璃が大変なことになっているというのに誰も気づこうとはしない。
 悠璃と男達の存在がなかったことにされているようだった。
 下手に絡んで怪我したらたまらないというのがあるから無視されるのは当然だけれど、悠璃としては心細さを覚えていた。
 ここで負けてしまったら奴らを喜ばせるだけど、表情には出さないように勤めていた。
 男達の身体から漂ってくるヤニ臭さに耐えながら、悠璃は隙を伺っていた。
 けれど、物体は腹部に食い込んだままで力が抜ける様子はぜんぜんない。
 集団は脇道に入る。
 ビルとビルとの境目にある脇道は昼でも薄暗く、人が2人ぐらい並んで歩ける程度のスペースしかない。人家の出入り口もなく不穏な雰囲気が漂っていた。
 ここを抜ければ、人でいっぱいな大通りから車道へと抜けることができる。
「大方、隙でも探しているんだろ」
 ここに来て、男が話しかけてきた。
 図星を突かれたので悠璃は唖然とし、両脇と前を歩いている男が下卑た笑いを浮かべる。
「抜けられると思ったか? 自由になれると思ったか?」
 次の瞬間、前を歩いていたマッチョな男の張り手が悠璃の頬に飛んだ。
 
 痛みが悠璃の頬を駆け抜ける。
 涙が出るほどに哀しかったけれど、ここで弱みを見せたら男たちを嬉しがらせるだけだと敢えてにらみつける。

「いいね、いいねぇ」

 その男が悠璃の顎先に手を寄せる。
 触れるのも汚らわしいが、突きつけているものが悠璃の動きを止めている。

「でもな。てめぇーには白馬の王子なんてこーねんだよっっっ!!」

 ここは通り過ぎる人影もまばらな裏道。
 たとえ、やってきたとしても男達の凶悪な雰囲気に圧されて見てみぬふりをしただろう。

「いいか。てめぇはこれから自覚することになるんだ。オレたちの肉便器という現実をなっっ」

 男達は幸福の絶頂にあった。
 一人の少女。しかも超が三つぐらいつく美少女を自分達の思うがままにできるとこれから待つであろう甘美な未来に酔いしれていた。頭の先から爪の先まで。
 実際、彼らの幸福と悠璃の悪夢は現実可能なところまで来ていた。
 しかし、近づいていたというだけであってゴールのテープを切ることはない。
 なぜなら、彼らの行動は逐一誰かに把握されていたから。

「あれ? 益田がいねえ」
 悠璃の右側にいる男が、背後についていた男がいないことに疑問を持つ。
 左側にいる悠璃に何かを突きつけている男が軽口で答える。
「いいんじゃん。わけま………」
 言っている途中でその男の背後から、ぬょきっと腕が伸びてきて、そのまま男を張り倒した。
 鈍い重低音が空間を切り裂き、歯が撒き散らされる。
 その一撃で意識を完全に飛ばした男はゆっくりと揺らめき、続けて脛を蹴り飛ばされて尻から地面に倒れこんだ。
 押し付けられていた何かが消えたので悠璃は後退する。
 片腕をもう一人の男に握られていたが、理解できないほどの速さで起きる状況の変化に男が適応するよりも、悠璃が振りほどいたほうが早かった。
 男は反射的に悠璃を追うが、行く手を誰かが立ちふさがる。
 その誰かとは彼だった。
 身長190cmを超える圧倒的な長躯の彼。
 視線を合うなり、彼は長い脚を男めがけて蹴り上げる。
 全身を使い、右下方からしなりながら跳ね上がってくるその脚は人間の脚というよりはハルバードのようだった。
 しかし、身体に炸裂する寸前で男は両腕を前を回すことに成功。身体を亀のように固めて彼の一撃が来ることを待った。
 男としては受け流してから反撃の機会を待つ目論見であったが、彼がわざと防御が間に合うようにハイキックを遅らせたことに気づかなかった。
 一瞬でガードしていた両腕が折れる。
 宙に浮いた後、そのまま地面に崩れ落ちる。
 両腕が完璧に折れた以外にダメージがあるのかどうはさだかではないか、ともかくこの強烈な一撃によって男は白目を向いたまま気絶していた。
 あっという間に仲間の三人が立ち続けに消されたのを残りの男はなすすべもなく見ているしかなかった。
 展開があまりにも速すぎて、視線で状況を追っているうちに仲間は倒され人質は解放され、その代わりに彼が立ちふさがっていた。
 不気味な音が響く。
 彼が最初に倒した男の二の腕を踏みにじったのだ。
 彼は事務処理しているように男の両腕を踏み折り、痛みにのたうち男の頭を軽く蹴って、再び気絶させると残りの男と対峙する。
 男は少し、後ずさった。
 彼は壁だった。
 身長は男よりも10cmほど高いが痩せていて外見的には互角である。
 しかし、雰囲気がまるで違っていた。
 彼の全身から放出される威はこの空間の隅々までいきわたり、この場にいる人々を押さえつけていた。
 日本人としては大きい彼であるが、その身長よりも更に大きく見える。
 彼は壁だった。
 彼の後ろには悠璃が怯えた表情で隠れている。距離にして数メートルではあるが、その間にはまさに越えられない壁として彼が立ちふさがっていた。
 見えない石垣で悠璃との間が遮断されているような息苦しさがそこにはあった。
「……なめてんじゃねえ……よ……」
 男は僅かに声を絞り出す。
「見下してんじゃねえよ。てめぇっ!!」
 明らかに彼は男を見下していた。
 涼しげな表情で侮蔑していた。
 彼は言った。
「捕食する側だというのに、己が捕食される側に回られるということを夢にも思わない。まったくもって度し難し」
 男たちは自分達が他者を襲撃することもあったけれど、自分達が他者から襲撃されることは全然考えていなかった。事なかれ主義の市民が怪我を覚悟の上でお節介を焼くことや、自分達以外の存在がハイエナのように襲われるなんて考えもしなかった。
 悠璃の四方を囲んでいることに安心して警戒を完全に怠っていた。
 彼の目からすればまったくの無防備であり、そんな相手を襲撃して悠璃を救出するのは掌を翻すように簡単だった。
 危険なことをしているにも関わらず、危機意識に欠けている男たちを見下したくなるのも当然だろう。
 ただし、彼らが警戒を厳重にしたところで彼の接近に気づけなかっただろう。
 それほどまでに彼の穏行、尾行術は完璧だった。

 男は顔を真っ赤にして歯軋り過ぎる。
 普通の相手なら速攻でボコボコにするところなのだけど、彼は今までの相手とはあまりにも次元が違いすぎた。
 怒るけれどニトログリセリンを揺らすような気がして一歩を踏み出すことができない。

「逃げろ」

 彼の口から出たのは意外な言葉だった。

「計画は失敗に終わった。貴様らの実力ではオレには勝てない。仲間を連れて尻尾を巻いて逃げ帰ったほうが懸命だと思うが」
 悠璃は完全に彼の手中に落ちていて、奪取するためには彼を排除しなくてはならないが、リーチ以上の実力差が男と彼にあるのは明白で奪取はどうあがいても絶望的だった。
 せっかく彼が見逃してくれるといったのだから、負けを認めて退散するのが一番よかっただろう。
 しかし、男はキレた。
 見下しているのではなく、事象を正確に分析して淡々と伝えている彼の物言いに完全にぶち切れた。
「何が勝てないって?」
 懐からグルカナイフを取り出すと切っ先を彼に向けた。
「戦ってもいないのにいい気になっているんじゃねえよ。このボケ野郎」
 ナイフというには大型すぎる刃物をちらかされても彼は平然としていたが、それでも男は突っ込んだ。
 走りこみながら、懇親の力をふるって一直線にナイフを突き出す。
 槍のような勢いで筋肉に鎧われた豪腕が伸び、ナイフの切っ先が彼の顔面めがけて飛ぶ。
 切っ先が鼻先に触れようとするがその瞬間に、彼の顔は消えてむなしく空気を切る。
 彼は避けるだけで何もしない。
 その事で傘にかかって、男はなおもナイフを突き立てようとする。
 男がナイフを突き出してはかわされるという現象が三回ほど続いた。
 そして、四回目。
「ちょこまかと逃げやがって……死ねやっっっっ!!」
 ボクシングでもかじったことがあるのか、男の突きは速かった。
 空間を高速で貫いていく様は新幹線の爆走を見ているかのようで勢いに溢れたすばらしいものだった。
 さっきと同じようにナイフの切っ先が彼の顔面めがけて一直線に向かっていく。
 だが、ナイフの切っ先が彼の鼻先をかすめかけた瞬間、衝撃が男の右肩で爆発する。
 遅れて出した彼の拳が彼の突きよりも早く、空間を貫いて右肩に炸裂したのだ。
 男の体が空に浮く。
 男の突きは高速だとはいえ、その軌跡は見えたが彼の拳は軌跡さえも見えなかった。拳が食い込み、右肩の骨格をハンマーで卵を砕くように破壊していくその瞬間でさえも何が起きたのか把握できなかった。
 短い浮遊の後に尻餅をつく男。
 力を失った彼の拳からナイフが落ち、音を立ててコンクリートの地面に転がる。
 自分の突きがかわされ、男の拳が右肩を破壊したことを認識したのはその直後だった。
 獣のような叫び声がこだまする。
 激痛が男の体内で駆け巡る。
 たった一発で男は戦闘意欲を喪失。床に転がっては赤ん坊のようにひたすら泣き喚くだけの存在に成り下がっていた。
 わき腹を蹴って、安らかに沈黙させると彼は悠璃に向き直った。

 状況がコンマ単位で山が崩れて海になるような激しさで変わり、ようやく把握できた頃には戦闘は終わり、悠璃は自由の身になれた。
 しかし、悠璃は顔に恐怖の色を浮かべていた。

 後ずさると何かに当たってこけそうになり、振り返ってみるとそれは彼に倒された男の一人だった。
 両腕を踏み折られてひたすら責め苦にあえいでいる。
 男達のうめきがそとかしこに響いていた。

 男たちにこのまま連行されていたら最悪な目にあっていたのは間違いないので彼が助けに来てくれたのはよかったことであったが、悠璃の目からすれば男も彼も不審者という点では同じだった。
 
 ウサギを捕まえて揚々と引き上げる狐を虎が倒したようなもので、男たちは最低であるが人間の範疇に入るのに、無制限に威を放出して場を圧倒し続ける彼はとてもじゃないけれど人の姿をした何かにしか見えなかった。

 あの男達だったら何とかなったのかも知れないのだけど彼に襲われたら最後、命はない。

 ゆるゆるで隙がありまくっているようには見えるが、男達以上に隙がないことに悠璃は気づいていた。

 アイスクリーム屋に続く行列の中で仲良く談笑している2人。
 ほんの数分のうちに少女と晶は十年来の友人のように打ち解けてしまっていた。
「それではジンギスカンアイス試してみますね」
「うんうん。みなもちゃんも絶対に気に入ると思うから」
 列を作っている人々が苦笑を浮かべているのは決して見間違いではないだろう。
「みなもちゃんのお兄ちゃんってどんな人なの?」
 アイスクリーム談義が終わって、今度は家族談義に入っていた。
 みなもという少女が言うには兄がいるということだった。
「そうですわね……」
 みなもは形のいい指先を顎に当てて考え込む。
「山のような人でしょうか?」
「その心は?」
「どちらかといえば大柄ではありますけれど、雰囲気とか存在感が山のように大きい人なんです」
「どれほどの山?」
「そうですね……」
 何故かみなもは悩んだ。
「この国で一番大きな山並に大きいです」 
「……すごいおにいちゃんなんだね」
 富士山とストレートに言わなかったのは不自然であったが晶は気づくことなく、ただ富士山とその兄を照らし合わせ、巨大な山容に比肩できるその兄に感嘆としていた。
「ええ」
 心の底から誇りに思っているようなみなもの微笑みに晶も釣られるが、すぐに曇る。
「いいなあ。みなもにはそんなおにいちゃんがいてくれて」
「そうでもありませんよ」
「そうなの?」
「客観的に見ればいい兄に入るとは思うのですが、鈍感なのが欠点です。人の気持ちに気づこうとしないんですから。まったく……」
 本気で愚痴を言ってるようなみなもの言い草に、晶も微苦笑してしまう。
「もう一つは何でもかんでも一人で背負い込んでしまうところですね」
「背負っちゃうって?」
「兄は辛いことや悲しいことも一人で背負い込んでしまう癖があるんです。兄だってぜんぜん平気じゃないはずなのに平然としていて。家族なんだから、私の前では愚痴の一つぐらいこぼしてもいいのに」
 ここまでくれば、もはやのろけである。
「みなもちゃんはおにいちゃんの事が好きなんだね」
「ええ。愛してますわ」
 みなもが重要なことをさらりと言ってのけたので晶はびっくりした。
「愛してますって何処まで」
「この髪も、この瞳も、この指先も全てお兄様のものなのに、ちっとも分かってくださらないもの」
「そこまで愛してるんだ……」
あまりの心酔ぶりに晶は圧倒されてしまう。
「この全身使ってご奉仕したいと思っていますのも」
 その様子を想像してしまって晶の顔が赤くなる。
「すごいなあ……みなもちゃんは」
 感心すると晶は落ち込んだ。
「いいなあ、みなもちゃんは。晶にも昔、おにいちゃんがいたっていうんだけど、小さかったから全然覚えてない」
 みんなは素晴らしい人で可愛がってもらったというけれど、その人の記憶がまったくないのはとっても悲しいことだった。
 みなもは天使のわっかが浮かぶ晶の髪を撫でた。
「会えますわよ」
「えっ?」
「いつかきっとではありますけれど、晶ちゃんのお兄様には会えますから」
 意地が悪い人間なら「根拠は?」と聞き返すところなんだろうけれど、晶の顔には歓喜が浮かんでいた。
 その時、携帯の音が鳴る。
「もしもし」
 自分の携帯が鳴っていることに気づいて晶は出る。
「ママ?」
 相手は母親のようだった。
「帰れってどーいうこと? 並んでるのに」
 どうやら晶にとって不利益になることを命じているらしい。
「……ちぇっ。了解」
 晶は粘ってみたものの二言三言の応酬の後に屈服を余儀なくされて携帯を切った。
「ごめん、みなもちゃん。ママに呼び出されちゃったから」
「しかたがないですね」
「それじゃ」
 列から出る晶。
 走り出そうとして振り返る。
「また、会えるよね」
「ええ、会えますわ」
 腕をぶんぶん振り回して、それから走り去っていく晶をみなもは母親のような眼差しで見送っていた。
「……きっと、です」
 その呟きは誰にも聞かれることなく虚空に消えていった。
 
「………どうして、こんなことをしたの………」
 締めつられている喉を懸命に振り絞っていった一言。
 地面に這い、止まらない激痛にのたうちまわることしかできない男たちに悠璃は溜まらない悲しみを覚えていた。たとえ、悠璃を襲ったものたちだとはいえ、彼のやり口はあまりにも過酷すぎるように思えた。
 とはいえ助けに来たのにそんなことを言われたら彼としても立つ瀬はないのだけれど、彼は特に気分を害した様子はなく、足元に転がっているものを拾い上げると悠璃に渡した。
「こんなものを突きつけられてもか」
 悠璃の顔色が変わる。
 彼が手渡したものは拳銃だった。
 トカレフのコピーである中国の54式拳銃で、見た目的には本物かエアガンかの区別が付かないが小さい割には重かった。
「生理のこない身体になるぞ」と言われた時の恐怖が蘇る。
 一歩間違えば撃たれていたと思うと震えが止まらない。
 彼の助けがこなければ悠璃はどうなっていた?
 倒された相手のことを気遣っているいられる余裕のある今なんかよりも、ひどい事態になっていたに違いない。
「ご、ごめんなさい……」
 彼に対する恐れはなくならないとはいえ、薄れたのは確かだった。
 なんだかんだと助けてくれたのである。今までの行動から判断すると相手に反応はおろか認識させる間も与えずに動いているだろうから、彼に悠璃に対する敵意はないと見てもいいだろう。
 化け物然とした彼の能力や雰囲気には相変わらず悪寒がしていたが。
 彼の瞳が悠璃を見る。
 思わず怯えてしまう悠璃であったが、誤解はすぐに解けた。

 優しかった。
 歳のかなり離れた妹を見守るような目をしていて、さっきまでの場を圧倒するほどの力感は消えていた。

 暖かかった。
 頼もしかった。
 そこにあるのは襲い掛かる敵に対して立ちふさがる防壁ではなく大切な人、愛する人を必死になって守ろうといる防壁。

 ………感じたことがある。
 このぬくもりを
 この優しさを

 でも、どこで?

 悠璃の意識は過去の川を遡り始める。

 いつの頃だろう。
「え〜んえ〜ん……」
 幼かった日の1ページ。
 その時の悠璃は泣いていた。
 身体の何処かが痛いとか、母親に怒られたとかではなく誰かに辛い想いをさせてしまったことに泣いていた。
「ごめんさいごめんなさいごめんなさい」
 ピクニックに行った時、不注意で蜂の巣を刺激してたくさんの蜂に追われる羽目になったが悠璃が刺されることはなかった。
 彼が悠璃を庇って蜂に刺されたから。
 彼に痛い思いをさせてしまって、悠璃には泣きながら謝ることしかできなかった。

 その彼の顔は思い出せない。
 でも、大量の蜂に刺されて全身が真っ赤にはれ上がっているにも関わらず彼は平然としていた。

 皇帝のように、傲然として弱さなんてぜんぜん感じさせなかったのを思い出す。

「銃は置いたほうがいい。誤解されるから」
「えっ」
 そっと囁かれた瞬間、強烈な風が舞う。
 思わず腕を上げてガード。
「えっ……」
 風が収まって腕を下げると彼の姿は何処にもなかった。

 場を支配していた存在感がチリ一つ残さず消えうせていた。

 あんまりの速さに状況を認識するのに少しの時間がかかる。
 彼はいったい誰だったのだろう。
 答えのでない問いに悩みながらも、彼のいわれた通りに拳銃を地面に置いた。
 駆け足の音が複数響いてきたのはその直後だった。
「お嬢様!」
 思わず身構えるが、見慣れた母親のボディーガードとと知って警戒を解く。
 その一方でボディーガードは回りで毛虫のようにのたうちまわっている男達に愕然とする。
「お嬢様。これは……」
「ええと、その……」
 悠璃はどのように説明したらいいのか迷った。


 ▽▽▽▽▽▽

 その後は当然のことながら、買い物どころではなかった。
 警察に参考人として事情聴取を受け、長い取調べから解放されて警察署から出たときには既に日は暮れていた。
 警察署の外ではグリーンのジャガーが待っていて、悠璃がやってくるとウインドを上げた。
「お疲れ」
 運転席に座っていたのは母親だった。
 ドアを開けて、悠璃が助手席に座るとジャガーのセダンは滑るように走り出した。
 闇の中、街灯や家々の灯火が2人の姿を照らし出す。
「……言いつけ守れなくてごめんなさい」
 しばらくの間、無言の時間が続いていたが信号が赤になって止まったのを気に悠璃は謝った。
 誘拐があるとは知っていたけれど、テレビの向こう側の出来事であって、まさか自分が誘拐されるなんて夢にも思わなかった。
「こーら。ママの言うことはちゃんと守らなくちゃだめでしょ……と言いたいところなんだけれど」
 母親は怒るどころか、奥歯に物が挟まったような態度だった。
「ママこそ、悠璃や晶を変なことに巻き込んじゃってごめん」
 怒るどころか逆に謝る成り行きに悠璃は戸惑い、朝の会話を思い出す。
 母親は自嘲していた。
「物騒なのは物騒だけれどまさかこんなことになるとは思わなかった。学校に脅迫文が届くんだもの」
「脅迫文!?」
「「芙理衛学園の経営から一切手を引け。でないと娘2人の命がどうなっても知らないぞ」という内容。まさか、そこまで必死になるなんて思ってもみなかったなー」
 母親は苦笑していたけれど、悠璃の顔が真っ白になる。
「ここまで思い切った手を使ってくるということは焦っているということなのかもね。根っこはつぶしたから諦めてくれるかとは思ったんだけど」
「じゃあ、あの誘拐犯たちって……」
「誰かさんが病院送りにしてくれたから詳しいことは聞けないんだけれど、誰かの命令によって行われたことは確かね。もっとも、下請けみたいだから問い詰めたところでも大本まではたどり着けないんでしょうけどね」
 単に男達が情欲にかられてやったというのであればつかまってしまえばおしまいである。
 でも、命令されてやっただけであるのならば、これで終わりではない。また襲われる可能性があるわけで、あの時の恐怖がやってくると思うと背筋が凍りついた。
「悠璃が誘拐されたってタレこまれた訳だから、あの時は焦った焦った。………まあ最後には和んじゃったんだけどね」
「タレこまれた??」
 誘拐されたのに前後して犯人が脅迫してくるのであれば話が分かるのだけれど、たれこんだという表現の意味がわからない。しかも、その相手と和んでしまったとなるとぜんぜんわからない。ストックホルム症候群が起きる状況ではないというのに。
「「お宅の娘さんが誘拐されました」と警察じゃなくて、わざわざあたしの方に連絡してくれた女の子がいたのよ」
「女の子?」
「うん。アニメで魔法少女の友人やっているような感じの女の子の声かな。それで「私の兄が助けに行ってますのでご心配ならさないでください。ただし、悠璃さんと晶さんはちゃん保護してください」と付け加えるんだから笑うしかないじゃない」
 おかしいというよりも苦笑だった。
 悠璃はその言葉と自分の身に起こったことを結びつけてみる。

 悠璃を誘拐した男たちを圧倒的な力でなぎ倒して助けただしてくれた彼と、わざわざ母親の元に悠璃の誘拐を告げ、救出を確約してくれた少女。

「……この2人ってまさか」
 母親は笑うのをやめた。
「あんた達、ストーキングされてたみたいね」
 動向が逐一把握されていた。
「そうでなければ確約できないもの。結局、誘拐した連中もあの2人に踊らされていたのね」
 銃を突きつけられて横道に連行されるまでの間、声を出せないから救いの眼差しを回りに向けてはみたものの、誰もが悠璃なんて存在しないかのようにスルーして助けてなんてくれなかった。
 ………嬲られるように地獄に落ちていく苦しみと恐怖が蘇る。
「どうして、あの時助けてくれなかったの」
「人目に付きたくなかったのと穏便に済ますためでしょうね」
「穏便に?」
 彼が倒れた男の腕を踏み折るのは到底、穏便とは思えなかったが母親は別のことを言った。
「現場に落ちていた銃、あれは本物」
 ハッタリではなかったことに悠璃はショックを受けた。
「突きつけられてたんでしょ」
「………」
「実弾も入ってたもの。一歩間違えば死ぬか子供が出来ない身体になってたわよ。うさんくさいといえばうさんくさいんだけれど彼の判断は正しかったわけだし、助けてもらった人のことを悪く言わない」
 恥ずかしさに耐え切れずに悠璃はうつむいた。
 普通なら警察に連絡するというのが筋なのだけれど間に会うわけもなく彼以上の適切な対応が取れたとも思えなかった。
 一歩間違えば、いや一歩も間違えば陵辱されたあげくに生きながら焼却とか生き埋めという末路を迎えていたかも知れないわけで最悪の状況から救ってくれた彼にお礼を言うのではなく、誘拐犯以上に嫌悪するのは失礼というものだろう。
 バツが悪そうに縮こまる娘を見て、母親の顔に微笑が戻った。
「昔を思い出すなあ」
「いつの話よ」
「冬くんと初めて出会った時、あんたわんわん泣いてたじゃない」
「なんでそんなこと覚えてるのよっっ!!」
 一発で顔が真っ赤になる。
「今のあんたを見るとあの時の姿がだぶっちゃうのよねー」
「たぶらせないでっっっ!!」
 簡単な挑発に乗ってしまう娘を見て楽しんでいた母親ではあったが本題に戻った。
「悠璃を助けた彼って、プロね」
「なんでそう言えるの?」
 彼の正体について母親に聞いてみたいと思ったのだけれど「貴方よりも知っている人間なんていないじゃない」と言われるのがオチだと思っていただけに母親の方から話してくれるのは意外だった。
「やり口を見れば推測はつくわよ。気づかせずに尾行するなんてそれだけで只者じゃない」
 誰も助けに来てくれないようで、実は追尾している事にも気づかせなかったのだから尋常ではないスキルの持ち主だといえる。
「戦闘能力を失わせる程度には手加減しているところなんかにくいわね」
「どういうこと?」
 母親の評価が好意的なのが気になる。
「右肩を粉砕骨折した一名と左脛を折られた一名を除けば全員、両腕の骨折程度で済んでいるのよね」
「……そうかな」
 無言で腕を踏み潰しているシーンを目撃しているだけに素直に納得しづらい。
「銃突きつけられてたということを忘れてない?」
 そこを突っ込まれると弱い。
「手加減してなければ死んでるわよ。畳じゃなくてコンクリートなんだから一本背負いでも打ち所が悪ければ殺せるんだし。相手は武器を持っているのよ。普通なら手加減している余裕なんてないじゃない」
 生き残るのに必死で他人のことなんて気にしている余裕なんてない。
 悲劇というのはこういう時に生まれる。
「でも、腕折ったぐらいでは人は死なないけど、両腕折られても戦える人間なんて多くないでしょ」
 腕の負傷は生死には関係しない上に武器の扱いを不可能にする。両腕折られても噛み付きと蹴りを武器として立ち上がってくる奴もいるかも知れないが極少数であるのは言うまでもなく、大抵の連中は骨折られた激痛をこらえるのに必死で戦うどころではなくなる。
 悠璃は母親の言わんとしていることが理解できたような気がした。
「複雑だけど折られている箇所が関節部分じゃないから入院はするけど後遺症はないでしょうね。膝潰す奴に比べればよっぽど良心的よ」
 膝を破壊すれば最悪の場合は歩けなくなるだけに、可動部分ではない箇所を潰すやり方は良心的だといえた。
 つまり、彼は4対1という状況でも余裕があった。後のことも考えられるほどに冷静であった。
「……やりすぎだと思うんだけど」
 戦闘を振り返るとみんなが気づかないうちに始末されていた一人や、まともな対策を取れないままに潰された二人を見る限りでは男たちと彼には地球と月までの距離に匹敵するほどの実力差があって、そこまで開いているのなら骨を折らなくても制圧できたと思うのだけど。
「彼の性格か経験か。多分、両方ね」
 母親が明確な答えを用意してくれた。
「倒したとしても、復活して背後から襲い掛かられてた困るでしょ。ましてや相手は銃を持っていたんだから、とどめをさしておく必要があったのよ」
 それでも、という感がなくもなかったけれどすぐに理解する。
 彼は石橋を叩いて渡るというか、危険の芽はどんなに些細なものであったとしても潰していくというタイプの人間なのだ。
「……ねえ、その人って罪にならないの?」
「あれで過剰防衛になるんだったら無抵抗で殴られるしかなくなるわよ。相手は銃やナイフで武装していて、彼は素手だったんでしょ。なら問題がないじゃない」
 今から思えば、4人目の男がナイフで突きにかかった時、初手でカウンターしなかったのはアリバイを作っておきたかったのだろう。
 なにはともあれ、そのことに安堵した。

 彼はいったい誰なのだろう。

 長身と、それ以上に大きい威圧感。
 それでいてがっしりと守ってくれる安心感。
 
 初めてではない感覚。

 ぼやけていた二つの映像が一つに重なろうとする。
 でも、悠璃はそんなことないと否定する。

 思考を続けているうちに胸が痛くなったから
 切ないぐらいの苦しみが湧き上がってきたから。

 信号が青になってジャガーが走りだす。
「面白いのは電話をかけてきた女の子ね。晶ってば、みなもちゃんという女の子と友達になったって喜んでたんだけど、その子が電話をかけてきたんでしょう。ほんと、狸だわ」
 監視していることをおくびにも出さずに対象と仲良くなっているのだから、神経が図太いしか言いようがない。
「発信元を調べてみたらふざけた事実がわかったのよ。さてどこでしょう?」
「降参」
「こらこら少しは考えなさい」
 あっさりとスルーされたことに苦笑いをしながら母親は発信元を言った。
「……伊勢美奈美という女の携帯」

 悠璃の喉を氷の塊を滑り落ちて、背筋が凍った。
 めまいがして気分が悪くなるのは車酔いしたからではないだろう。

「どうして、おはざんの携帯から?」
「それは私も聞きたい。まあ、払い込み元の住所を調べれば少しはわかるとは思うんだけど、その必要もないか」
 認めたくなかった。
「なんでなの?」
 聞く前から答えはわかっていた。
 叔母の携帯や、合致する身体特徴、ストーキングしていた動機など証拠がそろいすぎていた。
「笑い事じゃないというのに最後に和んじゃったのよ。「お礼をしたいから貴方のお兄さんをつれてきて」と言ったら、その子は笑いながら「首に縄をつけてでも引っ張ってきますから」って答えたんだもの。あの子にはわかっているんでしょうね」

 こちらでもわかってしまう。
 認めたくないけれど、現実して認めなくてはならない。

 情景がよみがえる。

 助けだされた後、彼にどんな対応した?

 怖かった。
 あの男たちも怖かったけれど、銃やナイフで武装した連中をあっという間に肉塊に変えていく、彼の強さ、回りにあるもの一つ残らず屈服させる存在感がとっても怖かった。

 助かったのに、生きた心地がしなかった。
 彼に助けられたほうが恐かった。

「どうして名乗ってくれなかったの」
「悠璃の反応を想像したらいえなかったんでしょ。あの子はあれでいてシャイなところがあるから」
「冬くんがシャイなんて……」
 おもいっきり信じられないという顔をする悠璃。
「平気に見えるからといって傷つかないというわけじゃないでしょ。あの子は他人に弱みを見せる子じゃないから」
 母親が言い終わると、車の中は雑音が流れるだけの静かな空間になる。

 ありがとうといえなかった。
 恐がってしまった。
 
 化け物だという目で見てしまった。

 慙愧の念が沸き起こる。

 震えが止まらない。
 後悔がとめどなく湧き上がり、悠璃の心を揺さぶった。

「あたし、ひどいことしちゃった。すっごくひどいことしちゃった」

 彼は表情を変えるわけでもなく、昔の誰かのように平然としていたけれど、実は傷つけていたと思ったら自分に対する怒りへの抑えることができない。
 数時間前に現れた彼が、悠璃の従兄という確証が得られているわけではないので違うかもという期待が生まれるものの、数多くの状況証拠が打ち消していく。
 いずれにせよ、悠璃は彼を傷つけた。
 悔いだけが残る。

「しっかし、あの二人はどんな人生を送ってたのかね」
 また出会えるかと思ったのに、会わないまま時だけが過ぎていった。
 連絡すらない。
 音信不通の状態が続いたまま記憶が忘却の淵へと知らないうちにフィードアウトするだったはずなのに、突然の再訪にただ驚くばかりである。
 実は死んでいたという可能性もあっただけに、疑念を晴らすことになったが、新しい疑問が生まれたりもする。
「強敵が増えて大変ね」
 合わせるかのようにブレーキをかけたものだから、悠璃はフロントガラスにおでこをぶつけた。
「おかあさんっっ!」
 彼とは特別な関係ではないと否定しておきたいのだけれど、何言っても墓穴を掘ることになるのでいえなかった。
「女の子ゲットしちゃって。ほんと、女ったらしなんだから」
「ママ」
 その先を言いかけたがNGワードだということに気づいて顔が真っ赤になってしまう。
 ……ごれでは気があるって白状するようなものだ。
「何が言いたいの?」
「………」
「ねえ、何がいいたいの。教えてよ」
 悠璃は「わかってるんでしょ」と言いたげにそっぽを向いた。
「ほんと、たらしってタチが悪いわよね。特に自覚がないのって」
「どういうこと?」
「おいおいわかってくることだと思うよ」
 母親の言葉が意味がわからなくて考える。
 最初の意味についてはわからなかったけれど、言葉単体で疑問に思うことが出てきた。 
「また会えるの?」
 これが最後であれば付き合いを深めていくうちにその人間を知ることはできない。母親が出会えるという前提で話をしていることに気づいた。
「彼とはまた会えるわよ」
「どうしてそういえるの?」
「言ったでしょ。あの子が首に縄をつけてでも引っ張ってくるって。それに」
 母親は微笑みを浮かべた。
「その理由は悠璃が一番知っているはずよ」
「あたしが?」
「そう。悠璃がよ」
 
 母親はそれっきり何も言わない。
 悠璃はその言葉の意味をずっと考えていた。


 ▽▽▽▽▽▽

 歌舞伎町とある雑居ビル。
 男は、すぐ傍で数人の男たちが口論しているのには目をくれず応接キットのソファで黙々と酒を飲んでいた。
 泡盛の一気飲み、しかもボトルに直に口をつけてそのままあおっている。その光景は酒を飲んでいるというよりは巨大なトレーラーがガソリンを補給しているように見える。
 久米仙の強烈なアルコール分が、一瞬だけ彼の意識を高みへと飛翔させるがそれだけで、掃除もロクに行き届いていてない雑居ビルの一室にいるという現実に引き戻させる。
 ラッパ飲みしていた彼だったが、浮遊感がなくなったことに気づいて一升瓶を見ると中が空になっていて、男はつまらない顔で一升瓶を投げ捨てた。

 つまらない。
 
 胸を躍らせるようなこともなく、ただ酒を飲みながら怠惰に一日を過ごしているような日々。

 えさには不自由しない代わりに退屈だけが支配している世界。

 ここはごみため。
 すべての物がこの世のものとは思えぬ匂いを発して腐っていく世界。
 
 向こう側で激論を交わしている男たちもしょうがないとは思うのだけれど、自分だってそいつらの同類なのだ。

 そのとき、男はテーブルに写真をおかれているのに気づいて取りあげる。




 写真に写っていた行列の中にいる二人の少女だった。
 二人とも小学生ぐらいの少女で、一人はショートヘアにスポーティな装いしていた。日曜日に3on3で遊んでそうな雰囲気があった。
 もう一人はレッドブラウンのウェーブヘアを上半身覆うぐらいに伸ばした少女で、フリルとリボンのドレスに身を包んでいる。千年以上も続く名家から生まれたような、内側から上品さが滲み出
してくる少女。
 
 男のまなざしがその少女に釘付けとなる。

 酒に酔うだけだった目が鋭くなっていった。

 日々の生活に紛れて忘れ去っていたもの。
 今とは違っていた、灼熱の地獄にいるような熱い日々。
 一歩間違うだけで死の危険が心を沸き立たせたあの熱い日。
 刻まれた屈辱が身を焦がし、スイッチを入れたように身体の隅々に何かがいきわたる。

 溶岩のように熱い何かがとめどなく迸る。

 男は立ち上がるとタイミングを計って口論に加わった。

「妹を襲わなかったのは正解だ。恥かかなくてよかったじゃないか」
 突然の乱入に男たちは一瞬、白い目を向けるがすぐに促した。
「どういうことだ」
「妹の隣に女の子がいるだろ。こいつはてめぇらが100人、いや1000人束になっても勝てる相手じゃねえ」
 数人がバカにされたと思ってにらみつけるが、冷静な男が尋ねた。
「キミはこの子を知っているのか?」
「こいつは十神姫の一人だ。少なくても人間じゃない。外見は可愛いが見た目にだまされるとえらいことなる」
「つまり、おまえの同類ということか?」
「まあ、そういうもんだ。オレの世界ではチョウジョウの相棒として恐れられていた」
 レッドブラウンの少女は愛らしく華奢で数千人の屈強な男たちを相手にしても勝てるようには見えないのだけれど、いきり立ちかけた男たちの態度も軟化していく。
 成功しても失敗しても、原因の分析は不可欠である。
 何がよくて、何が悪かったのかをはっきりさせ対策を立てなければ失敗に終わる。
 どんなに信じられないものや受け入れがたいものであったとしても情報を真摯に受け入れなければ分析というのは成り立たない。
 都合のいい情報を分析して行った行動は必ず失敗に終わる。
「ましてや姉の誘拐が失敗に終わったのも当然だ。なんたって相手はチョウジョウだからてめぇらごときがかなうわけなんてないだろ。外注でよかったな」
 姉の誘拐に関しては負債で悩む連中を雇って襲わせるのか本体自ら誘拐に出るのか意見が二つに別れたが結局は前者にした。成功の確率が低い代わりに失敗に終わった時のリスクを低減できるからであるが、失敗を前提にしたことが有効に働いてしまった。
「我々がいっても失敗に終わっていたと」
「鳥の頭でもわかることだ。ヴォガトゥリに適うわけないだろ」
「誘拐を阻止した連中は君の同類となるわけだ」
 その男が、何の情報もないにもかかわらず断言できるということは悠璃を救った彼が、男が知っている存在に他ならないということだった。
 男はうなずいた。
「奴は十神姫をパートナーに持つヴォガトゥリだ。ヴォガトゥリとはいってもピンからキリまであるが奴の力は最強に近い。………むかつくが俺様でも勝てるかどうかわからん」
 男が絶対の確信を持っていうものだから、激論を交わしていた場が静まりかえっていた。
 男のいう言葉がそのとおりだとしたら、男たちの目的が達成できないことを意味していた。
 進めべきルートの前に突然、アイガーの北壁に匹敵するような巨大な壁が立ちふさがったように。
「買収はできるのか?」
「名誉や金で動く男じゃない」
 "バカ言うな"という態度で吐き捨てる男であったが憎悪や嫌悪というものが多分に含まれていた。
「今の段階ではなんともいえないが、奴がイセ親子の護衛につくのならハードルは越えられないぐらいに高くなっていると考えるべきだ。ここで上策中策下策と三つの策がある」
「どういう策だ?」
「上策はこのまま撤収。超えられないどころか不可能だからな。失敗だがダメージは最小限に抑えられる。下策はちまちまと嫌がらせを続ける。中策は……」
 男の口元がゆがむ。
 それは鬼の微笑みだった。
「戦争だ」

to be continue.........