七戸城 (陸奥) 青森県上北郡七戸町

 城の起源は諸説ある。
 1.鎌倉時代初期 七戸太郎三郎朝清
 2.鎌倉時代末期 工藤右近将監
 3.南北朝時代初期 南部政長
 資料上の所見は工藤将監であるのでそのあたりが起源かもしれない。元弘3年(1333年)に鎌倉幕府方であった工藤氏の所領は没収され、後醍醐天皇の方の南部政長に下賜されたという。以来、八戸城とならんで南朝の方の勢力として頑張った。八戸城主の南部政虎が七戸に隠遁し、七戸氏を名乗り、以後その子孫たちが居城とした。天正19年(1591年)九戸の乱で九戸政実に同調した七戸家国は城を負われた。しかしこの地方の核としての重要性を鑑みて改めて七戸氏が城主となり、のこの地を支配したが、七戸重信が八戸南部氏を継いだので、七戸は南部氏の直轄地とし、代官所が置かれたが、明治2年(1869年)に南部信方が七戸城主となるにおよんで、藩庁が置かれた。