不死の仕組み ストレス  2001.12.30.00:00


「失恋で死んだタヌキがいると思うか?」


「中国では死刑囚から臓器移植のためのドナーを取り出している。生きたまま臓器を取り出したりもする」

「そんなこと大っぴらにやるんですか?」

「中国人医師が暴露した」

「死者に対する敬意がないんですかね」

「死刑囚には最後の罪滅ぼしをしてもらおうということだろう。イギリスでは死体をコンポストにする研究が国家プロジェクトとして進められている」

「コンポストというと?」

「肥料だよ。人間を燃やしたり埋めたりするのはもったいないから肥やしにしようというもの」

「恐ろしいですね」

「なぜ最近世間で話題にするかというと、人口増加と食料危機の問題があるから。水も少なくなってきた。これから世界人口が60億人から二倍になろうとしている世紀に、きれいごとはいってられない」

「死刑囚も人体もリサイクルの対象になってしまったんですね」

「最近では破壊された自分の臓器も再生してしまおうという研究がさかん。他人の臓器では拒否反応をおこしてしまう。そこで自分の臓器を最初からつくってしまおうというわけ。カリフォルニアのジェロン社のオカマ社長によれば、みっつの技術がある」

「オカマなんですか?」

「トーマ・オカマ。オカマ氏は、核移植、幹細胞培養、細胞不死化のみっつの技術で人間を不死にしようとしている。核移植はクローン羊のドリーで有名になった細胞のクローン化。細胞から核をとりだして核を除去した別の細胞に移植して増殖する方法だ。動物で成功したので今度は人間でやってみようという時代。ただしクローン人間を作るための核移植は各国で禁止されている。幹細胞培養とは、ヒト多能性幹細胞を培養して増やす方法」

「ヒト多能性幹細胞?」

「hPSC=human Pluripotent Stem Cellsのこと。人はひとつの受精卵から分化して人体を形成するが、この分化機能をもつヒトの細胞をhPSCと呼ぶ」

「サルの細胞と違うんですね」

「違う。だからこの方法を取るときには、ヒトの受精卵や胎児から最初にhPSCを取り出す。そのhPSCを培養し、細胞の核を除去して、かわりに患者の細胞の核をはめ込む。するとそのhPSCは患者の核がもたらす自己認識機能によって細胞の再プログラミングを始めるんだ。こうしてできた臓器細胞には拒絶反応がない」

「それを移植すれば良いのですね」

「ところがそれは一時的なもの。細胞はやがて死ぬ運命。分化したヒトの細胞は50-60回までしか分裂しない。この分裂限界を越えると細胞は死んでしまう」

「なぜですか?」

「テロメア遺伝子のせい」

「テロメア遺伝子?」

「テロメア遺伝子は細胞分裂を繰り返す度にその染色体のさきっぽが短くなる。そこで、最後に細胞不死化をする必要がある」

「細胞不死化?」

「テロメラーゼと呼ばれる酵素を作り出す遺伝子をhPSCに注入する。するとテロメラーゼの働きでテロメア遺伝子が完全再生し、細胞分裂が無限に行われる。癌細胞のように分裂に終わりがない。ある大きさになったところで、必要な臓器の再プログラミングを行なう」

「すると臓器の形に成っていくんですね」

「移植すれば人体の自己抑制機能で分裂は制御される」

「テロメアは本当に人の寿命をつかさどっているのですか?」

「それは医学的に不明だ。テロメアの長さが寿命に関係していることは明らかだが、生まれつきその長さには個人差がある。しかもその長さで寿命が決まるということでもない。人の命と病気は別の問題だというのが経験的な事実だが、もともと不老不死というのは医学の問題ではない」

「父さんはどう考えますか?」

「バークレー国立研究所のギリー博士の最新研究によれば、テロメアが短くなった細胞の集団が体内にできると、テロメアのさきっぽにあるキャップがとれて、他の染色体と融合してしまうらしい。染色体が融合するということは、ゲノムのコピーが完全に行なわれなかったということだ。ところがなぜテロメアが団子となったり、そのさきっぽにあるキャップがとれるのか不明。紫外線や放射線、化学物質の影響で損傷を受けるとも考えられている。いずれにしても、自己抑制機能自己修復機能の不全が原因だという方向性で考えている。俺が思うに、人間は不老不死にはならない。それは一部の人間には可能だが、万人に共通の原理とは成り得ない。これが大前提。ここから出発すると、これは医学的な問題には成り得ない」

「なぜですか?」

「人間はストレスで死ぬから」

「ストレスで?」

「不死の体をもったはずが、人生が長すぎるとやがてストレスで死んでしまうはず。動物のストレスは環境が原因だが、人間には慢性的なストレスがある。千年も生きたいと思う人間がいる?」

「どうでしょう?」

「これは、自己認識機能がはたして千年維持できるかという問題。自己保存機能だけの問題を越えている。自己保存機能だけならば、100年ぐらいしか自己認識機能を維持できない。それ以上生きるには地球は狭すぎる。生きるの飽きちゃう。千年も生きたら自分が自分でなくなる」

「でも、中には千年生きれる人もいるんですか?」

「それは意識の問題。自己を千年維持できるほどの自己認識機能は巨大な自我ではない。それは自己認識機能の範疇を超えたU認識機能。これは肉体的な寿命ではない」

「ひとつ聞いていいですか。人間のストレスってなんですか?」

「人間のストレスとは情況の相停滞。自分が自分でなくなるような情況下で発生するもの。しかもそれは相転換のように決定的なものではない。あくまで停滞。その中でこそ人間は真の自己を見いだせる。停滞が長すぎたり、最初から自己認識機能を破壊されるような心的障害が続くと、一般にストレスと呼ばれる現象の中で物理的な障害を体内に引き起こす」

「物理的な障害?」

「ストレスがあると人間は副腎皮質からグルココルチコイドという物質を分泌する。これが脳の老化の原因。グルココルチコイドは、脳内のニューロンを殺す。ニューロンが必要な糖分を摂取するときに、グルココルチコイドはそれを疎外する」

「子供からおやつを取り上げる親みたいですね」

「脳内では海馬のニューロンがグルココルチコイドにやられやすい。ストレスでグルココルチコイドの体内濃度があがると、まっさきに海馬が委縮して、精神病や諸々の疾患を招く」

「海馬とはどういうものですか?」

「人間の記憶を蓄積する大脳皮質。脳味噌のハードディスクみたいな所。そこが虫くい状態になると、言語が文字化けして自分が認識できなくなる」

「それは薬で治るものですか?」

「グルココルチコイドを分解すればいい。そういうタンパク質をつくりだす遺伝子を注入する」

「でももともと副腎皮質から分泌された物質がグルココルチコイドですよね。ストレスがあるかぎり、またグルココルチコイドが発生しますね?」

「そう。しかも海馬が激しいストレスで委縮すると、ニューロンは48時間以内に死んでしまう。最近ではSODという活性酸素を処理する酵素を注入する方法も考えられているが、どれも根本的な解決にはならない」

「なにかストレス解消のいい方法はありますかね」

「人間のストレスは解消なんかしっこない。生まれてから死ぬまで絶えず追い回されているネズミが人間。しかも追い回されないと、今度は退屈でまたストレスが溜まるような不思議な生き物。医学者は、現代社会が過大なストレスを生んで病気を増やしたと短絡的に考えるが、俺はそうした考えに真っ向から反対」

「違うんですか?」

「彼らはグルココルチコイドを減らすことが商売の目的。カウンセリングや薬でね。俺は逆にグルココルチコイドの有効利用を考える。せっかく副腎皮質から分泌された物質をそのまま消すのではもったいない。グルココルチコイドによって海馬が委縮するという現象とはそもそもなんだ?」

「キンタマ縮こまった感じですかね?」

「そうだ。かわいい姉ちゃん見て、委縮した感じ。それで手も足もでなくなったら人はボケる。ところが委縮するほどの気持ちがないとそもそも恋愛が人間にはできないようになっている。ここが動物と違うところ」

「恋愛でやつれて死んでしまうの人間だけですかね?」

「失恋で死んだタヌキがいると思うか?」

「さあ」

「動物にも瞬間的にグルココルチコイドが多量に分泌される。ストレスで死ぬ場合もある。だがそれは恋愛ではない」

「なんですかね?」

「動物は自己保存機能が破壊されるだけ。それは生殖に関わる機能だ。 人間の恋愛とはその上にさらに、自己認識機能が加わっている。しかもそれはU認識機能という先に繋がっている」