MashudaBBS2003.02.02

マンジュウ-トウフ-納豆-酒


納豆の食べ方 パーティー篇 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 2月 3日(月)02時33分38秒

燻製トウフは奥様たちにも大受けであろう。島はすでにレシピを用意しているに違いない。これならばご近所を招いて燻製トウフパーティーが開ける。アウトドアーが好きなトミーなら、庭で燻製トウフを作り実演会を披露するかもしれない。昨日羽生に初勝利をあげたので「富岡英作 羽生竜王打倒記念祝賀会」などという垂れ幕までハラダに書かせているかもしれない。そこでは燻製トウフが全員に食され、木村升田論争に終止符を打つであろう。
しかしそれでは外国人の真似である。そこで我々はマシュダ一家秘伝、大豆の神秘「マシューの衣」を紹介したい。これはパーティーで食す納豆の料理名である。本家に内緒で投稿しよう。すぐに削除されるかもしれないが、その時は最初に見た者がコピーを密かに回し読みするように。
そもそも納豆が嫌われるのはあの臭いである。食う者にはわからないが、周囲の者には悪臭となる。これをそのままパーティーに出せば田村康介が警察に通報するかもしれない。そこで臭わないオシャレな食べ方がパーティーでは必要となる。用意するものは以下の食材。
1=納豆。123回練る。これはうま味を引き出す最低回数。254回が最善である。
2=油揚げ。二つに切り中身を開く。手で丁寧にゆっくり開くこと。
3=ネギ。白い部分を使うのがマシュダ一家である。
4=醤油と辛子
作り方と食べ方。油揚げに納豆とみじん切りにしたネギを詰め込み、つまようじで「開き口」を閉じて油で揚げる。醤油と辛子をつけて箸で食べる。
名前は「マシューの衣」であるが、今検索で調べたら似たようなものが「納豆揚げ」として写真付きで方々に紹介されていた。そこでただ「納豆揚げ」と書けば良かったことに気が付く。ここまで引っ張って申し訳ない。秘伝のタレもスーパーで買えるご時世であった。関西の諸君は、「納豆揚げ」ならば抵抗なく食べられるであろう。一度食べたら病みつきになることうけあいである。初めてこれを食して感動した者は是非感想を投稿されるように。


納豆の話 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 2月 3日(月)01時33分01秒

味噌、豆腐とくれば諸君はもうピンときたであろう。無論我々もアレをオオトリに用意した。
納豆である。これこそ腐った豆である。できれば豆腐をナットウと読ませたかった。中国語の真似をしたツケである。
納豆は関東では食品の王者であるが、関西では悪魔の豆である。羽生は関東では将棋界の王者であるが、関西では悪魔の申し子であるのと同じであろう。東京12チャンネルでしか流さない羽生のCMなどは、関西で流せばテレビ局にカミソリが送り届けられるであろう。
なぜ羽生と納豆は関西でかくも嫌われているのか?
羽生の場合は、関西のスーパースター谷川浩司を切られ役にしてしまった鬼である。嫌われて当然であろう。しかし納豆はなぜか?
マシュダ一家は納豆が好きである。納豆とご飯さえあればそれでもよい。そこにネギと辛子があれば最高である。外国のあの菜食主義者達は、トウフを世界中に広めておきながら、この納豆だけは疎外した。その差別の仕方は尋常ではない。これを食べる者は人間ではないとまで彼らは言う。ここまで差別されていれば、こちらも開き直るしかないであろう。日本人にしかわからない味。それこそ納豆であると。関西の若い諸君は意地を張ってはいけない。納豆だけは絶対に食べないと意地を張る外国人の真似をしてはいけない。そのような意地を張って納豆撲滅運動などをするから、東京から関西は外国扱いされるのである。納豆が好きな関東人は関西には行きたくない。肩身が狭い思いをして納豆をこっそり食わねばならないのは嫌である。藤井はなぜか関東人のくせに納豆が嫌いであった。そのために将棋連盟では疎外されてしまったのである。おかげで納豆が好きな羽生に竜王位を奪われてしまった。諸君等はこの藤井の悲劇を踏襲してはならない。


トウフの話 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 2月 3日(月)00時43分27秒

トウフは豆腐と書く。困ったものである。饅頭よりタチが悪い。これをそのまま「腐った豆」などと翻訳されたら、日本人は鬼畜であろうかと思われてしまう。諸君等はあの豆腐が外国でトウフと呼ばれていることをご存じであろうか?しかも爆発的なブームである。外国のスーパーでは日本酒はおろか、味噌や蕎麦など置いていないが、トウフが常時あるというほど親しまれている。トウフは健康食として瞬く間に菜食主義者を中心に世界中に広まってしまったのである。菜食主義者の口コミは生半可ではない。トウフは世界で市民権を得てしまった。しかし食べ方は日本人と違う。間違っても味噌汁に入れたりはしない。彼らはこれをサラダに入れて食うのである。
木村と升田は豆腐をめぐりかつて木綿か絹ごしかで論争を繰り広げた。遠い日の井の中の蛙であった。今では燻製トウフが外国では流行である。我々はこの燻製トウフを彼らに食わせてあげたかった。そのあまりの美味しさに、木綿も絹ごしも裸足で降参であったろう。


日本酒の話 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 2月 3日(月)00時15分46秒

マシュダ一家では日本酒を特別な日にしか飲まない。乗飲する者は名人への道程参加をあきらめてもらいたい。
日本酒は恐ろしい歴史をもつ。黒部ダムの悲劇など比較にならない。あの水は血で洗われた技術の結晶なのである。これを知っている者は無闇に飲めないはずである。外国では日本酒はライスワインとして名高い。レストランでは高価なワインである。そのように飲めば良いかと思う。梅酒は高価な食前酒としてやはり外国では名高い。日本のプラムワインと呼ばれ、定食と同じ値段である。外国に行けば、これらの酒がいかに貴重なものかわかるであろう。日本で有り難がっているワインが外国では水替りであることと同じである。そしてワインを水替りで飲む者はアル中である。だから外国にはアル中を矯正する国家施設が必ずある。



マンジュウの話 番外 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 2月 2日(日)23時28分15秒

しかし諸君は思ったことであろう。三位が将棋だろうがマンジュウだろうが、日本酒や味噌におこがましくないかと。三位は当然ソバであろうと。
ごもっともである。
しかし諸君等にはわかっていない。マシュダ一家にはそもそも日本酒などどうでもよい。飲酒は二十歳未満は犯罪行為である。高校生が飲めば渡辺明になってしまう。名人候補がこれでは困る。
そこで順位はこうなる。ミソ、ソバ、マンジュウ。


マンジュウの話 3 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 2月 2日(日)23時19分09秒

「戦いの絶対感覚」「戦いの変態感覚」とくればもうおわかりであろう。そう。三番目は「戦いの異常感覚」である。米長邦雄は長年中原誠を相手に将棋を指していた為に「異常感覚」とされてしまった。中原の「戦いの絶対感覚」は余りに強靭無比であった為に「異常感覚」でなければとても対抗できなかったのである。狂人ムヒと書けば、蚊に刺されてムヒを体中に塗りまくるC級ホラー映画であるが、強靭無比とは唯一無二の名人である。C級の小倉アンコと一緒にしてはいけない。米長は異常である。本日の産経新聞に日本の三大文化は日本酒、味噌、将棋などと書いている。我田引水もはなはだしい。このようなことを書くから将棋指しはバカどもばかりだと思われるのである。マシュダ一家ならば、将棋など削ってマンジュウを三位に食い込ませる。


マンジュウの話 2 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 2月 2日(日)22時51分26秒

マシュダ一家はマンジュウが大好きである。中身のアンコにはかなりこだわりをもつ。諸君等は気がついたであろうか? マンジュウ屋は饅頭と書くくせに、最も重要なアンコは漢字では書けないのである。マンジュウのアンコには「こしあん」と「つぶあん」がある。「こしたアンコ」と「粒を残したアンコ」を略してそう呼ぶ。なぜアンコを漢字で書けないか?これはマンコが漢字で書けないのと同じ理由である。
マンジュウのアンコと聞けばお茶が飲みたくなる。この「絶対感覚」があれば諸君等は健全である。ところがこの感覚が狂っている者がいる。アンコと聞けばワインが飲みたいと言う非国民である。このような者は「戦いの絶対感覚」も狂っている。アンコと聞けば珈琲が飲みたいというひねくれ者もいる。コーヒーをわざわざ「珈琲」と書きたがるオシャレ族である。このような者達は「絶対感覚」のかわりに「変態感覚」を持っている。


マンジュウの話 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 2月 2日(日)22時24分17秒

諸君はまんじゅうが好きであろうか?漢字で書くと饅頭であるが、これはマンジュウと書いてもよい。漢字とは大概当て字と覚えておきなさい。梅棹は漢字が嫌いである。大野の顔をみるとムカつくであろう。そこで梅棹はこのように考えた。漢字で書くのは字数を節約するためと。それでよい。だから彼は字数が同じ場合はひらがなを優先して使う。将棋関係のライターは大概頭が悪いゴロツキが多い。彼らは無闇に字数を増やし中身がない。
何の話であったろうか。饅頭である。これをよくもまんじゅうと読ませるものである。しかし我々はこのような議論はウンコだと思っている。まんじゅうと書いて、あのまんじゅうが頭に浮かべばそれで良い。まんじゅうと店の看板に書くのがハブかしければ、饅頭と書けばよい。
もしマンジュウの大きさの麻薬を売れば、しばらく遊んで暮らせるだろう。マンジュウの大きさのダイヤがあれば国が動くであろう。人間の魂はマンジュウの大きさである。これは宇宙を動かす。少なくともダイヤより価値があることは諸君にもわかるであろう。


本日の米長vs阿部 y=-x 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 2月 2日(日)17時17分15秒


早朝の東京12チャンネルの早指し将棋は録画で見る。米長vs阿部の横歩取りとなった。米長の横歩取りは筋金入りである。北浜に負けた頃から裏筋が下火となった感があるが、最新型には一通り目を通していることはすぐに棋譜からわかる。阿部の作戦勝ちは当然だろう。当代一の横歩取り大臣となった阿部相手に米長は善戦以上である。勝った。嬉しい。フンドシからハミチンで踊っても良い。阿部は優しい男だ。内藤や米長への礼儀をわきまえている。無論八百長ではない。相手の魅力を引き出す指し口を阿部は選択したということである。そこで今日は塩を送ろう。
なぜ中学校の数学はダメになったか。y=-xの数式をグラフに描けない中学生が半分もいるのはなぜか。それは時代の流れである。昔と同じ教育では形骸化した教師が目立つだけである。
y=-xの数式をゲームにすればよい。それができるのが将棋である。諸君等はy=-xを将棋を使って表現できるであろうか?将棋盤にはマイナスの世界があるということである。将棋の本にはそれが書いていなかった。これから書けばよい。そうすれば楽々教育の現場に取り入れてくれるであろう。


本日のNHK杯戦 富岡VS羽生 解説郷田 投稿者:マシュダ一家  投稿日: 2月 2日(日)16時24分27秒

羽生の顔はよい。記録読み上げの藤倉も古河もよい。よい顔は充実の証しである。郷田はなんとかならんものか。
郷田のあのカウンターテナーの声は羽生と共通する上口蓋に達する強さの遠因である。あの声が脳の裏側を活性化し彼らは異様な強さを導き出す。康光はバリトンの為皮膜が軟弱化しやすい。それを炭酸で補う。丸山は言語障害である。筋肉で補う。見た目で圧倒しようということである。しゃべらずに済む。
トミーはなぜ人気ないのか。対局前からわかる。羽生ははがねのつめ切りである。トミーはプラスチックのホッチキスである。性格は尾藤イサオからジョークを奪ったようなものである為人気がない。
本日トミーは羽生に勝った。諸君等はこの1勝が彼にとってどれほど価値があるか想像もつかないだろう。トミーはこれでもう死んでもよいと言う心境であろう。特に終盤でせり勝ったという価値がいかに大きいか。
棋譜を見よう。絶好調の富岡相手に後手で矢倉では負ける。そこで終盤力勝負にしようと羽生は中飛車とした。だが両者の解釈は全く違う。富岡の指し口は強引な1点差勝ち狙い。男らしいが尾藤イサオ丸だしである。あしたのジョーの主題歌を歌いながら指している。83手目トミーは72飛車成と飛車を切った。20年前なら谷川に「感覚を破壊された」と言われるであろう。かつてのトミーなら「ボクは福崎ではない」と言ってここまでしなかったろう。だから皆羽生に負けていた。この飛車切りでも羽生は動じない。92手めの85桂打。76桂のま後ろに桂馬の二段重ね。65桂のハブV2固めではなかったことに郷田もビビっていた。トミーはこれで負けにしたかと一瞬覚悟したであろう。羽生がこの二段桂を繰り出した時は負けたことがない。それを勝ち切った。富岡の生涯最高の一勝であった。