霊魂不死と自由意志 プラトン国家論-霊魂不死説検証

(2002年1月1日<火>03時14分)


「プラトン国家論の霊魂不死説を検証する」

「お願いします」

「霊魂が不死だとすると、この世にある60億の魂は全部不死だと思うか?」

「ちょっと多すぎますね。誕生日の花が足りなくなります」

「しかも過去の霊魂も不死だとすると、膨大な数になってしまう」

「誕生日の贈り物はミトコンドリアにしたらどうですかね?」

「それはいいね。ソクラテスは選ばれた霊魂だけが不死なのだとまず考えたけど」

「それだと他の霊魂はどうなります?」

「それは霊魂のようだが、実は腐った蓮根だったらしい」

「レンコン?」

「脳味噌が穴だらけで空気がつまっているレンコン。しかも腐っているから食べても美味しくない」

「腐ったレンコンは死んでしまうんですね」

「死んでまた生まれ変わる。だが腐ったまま死んだレンコンは、生まれ変わっても相変わらず腐ったレンコン。霊魂にはならない。そこでソクラテスはエルの話を始める」

「エルの話?」

「エルはパンスケ族のアルチュウの息子だった。エルは戦争で死んでしまう。ところがエルの死体は腐らなかったので、12日間そのままにしていた。12日間後にいよいよ葬ろうとしたときに、エルは生き返る。そしてエルは彼が見た死後の世界を語り始めた」

「エルは死の世界を見てきたんですね」

「エルは死ぬと魂が体から離れて、他の魂達と道を進みはじめた。すると道は二股に分かれていた。天に至る道と大地に至る道」

「天に至る道と大地に至る道?」

「それぞれの道の先には二つの穴が並んでいる。天の穴と地の穴。道の二股には裁判官たちがいた」

「閻魔大王と違って複数なんですね」

「裁判官は正しい魂と不正な魂を振り分けて印をつける。正しい魂には前方に印を、不正な魂には後方に印を」

「判決文?」

「判決文ではない。ただの印」

「だったら裁判官と呼ばなくてもいいのではないですか?」

「検査機と呼んでもいい」

「エルも検査機にかけられたのですね?」

「ところが、エルには特別な使命が与えられた。死後で見たことを、生き返って人に伝えろという使命。エルはそこで天と地にふりわけられた魂達の行く末を見た。天と地の穴からは、それぞれ天の魂と、地の魂がわき出て、天と地にふり分けられた魂達と会話を始めたんだ」

「この世のいいところと悪いところの情報を交換したんですね」

「不正の魂には刑罰が待っている。犯した罪のひとつひとつにそれぞれ10回同じ刑罰が反復された。一方正しい魂には褒美がでた」

「どんな刑罰と褒美ですかね?」

「刑罰は苦痛。褒美についてはその中身をソクラテスは話していない」

「父さんはどう考えます?」

「刑罰とは分解されて材料としてまた使われるということ。褒美とは、魂がU認識機能に組み込まれるということと考えている。ところがこうした選別作業の場所に来ない魂があるとソクラテスは言う」

「選別作業の場所に来ない魂?」

「どうしようもないほど腐った魂は、タルタロスという底無しの奈落に投げ込まれる」

「分解して再利用できないんですかね」

「こういう魂は原子が破壊されている。核廃棄物と同じと考えれば理解できる」

「なるほど、底無しの奈落に投げ込む以外に処理の方法がないんですね」

「ソクラテスはエルの話を続ける。天に至る魂たちは、牧場で7日間を過ごしたあと、8日目にそこから旅立つ。出発後4日目に、天に至る魂たちはある地点にたどりつく。それがU認識機能の光の柱

「U認識機能の光の柱?」

「エルは、天地の全体を貫く光の柱を見たんだよ。これが宇宙軸と呼ばれるもの」

「宇宙軸?」

「エルは光の柱を見て、それは虹に似ているが、もっと明るくて清浄なものだと思った。一日がかりで、その光の柱の中央まで来ると、光の綱の両端が延びてきているのをみた。それがアナンケの女神の紡錘

「アナンケの女神の紡錘?」

「アナンケは必然の女神。アナンケの紡錘で全ての天球は運行している。エルによれば、それは中身がくりぬかれてその中に8層の半円球をもつコマ。このコマはアナンケの膝もとでそれぞれ別の速度で回転をしている。これは、太陽系や銀河系宇宙の構造と類似していると今まで思われてきた。だが俺が注目するのは次の構造だ。コマの8層のそれぞれの円周にはセイレンが1人ずつのっかり、円と共に移動しながら、一定の高さの音を発していた」

「全部で8つの音ですね」

「そう。エルは8つの音は協和し、単一の音階を構成していると表現した。これは天体音楽のこと。ピタゴラス学派の影響があったにしては、どうもプラトンはここを吟味していない。ピタゴラス学派ならもうすこし厳密に書く。これは8声の音楽のことではない。単一の音階とは8度、4度、5度の純正倍音の累積でできるもの。なぜ単一の音階と表現したのか?これは旋律のことをいってるのではない。ピタゴラス学派の影響なら、あくまでもひとつの巨大な音から発する倍音の累積のはず。この個所は重要だがかなりあいまいな記述」

「解釈と補填が必要なんですね」

「次の表現が突然比喩となる。この音の渦の中、三人の女神が等感覚で輪になって、それぞれの玉座に腰掛けていた。アナンケの女神の娘たちだ。玉座がどこにあるのか明確でない。原書の格変化で推測するしかないから解釈となる」

「時間は?」

「先に進もう。必然の女神アナンケの三人の娘は、モイラという運命の女神たち。女神たちは白衣をまとい、花冠を頭に載せている。女神たちの名前は、ラケシス、クロト、アトロポス。それぞれ過去-現在-未来を歌っている。彼女たちは時間と運命のアレゴリー。現在女神クロトは、紡錘の外輪部に右手をかけて回転を促す。未来女神のアトロポスは内輪部に左手をかけて回転を促す。過去女神のラケシスは両手で外輪内輪に交互に触れている」

「幻想的な場面ですね」

「過去現在未来に渡って調和した音が鳴り響いている。過去現在未来の女神たちがワイングラスの縁を指でこすって音を出しているような感じ。このうっとりするような場所に、先ほどの魂の一行が到着する。彼らは過去女神ラケシスの所にまず行かねばならなかった。そこで神の意思を伝える神官が、魂達を整列させる。ここからが見せ場。神はなぜ人間に自由意志を与えたかという問題に解決を与えようとしている」

神はなぜ人間に自由意志を与えたか?

「神官はラケシスの膝から、おみくじと、生まれ変わりの見本を受け取る。そして神官はラケシスに変わって魂達に告げる。輪廻がこれから始まるとね」

「仏教の輪廻と同じですか?」

「仏教哲学はその後。生まれ変わりの見本にはありとあらゆる生物の名が記されている。自分の選択でライオンや鷲になることもできる。その見本から自分の来世を選ぶ順番をくじびきで決める」

「嘘っぽいですね」

「ところが遺伝子には生命の始まりから人間に進化するまでのあらゆる記録があるはずと考えられている。生まれ変わりの見本とは荒唐無稽なものではない。問題は人間の自由意志がどこに介在するかということ。神官は言う。運命を導く神霊ダイモンが、汝らをくじで選ぶのではない。汝ら自らが、己のダイモンを選ぶべきだと。プラトンはそこに人間の自由意志が介在していることを強調したかった。神官は続ける。徳は何者にも支配されず、尊ぶ者には多く与えられ、ないがしろにする者には少なく与えられると」 徳=areteアレテー

「動物になったものにも徳はあるのですか?」

「プラトンの世界にはない。因果応報で人は動物にもなるが、動物が死んで、来世を自由意志で選ぶとは考えられない。したがって動物霊の世界はここで出てこない。ここは論理的欠如部分。社会道徳的な言葉がこの輪廻構造で矛盾をきたすのは、この書物に現世的な有効性をもたせようとしたプラトンの妥協。そこで欠如部分を補ってみよう。お前、死んだ犬になってくれ」

「はい」

「おい、犬公、お前は毎日アキレウスの門前でクソを垂れたな」

「はい。出るものは拒まずと言いますから」

「なぜ、わざわざ人の通路にウンコをしたんだ?」

「はじっこでは目だちません。そこを通るものにわがウンコを知らしめなくてはなりません」

「おかげで、お前の生涯のクソを他人が始末することになった」

「はあ。自分で自分のウンコを始末する犬はいませんよ」

「犬公、お前の番。クジでお前は最後の番になったから、残っている生まれ変わりの名簿にはロクなものがない」

「はあ、どんなものがありますか?」

「あと、みっつぐらしか残っていない。

1、オスネコにレイプされてショックで死ぬメスネコ

2、ウンコにまじって排出され最後は焼かれる回虫

3、生まれる前にごみ箱に捨てられる胎児」

「それを私に選べと言うのですか?」

「クジ運が悪かったね」

「私が自分の意思で選ぶとすれば、3です」

「よし、決まり。ではお前は、来世で生まれる前にごみ箱に捨てられる胎児となる。それでは先に進みなさい。振り返ってはいけない」

「父さん、僕の前世はあの犬だったんですか?」

「まだ話は終わっていない。犬の魂は忘却の野レーテーに行く。この地は炎熱の砂漠。夕方になって、犬の魂は放念の河アメレースの辺で宿営する。この河の水を飲むと前世の記憶が消滅する。すべての魂はこの河の水を、それぞれに決められた量を飲まなくてはならない。ここに思慮が必要。それを見ていたエルによれば、思慮がない者は自分に決められた量よりも多く飲んでしまうそうだ」

「僕の前世の犬はどうでしたかね?」

「それは炎熱砂漠を越えてきたんだから、喉がからからだろう。アメレースの水をがぶ飲みしたにちがいない」

「なんでわざわざ、飲む水の量をきめるんでしょうね。どうせ。多かれ少なかれ、それを飲めば過去の記憶を忘れてしまうのですよね?」

「プラトンはその理由を書かなかった。そこで俺はこう考えた。その水を飲めば一旦は全てを忘れるのだが、飲む水の量によって、生まれ変わったあとで前世を思い出す者もいるということ」

「トリックみたいですね」

「秘伝。本当の人間の自由意志と尊厳は、アメレースの水をどれぐらい飲むかにかかっているはず。だが、それを書いてしまうと、少ししか飲まない者も出てきてしまう。あるいは、飲んだ振りをして前世の記憶をまるごともったまま生まれてくる者もでてくる」

「エルは水を飲まないで生まれ変わったんですね」

「彼だけは特別だった。そのまま生き返る使命を受けていたので、水を飲むことは禁じられていた」

「魂が生まれ変わるまでにどのくらいかかるのですか?」

「千年」

「そんなに経ったら、水を飲まなくても前世のことなど忘れてしまいそうですが」

「そこでなぞなぞ。河を絶え間なく流れているのに、どんな器にも汲むことはできない水はなんだ?」

「時間ですか?」

「さあ、どうだろう。それがアメレースの水だ」

「生命の寿命は決まっているのですね」

「そして記憶はひきつがれて再び蘇る。 これを魂と呼ぶ」

「はい」

「神官が魂たちに告げた有名な言葉を教えとくの忘れた。彼はくじを引かせる前に最後にこう言った。

責任は選んだ者にある。

神にはいかなる責任もない。

ギリシャ語で

アイティアー・ヘロメヌウ

テオス・アナイティオス」

「それが魂の自由意志ということなんですね!」