我思う故に我あり


僕は今、工場で働いている。
電子部品の検品作業だ。
小さな部品の不良品がないかを手作業で延々と繰り返し調べていく。
友達はよくそんな退屈な仕事続けてられるね。と言うが。
この単純な繰り返しの作業が僕にはすごく向いていたのだ。
そんな僕も始めの内はすごく退屈に思い時間が過ぎるのがとてつもなく遅く感じられた。
しかし作業を進めていくうちにふと気付いのだ。
あ、今手が自動的に動いたような気がする。

こんな単純作業はコンピューターの方が向いている。
しかし人間の脳はコンピューターよりもはるかに高性能なのだ。
だからこうは考えられないだろうか?
脳の一部を自動化してしまえばいい。

僕は早速実行に移した。
作業が進みだんだんと体が慣れてくると僕は作業は継続しながらまったく他のことを想像することにした。
自分の上空30センチくらいに、そうだなオカルトでいうところの幽体離脱みたいなかんじでもう一人の自分をそこに思い浮かべるのだ。
それはもちろん僕自身であり上から自分自身を見下ろす。
もちろん作業台を見ている本当の目からの情報も同時に脳の中で処理する感覚だ。
これは少し時間が掛かったが、慣れるとうまく出来るようになる。
上空から見下ろす僕は書きかけの小説の続きを考えたり、休日の予定を考えたりと大変楽しく就労時間を過ごすことができた。
のんびりと考える時間はいくらあってもいい、そしてその時間にも給料が払われるのだ。
なんてすばらしいことだろう。

テレビの2分割の様な映像で僕は人生を倍楽しみ始めたのだ。

そして数ヵ月が経つと面白いことに
本当の幽体離脱のように僕の上の体はかなり広範囲にわたって移動することができるようになった。
もちろん本当の体ではないので壁や天井なども自由自在に通り抜けられる。
それからはさらに仕事の時間が楽しくなった。
僕は仕事をしながら屋根の上でひなたぼっこをすることさえ出来るのだ。

ある週末、工場の作業は突然の発注で忙しくなった。
もちろん僕には楽しい時間なのだが。
しかし慌てるとミスはするものだ、となりの部署は可燃性の激薬を使っていたのだが、そこで事故は起きた。
本当はそんなことは起こるはずもなかったのだが。
爆発が起きた。
重軽症者18人死者3人を出す大惨事となった。

そしてその3人の中には僕も含まれていたのだが。

その瞬間「僕」は裏庭で蝶を眺めていたので難を逃れたのだが。

僕の葬式は昨日行われたのだが。

「ここ」に「僕」はまだ居たりするわけなのだ。



わーむほーる