■スピード・ジェネレーション■



■止まった。
世界中の全ての動きが静止した。
その中で私だけが動いている。
なんだこれ?
まったくわけがわからない
道ゆく人もマネキンのように動かない。
跳ねる水しぶきがとても綺麗な形で静止している。
いったいぜんたいこの世界に何が起こったというのだ。
いったいぜんたいこの私に何が起こったというのだ。

■オレは小さなころから動体視力というものがずば抜けて良かった。
動体視力というのは動いているものを見る能力だ。
ピッチャーが投げるボールをオレはまさに止まっているように見ることが出来た。
だが野球自体のセンスはさほどなく、好きでもなかったので野球選手になることはなかった。
普通に、そこそこの人生を送っているよ。

■そんなことで目に関してはとても自信があるオレだが。
ここ最近、おかしなものを見る。
おかしなものさ。
いわゆる一つの幽霊ってやつさ。

そんなにハッキリ見えるわけじゃないんだが。
目の端をすっと人影が通った気がする。
そんなことが最近ひんぱんに起こるようになった。
始めは数ヶ月に一度くらいだったのだが。
今はもう一日に一度はその幽霊を見る。
だが、別段怖い感じもしないし、何か害があるわけでもないので、それほど気にも留めていなかった。

■そんな時にちょっと気になるニュースがあった。

「若者の失踪事件相次ぐ」

これと言って理由もなく若者たちが消えてしまうのだという。
親と喧嘩して家出だとか、そういう感じではなく、
ある日突然消えてしまうらしい。
始めは数ヶ月に一度くらいだったのだが。
今はもうその失踪事件の数はかなりの人数にのぼっていて。
警察も新手の新興宗教の仕業ではないか?某国の拉致被害ではないか?
と懸命に捜査しているようだが、そのような証拠は何一つ出てこないのであった。

■そんなニュースももう気に留めなくなったころ。
また奇妙なニュースが流れて来た。

「山奥で数百人の老人の死体が発見される」

その字面通りの話で、どこの誰ともわからない老人の死体が大量に発見されたという。
しかもおかしなことにそれは殺人事件などではなく。
全員の死因が老衰、であるということ。
いったい誰が何のためにこんなことをしたのか。
まるでさっぱりわからないのであった。
事件は被害届が出るわけもなく、迷宮入りとなる。

■そうして私は前にも増して”幽霊”を目撃している。
あるとき、それがかなりハッキリ見えた気がして
そちらの方向をじっと見ていると、なんとその幽霊がこちらに近づいて来たのだ。
といってもそれはあっという間に私の目の前に瞬間移動の様に現れ。
なにかチラチラと後ろが透けて見えるようなその姿で私のことを見つめているのだ。

「あれ?…‥違ったかな」
「え?」
「あ。聞こえてるじゃんアンタもこっちの人なのかい?」
「え?」

彼女の声はほとんど聞こえない。
聞こえないくらいに速い。
録音した声を何倍にも加速させたような声だ高音でブチブチと途切れる。
このとき私は初めて気付いたのだが
私の能力は動体視力だけではなかった、音に関しても同じ様に、
もの凄く仔細に捕らえることが出来るのだと知った。
意識を集中して彼女の声に耳を傾ける。
彼女は言った。

■止まった。
世界中の全ての動きが静止した。
その中で私だけが動いている。
なんだこれ?
まったくわけがわからない
道ゆく人もマネキンのように動かない。
跳ねる水しぶきがとても綺麗な形で静止している。
いったいぜんたいこの世界に何が起こったというのだ。
いったいぜんたいこの私に何が起こったというのだ。

って思ったんだけどさー。
本当は動いていたの。
ほんのすこーーしずつだけど動いていたのね。
いや、正確には
私の方がすっごーーーく速くなったわけ。
えーー、これでも超ゆっくり喋っているんだよ。

とにかく私はものすっごいスピードで動いてるわけよ。

人生を全速力で走っているってわけ。

■とぎれとぎれに聞こえる彼女の説明でなんとなくはわかった。
何故そうなったか、なんてはもちろんわかるはずもないが。

一部の人間は進化したのだ。

力が強くなるとか、頭がよくなる、とかじゃなく。
ただただスピードが速くなったのだ。
私たちの目には捕らえられないほどに。

■聞けば、もう彼女のような人間はかなりの数になっているという。
そして面白いことに。
彼女たちは家も金も持たずに生活が出来るということだ。
通常の人間の何百倍ものスピードで動くのだから、
彼女たちの一日はあっという間に終わる。
あっという間といってもそれは私たち普通の人間が感じる時間であって、
彼女たちにはとっては充実した一日なのだ。

だから眠いと思えば
そこらのお店に入って数秒眠るだけで充分な睡眠が取れる。
そしてやっぱり普通の人間には見えないので
食事もそこらへんのをひょいと取ってしまえばいい。
「ここは、あまり気付かれない様にちょっとずつ取るのがポイントだけどね」
とか言っていた。

■つまりこの世界には私たち普通の人間の世界と折り重なるように彼女たちの世界が存在しているのだ。
そう、彼女たちの世界。
もの凄いスピードで動く彼女たちは
もの凄い勢いで増えていのだ。
いったいそれはどのようなことになるのか想像もつかない。

そうしてもの凄いスピードで人生を送る彼女たちは。
もちろん
ものすごい速さで

死を迎える。

死期を悟った彼女たちは森の中でひっそりと朽ち果てていくのだという。

■そういえば以前
「山奥で数百人の老人の死体が発見される」
というニュースがあった。
私はその場所を調べ、足を運んだ。

巨大な森がそこにはあった。
もはや森どころではなく、熱帯のジャングルのようになっていた。
とてもじゃないが人が入り込める様な場所ではなかった。

そして私はそこでまた幽霊を見る。
それは彼女のような人間ではなく。

鳥であったり
鹿であったり
蛇であったり
蟻であったり

それら全てが幽霊だった。
いや、私が全神経を集中してようやくその姿の残像が捕らえられるほどの
凄まじいスピードで動いていたのだ。

■ははぁ、私は自分の動体視力の能力にいささかの自信を持ってはいたが、
どうやらそれは違うようだ。
私は時代の波に乗り遅れたらしい。
半歩までは進んでいたのだが、本当はもう半歩進まなくては中途半端だったようだ。

■ニュースが耳に入る。

「砂漠に緑が広がりつつある」

ということだ。
原因はわからないが、地球環境の回復だ。エコロジーの成果だ。と喜んでいる人もいたが。
どうだろう?

たぶん私たちは取り残されたのだ。
時代はあっと言う間に進み、変化していく。

それはもう
とてつもないスピードで。






わーむほーる