シーン15
RUNNER`S HIGH

金属のきしむ音が聞こえる。
宇宙船のある空間に。
天井がその音を立てていた。ハッチが開き光りが差し込んでくる。電灯の光とは比べ物にならないくらい強く強烈な砂漠に降り注ぐその光。
宇宙船が少し動き発射の角度を取る。各機器が起動し始める。
何が待っているのか、いないのか、何かエラク興奮してきたよ俺は。ジョン高松は思った。
よくわかんないが兄貴は成功したんだな。宇宙は初めてだよ俺は、って兄貴もそうか。オレンジは思う。
二人は無言でこれから発射される宇宙船の中でただ、前を見て、とりとめのない思考を泳がしていた。
答えなんてないのかもな、ただ移動するだけで、別に何か確実なものがあるわけでもない。でも、それでも自分で確認しなければならない。他人の記憶ではそれは真実とは言えない、だから・・・。

ジンノからの通信が入る。
「それじゃ行くよ。あとは自動で目的地まで着くはずだ。・・まあ元気でな。」
「ああ、ありがよと。・・ああ、そうだ思いだしたよ。オマエ誰かに似てると思ってたんだが、俺達が若いころ活躍してたミュージシャンにそっくりなんだよ。最近でもラジオとかで曲流れてんじゃねえかな?知ってるか?」
と高松が言う。
「知ってるよ、たまに言われるからね。」
「そうかイイ歌だろあれ。まあオマエらには古くさく聞こえるのかもしれんがな。」
「いや、そんなことないぜ。あの曲はこれからもずっと流れるだろうさ。」
「俺達が死んでもな。」
「そう音だけは残るんだ。」
「そうか・・俺は何も残らないんだな。」
「いや、残るよ高松も音になって残るんだ。」
「ジンノ、おまえ面白いこと言うな。・・・音になるのか、不協和音だな俺の音は。」
「そうさ、その音はこの砂漠に漂っていろんなモノにその音を聞かすんだ。こんなヤツもいたんだってね。それはこの砂漠に花が咲くその時までずっとなり続けるんだよ。」
「そりゃー長げーな。せいぜい鳴らし続けることにするさ。馬鹿みたいな色の花を咲かせるまでな。」
「ん、時間だよ、いってらっしゃい。」
「おう、行ってきます。」
ジンノと高松はニヤリと笑った。

通信は切れ、各機器のランプが点灯を始めた。いよいよ発射だ、ソラに向けて。
ロケットに火がともる。ランプが赤から緑に変わる。オールグリーン、全てが正常に動き出した。
細かな振動が感じられる。宇宙船の各部分にパワーが伝わっていくのがわかった。
そしてコンピューターボイスが カウントダウンを始める。様々な計器の音が重なり合ってとてもうるさかったがとても落ち着いた気分だ。
スリー、トゥー、ワン、その声は正確に時間を告げた。そして、ゼロ。
身構える暇もなく強いGが体にかかる、眼球にも圧力が掛かるのか、一瞬、視界が歪んで見えた。数秒のことだった。外の景色が白から黒へと柔らかなグラデーションを描き、俺達の体はこの星の「外」へ飛んだんだ。

何が何だか始めは分からなかった。暗い暗い闇、俺は宇宙とはそういうもんだと思っていた。
しかし違った。とても明るい強い光りが俺の目に飛び込んでくる。砂漠のあの容赦のない光とは違いそれはとても穏やかで優しい青だった。
俺は今、自分のいた星を見つめている。ついさっきまで立っていたその星を俺はガラにもなく美しいと感じた。別に地上にいたころも写真やなんかで見たことはあったんだが、実際見てみるのとは段違いだ。そのときまた視界が歪んで見えた。また動きだしたのか?とふとオレンジの方を見やる。
ははは、オレンジの奴、感動したのか泣いてやがる。ははは・・・俺はポケットからハンカチを出して自分の目をぬぐった。ちくしょう何でこんなに心が震えるんだ。涙があとからあとから止まらなかった。
どこぞの宗教家は宇宙を感じることで自分や世界のちっぽけさを知るといってたが、ありゃウソだな。俺は今、自分や世界の広大さに驚き、なす術もない。俺達は何でもできるんだ。だけど選択肢が多すぎてどれをつかめばいいのかが分からないだけなんだ。そうだ、そうなんだ。俺は一人興奮していた。いつもならもう一人の自分が「まあ落ち着けよ」と間に入ってくるのだが。今はそいつまでもが一緒になってはしゃいでた。

宇宙船は星の衛生軌道上に入り、後は宇宙コロニーがある場所まで行くだけだった。

シーン16に続く