景色が揺れる。
私が興奮のあまり体を動かしたせいなのか、私を釣り上げた人間はその手の中から私を落としてしまったのだ。
私の下には固いコンクリの大地が広がった。
「あっ」人間が声を上げる。どこからやってきたのか凄いスピードでソレは私をくわえると空に向かって上昇していった。一羽の海鳥が地面に落ちる前の私をみごとにキャッチしたのだ。
私は上昇する。はるかに高い空の上へと。
ついさきほどまで海の中に居た私が、大地をも越えこの大空高くを飛んでいる。
そこは全てが美しかった、海は青く深く美しく、空はどこまでも透明で美しい、そして緑の広がるこの大地はどうだ!
私はすでに海鳥に喰われてしまったのだが、不思議なことに私の意識はまだそこにありその目を通してこの素晴しい光景を眺めることができていたのだ。
私はもう夢を見ているかの様だった。そして時間が過ぎていくとその景色は赤く染まり出した、夕焼けの世界。
この世界はなんて美しく素晴しい
数時間後私の意識は地上に落ちた、海鳥のフンといっしょに大地に落ちた。
数日後そしてそこから木の芽が生えてきた、フンの中に種が混じっていたのだろう。
数十年後それは大きな木に成長する、そして私の意識もまた、その中にあった。
私はここに腰を落ち着け世界を眺め続けることにしたのだ。
「はい、これでお話しはおしまいだよ。」
「んー、なんだか変な話だね、おじいちゃん。私よくわかんないや。」
「別にわかる必要はないんだよ、知っていることが大事なんだよ。」
「ふーんそっか。でもなんでおじいちゃんはこんなお話を知ってるの?誰から聞いたお話なの?」
「はははっ、うーんそうだねぇ、聞いたんじゃないんだよ。この木はね数十年に一度しか実を付けないのだけれど、おじいちゃんはその実を食べたことがあるんだ。それだけのことだよ。」
「えー、なんでー?もっとわかんないよー、むー。」
「はははっ、今はわかんなくてもいいよ、知っているだけでいいんだよ。」
私が小さいころそう言っていた祖父が去年の暮れに亡くなった。
祖父の希望で遺骨は海にまかれることになった。
私も船の上から一握り海に流した。
なんだかそれほど悲しくはなかった。