「リンカネーション」



いい気持ちだわ。
体がふわりと宙に浮く。
誰かの背中がみるみる小さくなっていく。
その誰かは私だった。
これが幽体離脱と言うものか、初めての体験だ。
そして最後の体験なのだろう。
小さくなって行く背中、それは地面に伏していて、その頭部にはかなりの損傷が見て取れた。
私は死ぬのかな?そう思った。

ふと人生を振り返る。
とりたて語るべきもない人生だった。
よくもわるくもない。
今働いてる工場の給料もよくもわるくもない。

工場と言えば一つだけ気になることがあった。
私はその工場の一角でプリント基盤の検査の仕事をしていた。
パソコンの中に入っているような基盤のあの板の部分だ。
それはとても小さく数十センチの板の上に128個の5ミリ四方にも満たない大きさの基盤が並んでいる。その一つ一つにまったく同じに金メッキを施された銅のラインが印刷され緑色の絶縁体がその上を、または折り重なるように幾何学的に交わり印刷されているのだ。
それを私は顕微鏡の様なもので一つ一つチェックしてく。
単調で嫌な作業だと思われるかもしれないが慣れてしまえばどうということはない。むしろ、白いシリコン版の上に描かれる金色と緑色の模様は何か不思議な感覚をもたらしてくれる、洞窟に残る遥か昔に描かれた壁画の様な。そのときは私ちょっとしたトランス状態に落ち入る。目はちゃんとそれらの部品を検査しているのだが体の感覚が喪失していくような。まわりの様々な機械の音が入り交じり私の耳はそれは取捨選択し人の声に聞かせる
「君は誰?キミハダレ?キ・ミ・ハ‥‥?」

あるときふと疑問に思って上司に聞いてみた。
「これは何の基盤なんですか?」と。
「さぁ?たしか携帯電話かなにかだったと思うけど」
あいまいな返事だった。まぁ実際これが何の部品で何に使われようが仕事にはなにも関係がない。さして気にするほどのことでもないのか。

しかしそれが何に使われていた基盤なのか、今わかった。

まさに私が私の体から離れていくその時に。
私の頭部は酷く損傷を受けていた、たぶん車にはねられたとかそんな感じの事故。頭の大部分が欠けていた。
しかし、その私が倒れている地面には一滴の血もこぼれてはいない。
そうして私はよくみたことのあるその金色と緑色の基盤を、私の欠けた頭の中に発見するのだ。脳が入っているとされる場所にぎっしりと詰め込まれた機械の部品、その中に、見なれたその基盤は、あったのだ。

ははぁこんなところに使われていたのか。
私は妙に納得をしながらもこの私という存在について考えた。
幽体離脱?つまり私は幽霊なのか?機械の脳から飛び出した幽霊なのか?

地面に転がるもう一つの私は救急車ではないトラックに回収されていった。

そして驚いたことに私は修理が完了したのか、なにごともなかったかのようにまたこの工場で働いている。
私は私を背後から見る。
また基盤の検査を始める私。
そんな私を見つめながら私は私に訊ねる。

「君はいったい誰なんだ?」 

 



わーむほーる