「野比のび太の憂鬱」



凄く運が良く、絶好調で、何をやってもうまく行く。
そういう人がたまにいる。
「世界は自分を中心にまわっているんだ!」
そう思うこともあるだろう。
しかし、それは違う。
世界は一つなのだ。
だから世界の中心にいるのは一人だけなのである。
その一人を中心に世界は回っている。
いや、その一人のためだけに世界はあると言っていいだろう。

「野比のび太」

彼が世界の中心だったのだ。
この世界は彼のために作られた世界なのだ。
そして彼が思うがままに世界は作り変えられる、
「こんな世界など、なくなってしまえばいい!」
と彼が思えば、この世界はあっけなく消え去り、明日から何事もなかったかのように、少し位相のずれたパラレルワールドとも言うべき、今までとはまったく異なる世界が出来上がるのだ。

つまり、この世界は「野比のび太」の”夢”なのだ。
私達はその夢に生きているに過ぎない。

そのことに気が付いた科学者がいた。
世界は夢だと、世界の中心は彼だと。
しかし、気付いた時には手後れだった。
のび太には自分が世界の中心だと言う自覚はない、
彼は普通の人間だ。そう思っている。
そして学校の成績も良くなかったし、運動もまるでダメ。
教師に怒られ、母親に叱られ、ガキ大将にいじめられる日々だった。
その劣等感から、鬱屈したストレスが限界に来たとき、
世界に歪みが生じた。
科学者が気付いたのはそのときだった。
もう手後れだったのだ。

しかし、科学者は天才ではあった。
タイムマシンだ。
のび太がまだ、こうなる前の過去に行き、彼の憂鬱を軽減させることができれば、あるいは。
そう思った。
そうしてその過去から見れば未来の世界の便利な道具をポケットに入れ、
そのネコ型ロボットは送り込まれたのだった。

のび太は大変喜んだ。
世界は少しは楽しいのだな、と思った。
ロボットはのび太を良い方向に導くために細心の注意を払う、
彼の願いを全て叶えてしまってもダメなのだ。
それはそれで退屈な日々になってしまう。
日常があり、時に非日常がある。
バランスが大事なのだ。
世界は危ういバランスの上に成り立っているのだ。

しかし、それでものび太の憂鬱は少しづつ、少しづつ時間をかけて、沼の底に泥が折り重なってゆくように少しづつ。

そして決壊する。

未来のネコ型ロボットはのび太を”鏡の中の世界”と言う閉鎖空間に閉じ込めた。
そこは現実とまったく同じ風景が広がる世界、ただ左右が逆なだけでで、空間を完璧にコピーした世界。
そこにたった一人の人間。
のび太は巨大ロボットに乗っていた。
その操縦桿を握り、大きな腕を振るい民家を押しつぶす。
これは快感だ。
そうだ、潰れてしまえ!みんなみんな潰れてしまえ!
自分の家を壊した!
学校をまっぷたつに壊した!
大きなビルを粉々に壊した!
あは、あはっ、あはははははははは!!

のび太は夢からさめた。
ロボットに乗って町を壊す夢を見た、、と思っていた。
とりあえず、世界の危機は回避出来た。
こうして彼のストレスを定期的に除去出来れば、世界の終わりは防げるのかもしれない。
ネコ型ロボットはそう思った。

そんなことを繰り返し”鏡の中の世界”で破壊を続けるのび太。

しかし、それすら追いつかないほどに、彼の不安は積もっていってたのだ。

夢からさめる彼、
しかし、夢から醒めたはずなのに、鏡の中の世界を壊したのと同じ様に、現実世界も壊れて、、破壊されていたのだ!

「なんだこれは?いったいどういうことだ?」

のび太の部屋はなんとか原形を止めているものの屋根が無かった、
いや、というより彼の部屋以外の全てが壊れていた、と言ったほうが早いだろう。

彼は朦朧とした目であたりを見回す、
全身を真っ赤に塗りたくってピクリとも動かない両親がいた。

あぁ、あぁ、あぁ、
彼はフラフラと町をさまよい歩き出す。
町は完全に崩壊していた、子供が癇癪をおこして砂の城を壊してしまうように、バラバラだった。粉々だった。

さぁ、どうだい?
もう君のことを怒る先生は居ない。
いじめっ子もどこか瓦礫の下で歌ってるぜ。
テストが悪くってもママに怒られることもないんだ。
あぁ、だけど君の好きなあの娘も居ないけどね、あはははは。

そうだねドラえもん、あはははは。

あはははは。

あはははは。

あははははははははははははははは。

ドラえもんはドアを開けていた。
そこに入れと言う。
ボクはノブを回し、中に入った。
そこは小さな部屋だった。
古いタイプの電話機があった。
あぁ、これはアレだ。
今はもう見かけなくなった”電話ボックス”ってやつだ。
そのボックスの四方はガラス張りだった。
回りを見渡すと、真っ白だった、空間はそこにあるのに、どこまでも真っ白な世界が広がっていた。

さぁ、その受話器を取って、言うんだのび太くん。
「もしも‥‥、もしも世界がこうだったら。」と。
それだけで世界は甦る。
「もしも魔法がある世界だったら。」
と言えば、こんな科学なんて夢のないモノに変わって不思議な魔法を使える世界を始めることだって出来る。
「もしも‥‥さぁ、もしも、だ。」

君はどんな世界に行きたいんだい?のび太くん。

ドラえもん、ドラえもん
ボクは、ボクはね。

「そう!もしもボクに‥‥」









白い世界がうっすらと青く染まった気がした。
遠くから声が聞こえる、
子供達が空き地で遊ぶ声だ。
青い空に白い雲がそびえ立ち、蝉の鳴く声が聞こえる。
暑い日射しは全てを白く照らしていた、じっとりとシャツに汗がにじむ。

え?何?人生が退屈でつまんない、だって?

バーカ、何言ってんだよ。
まだ始まったばかりだぜ。

そう、君にほんの少しの勇気があれば、

世界はきっと‥‥。





わーむほーる