[殺し屋]



私は殺し屋だ。
悪魔にもなれば
神にもなる。

自分が言語に関する能力が異常に優れていることに気付いたのは初めて海外旅行に行った時のことだ、それまでにもいくつかの言語は既にマスターしていたがそれはさほど特別なものだとは思わなかった。
初めての国、聞いたこともない言葉。飛行機のトラブルで少し足留めをくらった。そこで数日、その知らない言葉を聞いていたのだが、その国を出る時にはその言葉を聞き取り話すことができていた。

そういうわけで私は殺し屋になったのだ。

そう、私の武器は銃なんてそんな下品なモノではなく、
ただ、「言葉」なのだ。

言葉を自在に扱うことが出来るということは
相手の言葉の奥にある感情も完全に理解出来ると言うことなのだ。
そして対象者の「望む言葉」と「望まない言葉」を判別できる。

どんな人間にも劣等感や猜疑心、恐怖、畏怖、堕ちて逝く恐れ、そして欺瞞。
そのような負の感情を心の奥に潜ませている。
私はそれを少しばかり刺激するだけでいいのだ、
たった一つの言葉でもその対象者は自分の心にある暗く濁った闇の生き物を自ら引き出し、渦を巻く様にその姿を大きく、大きくさせてゆき、ついにはその自身から出たイキモノに自分自身を飲み込まれてしまう。
ある者は自分のこめかみに銃口を当て、またある者はビルの屋上から空に向かって足を踏み出す。

だから私はただその相手に電話をするだけで仕事を遂行できるのだ。
相手の言葉を聞き、言葉を囁く。
そうして奴はこの世から消える。

「人を殺すのは悪いことだ。」
そうあなたは言うかもしれない。
そう、それは確かにそうかもしれない。
しかし、しかしだ、どうしようもない悪は確かに存在する。

世の中には本当の悪なんてなかなかいない、
自分の信念を持ち、自身の目的の為ならどんなコトでもできてしまい、更にそのことについていっさいの後悔や疑問もない。
そんな悪はなかなかいない。
いや、むしろそれは悪ではないのかもしれない。

しかし他人に悪意と黒い感情を植え付け笑いながら生きている奴はごまんと居るのだ。

私は、一人の人間を殺すことで10人の人間が幸福になれば、それでいいと思っている。
私はそういう基準で人を殺している。
最終的にはその人物の声を、言葉を聞けば、彼が、彼女が、一体、本当は、どのような人物かは完全にわかってしまうのだ。
そして言葉を与え、消す。

私はそれが世界を平和にする方法だと、それが私の仕事なのだと、そう思っていた。
しかし、私が悪人を何十人、何百人と消していったところで世の中は一向に変わらなかったのだ。

私は自分の能力の不甲斐なさを感じる。
何故だ!何故世界に幸福が訪れない!
何故だ!何故他人をけなして喜んでいるのだ!
何故だ!何故人が人を殺す!
何故だ!何故正しき人が踏みつぶされ、
何故卑しい人間がゲタゲタと笑い、のさばり続けるのか!
言葉が、感情が、私の中で、嵐の様に吹き荒れる。
それは止めようも無いままに激しく渦を巻き狂った様に打ち付ける。
しかし、その嵐の中に小さな光が見えた。
それはこの広大な世界の中においては塵にも等しい小さな、小さな光。

瞬間。

その光は、瞬きをする瞬間に。
大きな輪となって。
この世界を飲み込んだ。

閃く。

たぶん、アインシュタインが新しい理論を閃くと言うのはこういう感じなのだろう。
ミケランジェロが、大きな石の固まりにそそり立つ勇者の姿を見つける様に。
ゴッホが、白いキャンバスの中に既に光り輝く風景が見えていた様に。

私は私の能力を理解した。
私の能力は悪人を殺す為のモノではなかったのだ。
反転させるのだ。
殺すのではなく、幸福を与えればよいのだ。

全ての人間に、
幸福を、言葉で。
真理を、文字で。

私にはそれが出来る。
私は取り付かれた様にペンを取り一枚の紙に言葉を連ねていった。

それはたった十数行の言葉。
文字の固まり。
しかしそれで十分だった。
そこに全てが込められていた。
多過ぎもしない、足りなくもない。

私はその言葉を世界に流した。

この情報化社会の中、それはあっと言う間に人々に伝わった。
ネットで、手紙で、口コミで、テレビで、ラジオで。
そしてミュージシャンがそれを歌にして歌った。
世界中で。

その言葉は世界中に広がり
世界中がその言葉を読み、聞き、声に出して歌った。
それは幸せを与えたのだ。
完璧な幸せを、全ての人に与えた。

完璧な幸せを受け取った全ての人は
完璧な幸せの中
ある者は自分のこめかみに銃口を当て、またある者はビルの屋上から空に向かって足を踏み出した。

ハッピーエンド。
そう、世界は幸せのままに終わるのが素晴らしい。
全ての人に幸せが訪れ
全ての人がいなくなったこの世界で一人

私はこのようなことをもう何度も繰り返していることを思い出した。

そう、

私は殺し屋だ。
悪魔にもなれば
神にもなる。





わーむほーる