[満塁ホームラン]


ボクは額に汗をかきながらバットを振る。
ブン、ブン、ブンッ!

いや別にボクは野球部でもなければ野球が好きなわけでも無い。

「青春のもやもやはスポーツで発散させろ!」
と体育教師が言っていたがあながち間違いではない。
適度な肉体的疲労は複雑に絡まった思考の揉みほぐしてくれる。
何も考えずバットを振ることはとても心地の良いものだった。


テレビを見ると。ニュースだった。
少年が無差別に殺人を犯したと言うもの。
コメンテーターは言う

「いや、まったく彼が何を考えているのかさっぱりわかりませんな」

それを見てボクは思う。
「いや、ボクにはなんとなくわかる気がする。」
もちろんそんな殺人なんてやってしまうのはバカで、それから先のことを何も考えてない、愚かな行為だとは思う。
だけど、その衝動はなんとなく理解出来る。

テレビは言う。
いきなりキレる若者達。
そしてまわりに無関心な彼等。

いや、違う。
もうそんな時代はとっくに過ぎているのだ。
既に「直ぐにキレる無関心な若者」がもう「親」になっているのである。
そんな親に育てられた子供たちはどう成長していくのだろう。
この無差別殺人もその答えの一つだ。

自分は悪くないのに機嫌が悪いからといきなりキレる親。
そして子供達がそんな自分たち大人をどう見てるかなんて全く無関心。

子供達は所狭しと存在する反面教師を見て過ごす。
どうやり過ごせばいいのか。
それだけを考えて生き抜いて来た。

おかしいのは本当の教師ですら「反面教師」だったりするのだ。
そういうのを見ていると「怒る」と言うことがとても醜いことに見えてくる。
ボク達は「笑顔」を学んだ。
醜い怒りをやり過ごす笑顔だ。

しかしそれでも、心の底に、この壊れた世界に対する怒りは
少しずつ、ゆっくりと、澱み溜まっていくのだ。

ボクはバットを振ることで
それをうまく飛散させていたが。
そういう方法を知らず、どんどんとその怒りを溜め込み、しかしそれを普通の大人たちが行なうように怒りで発散させることは出来ずにいた、彼等。
そのヘドロの様な澱みは臨界点に達し、どうしようもなくなるのだ。
しかたのないことだ、我慢をしすぎたのだ。
生まれてからずっと我慢をしていたのだ。

だからボクはテレビを見て思うのだ。
「コイツはバカだ。でもなんとなくその気持ちは解る」

そしてコメンテーターは言う
「できればこんなことになる前身近な大人に相談などして、人の気持ちがわかるようになって欲しいですね。」

矛盾、すごく矛盾を感じる言葉の羅列だ。
相談をできる大人などどこにいるのだ?
そしてこのコメンテーター、自分は人の気持ちが解る様な口ぶりだが
さっき言っていたじゃないか
「いや、まったく彼が何を考えているのかさっぱりわかりませんな」
と、言っていたじゃないか。

‥‥あぁ、そうか!
わかったぞ。
そう、
彼は
そう彼は、「人じゃなかった」と言うことなのだね!
あはははそうかそうだね、ならばしかたない。
あは、あはははははははははは。


ガチャ
玄関の鍵が開いてさっきまでテレビに出ていたコメンテーターがそこに現われた。
「‥ただいま。」
そう、そのコメンテーターはボクの父親だ。
「父さん、ちょっといいかな、聞いてもらいたいことがあるんだ。」

そういうとボクは「ん?なんだね?」と子供との会話が出来ることに喜びを感じている彼に、ボクの心の底にある、
黒く、深い、どろどろのコトを話はじめた。

案の定彼はこう言った。
「おい、おい、いったいそれは何の話だ。父さんはオマエが何を言っているかさっぱりわからんぞ、オマエは狂っているのか?明日とりあえず病院に連れていくから、その話はもう止めなさい!」

うん、ありがとう。
これでよくわかった、人の気持ちがよくわかる父さんが解らない、ボクの心。
そう、ボクは「人じゃなかった」ってことだ。
よかった、これで心置きなくできるってもんだ。
そうだよな、人じゃないんだもんな。

「青春のもやもやはスポーツで発散させろ!」
と体育教師が言っていたがあながち間違いではない。
ボクは背後に隠してあったバットを握りしめ、
笑顔のままで、
それを思いっきり振り抜いた。



わーむほーる