ディエロン

ニュース・ペーパー・ストーン

ふう、小泉愛子はため息をつくと相談者のカルテの入ったファイルを閉じた。
ここは私設のカウンセリング心理センターだ。まあセンターといっても従業員二名、小さなテナントビルの一角にある「なんでも相談所」といったところだ。
小泉愛子は以前ちゃんとしたカウンセリングセンターに勤めていたのだが思うところがあって、この会社を設立した。
カウンセリング、割と聞きなれてきた言葉だが。やはり今だに精神病院の間違ったイメージが横行していると言わざるを得ない。
基本的にカウンセリングというのは相談者のストレスの原因を聞きだしそれにあった解決法を見付け出すということであって薬や注射などは使わない、いや法的にも使えないのだが。だからここでは言葉がもっとも有効な処方箋になっているのだ。
「しっかしねぇ、最近の相談者も変わってきたものね。」
小泉は背中を椅子にもたれかけて思う。
ここ数年ちまたで流行している妄想があるのだ。

「ディエロン」

妄想、それは以前からあるいわゆる電波系といわれる人達の専売特許だ。これらの妄想の根本にはその人が読んできた本やテレビ、映画などからの出典モノがほとんどであったため、同じような妄想を持つこともあるのだが、今、はやっている妄想「ディエロン」はまったくその元となるモノがないのだ。そしてそれは年代、地域に関係なく広がっているのだ。
「小早川く〜ん、コーヒー入れてくんない。」
小泉は向こうの部屋でパソコンをいじっている小早川伸哉に声を掛ける。
「はーい、愛子さん。ちょっと待ってくださーい。」
小早川伸哉はパソコンのモニターから目をそらすことなく返事をする。マウスをクリックする右手の中指だけがカチリカチリと音を出している。その音は小泉愛子の部屋にもかすかにだが聞こえていた。
ああこりゃダメね彼のちょっとはちょっとじゃないのだ。見た感じにはスッとした好青年なんだが。パソコンオタクなのだ彼は。まあ、その技術を買ってここで仕事をしてもらってるのだが。

カチャン
「はい小早川君、コーヒーをどうぞ。」
「ありがとう・・あれ僕がたのまれてたんじゃなかったっけ?」
「何言ってのよあれからもう五分はたってるわよ。」
「あらら、それはゴメンナサイ。でも見てよデータまとまったよ。」
んーもうしかたないなぁ、でもなんか憎めない子なんだよね。
「んで、データって何の。」
「決まってるじゃないか「ディエロン」の、だよ。」
小早川はマウスをクリックした。モニターにウインドウが開く。
それは映像、言葉、音などデータで構成された一つの世界であった。
「そう、これが・・・。」
愛子はじっとその画面を見る。それは様々な情報が複雑に絡み合って構成されている。一つの言葉から繋がる映像そして音。
「まだ完成というわけにはいかないけどね、これでもやっぱり足りないくらいこの世界は広いよ。これが「ディエロン」の妄想者が見る世界だよ。」
そう私は小早川君に頼んでいた仕事はこれなのだ。病院の記録、インターネットの情報、口こみの噂話、少ないながらもこのカウンセリングのデータも合わせ繋がる部分をつなぎ合わせ、その元の無い世界を作らせていたのだ。まだまだ空白の部分が多いがこれで少しはこの妄想について分かることができるだろう。
「上出来上出来。これでいいわ、さっそく明日から相談者に見せて反応を見てみることにするわ。」 「えーもうちょっと作りこみたいんだけどなぁ〜。」
「はいはい、君のもうちょっとは限りないからね。後はおうちに帰ってやってちょうだい、もう閉店ですよ。」
そう言って小泉は壁にかけてある時計を指差した。
「あれ、もうそんな時間なんだ。んーそれじゃ帰りますか。愛子さんも一人寂しいおうちに帰りましょう。」
そう言うと伸哉はへへへと笑った。
「もー年頃の女性にそんなことは言わないの!」
まあ半ば冗談でこんなことをいった後
カウンセリング室の鍵を掛けて岐路に着く。
「じゃあまた明日」と小早川君はマウンテンバイクで走り去っていった。

一人になってからふっと町を眺める、そしてふと妄想の世界には一体どんな魅力があるのだろうかと思った。

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