「トランプマジック」



「はい、では好きな所でストップと言ってください。できれば五年以内に」
「ストップ!」
「おや、早いですね」
「つーかなんで五年以内なんだ!長過ぎる!」
「では、選んだカードを私に見せない様にして、憶えてください。」
「無視か!」
「憶えましたか?」
「‥‥はい、憶えました」
「そうしたら、何事もなかったかのように普段の生活に戻り。流れゆく日々の中そのカードのことは徐々に記憶の片隅に‥‥」
「忘れちゃうのかよ!」
「‥‥しかし、五年後、あなたはふとしたことをキッカケにそれを思い出すのです!」
「だから長いよ!なんで五年後なんだ!?これ、ただのトランプマジックだろう?」
「タネも仕掛けもございません‥‥」
「いや、意味解らないから!今やってよねーー!!」
「それではまた!」
「終わり!?」
「五年後に!」
「なんだそれーー!!?」

五年後
私は結婚をし、もうすぐ生後3ヶ月になる息子がいた。
「あなたー、あなた宛てに郵便届いてるわよ〜」
「おや、誰からだろう?」
それは封筒だった。差出し人の名前はない。
表には私の名前と住所が書いてある、間違いない。
いったい誰だ?と思いつつ封を切る。
中から一枚のトランプのカードが出てきた。
意味がわからない。なんだこれは?
しばらく考えたが、まったくもって想像もつかない、悪戯にしても意味が無い。
まぁ、実害もないしどうでもいいか。
と特に気にも止めずに、妻とベビーカーに乗せた息子とで買い物に出かけた。

しかし、やはりさっきのカードのことは気にかかる。
いったい何だったか?
なにか思い出しそうなのだが思い出せない。

そのときふと空を見上げると
青い空に浮かぶ雲の形がまるでトランプのハートの形に見えた。
ハート、ハートが一つ、ハートの1、ハートのエース
そう、さっきの封筒に入っていたのはハートのエースだったのだ。

私の記憶が衝撃と共に甦った。

「ストップ!!ストップだッ!!!」

私はあらん限りの大声で叫んだ。
回りにいた人が動きを止める。
妻もその歩みを止め、振り返る。
「なに、あなたどうした‥」
その言葉を遮り、
ドゴオンと激しく腹の底に響く音がした。

私と、その前を歩く妻の、振り返ったその背後に、
鉄骨が落ちてきたのだ。
一瞬の静寂からざわめき出す衆人。
状況を理解し妻はへたりと座り込んだ。
私はハッとしベビーカーに駆け寄る!

「シンイチ!シンイチ!!大丈夫かッ!?」

鉄骨はベビーカーのあとほんの数センチの距離に落下していた。
妻があと一歩進んでいれば、
私の声があと数秒遅れていれば、
この子は‥‥
私はくしゃくしゃになった顔で息子の顔を見つめた。
私の顔を見た息子は何が起こったかも知らずに、私のくしゃくしゃになった顔を見て、キャッキャと笑っていた。

空にはもうハートの雲は見つけられなかった。
息子の名前は”心の一番”「心一」と書いて「シンイチ」と読む。

タネも仕掛けもございません。
ではこのカードの中から好きな人生をお選びください。



トランプマジック



わーむほーる