■アマヤドリ■




◆「雨だねぇ」
「あぁ、雨さねぇ」
「…‥。」
「…‥。」

「しばらくやみそうにないねぇ」
「あぁ、こりゃしばらく降るだろうよ」
「…‥。」
「…‥。」

「どうしようかねぇ‥」
「なんだい、ぐずついた気持ちのようだねぇ、悩みや迷いがあるんなら聞くだけ聞いてやるぜ?」
「…‥あぁ、そうだねぇ、すまないねぇ、それじゃぁ、聞いてくれるかい?」
「あぁ、この雨で足留めくらってんだ、退屈しのぎに聞いてやるよ」
「退屈しのぎとはあんまりだが、まぁ聞いとくれよ」
「おうよ」

「私はねぇ、この先の山の向こうの、そのまた向こうの山に、人を待たせているんだよ」
「おぅ、それでここで足留めかい」
「あぁ、そうなんだ。早いこと行きたい気持ちは山々なんだが、あいにくこの長雨だ。下手に雨に打たれて病にでもかかったんじゃもともこもない」
「あぁ、待つがよいだろうよ。雨が上がったら行きゃあいい」

「だがなぁ…‥。」
「なんだいよ?」
「その約束の時ってのはずいぶんと前の事なんだぁよ」
「すいぶん前ってのは?」

「数年前ってことなのよぉ」
「あぁ…‥そりゃもう、待ってねぇかもしれないなぁ」
「なぁ、そうだろうよ?そうだろうよ?だからさぁ、あたいは雨が上がったらもう引き返そうかと思っているんだがよぉ」
「ははぁ」
「ははぁ?」
「そいつはダメだ」

「…なんでさ?」
「待ってるかもしれないでないか?」
「でも、待ってないこともあるでよ?」
「でも、もし待っていたら」
「待っていたら?」
「あんたがこのまま引き返したら、そいつはぁ、ずっと待ってなきゃいけねぇ。そいつはめんどくせぇ」
「あぁ、そいつはたしかに、めんどくせぇな」
「だから、あんたは行くべきだよ」

「でも、もし待っていなかったら…‥」
「そしたら、あんたはもうこんなことで悩まなくてすむ。」
「あぁ、そりゃそうだな」
「そんで、実をいうとオラはその山の向こうのそのまた向こうの山から来たんだ」
「…‥もしかして、見たのかい?」

「あぁ、見たさ。峠でずっと人を待っているような“幽霊”を見たさ」

「あぁ、ならば私は行かなければならないねぇ、ありがとよ旅の方」

そう言うとその女の幽霊はフッと消えた。
庵の外に出ると雨はもう止んでおり、
空には虹がきらきらり。

あの山の向こうの、そのまた向こうまで。

架かっておりましたとさ。







わーむほーる