春から春

春。
もうすぐ春。
すでに少しだけ春気分。
今日はバイト先のみんなと飲み会だ。店長が転勤するのでその送別会も兼ねている。
みんな時間どおりにはこない。まあだいたい何時くらい、と適当に言ってあるのでしかたがないけどね。ぞろぞろと集まってくる。来た者からすでにガンガン飲んでいるのでその場はすでにハイテンション。
男たちのエロ話。女の子の失恋話。どんな話も笑いながらぶちまけろ。
酔いつぶれて寝てる奴。女の子の中にダイビングする酔っぱらいマン。
座敷はもうぐたぐただ。
けど楽しい楽しい。ははははは。きゃはははは。きゃ〜助けて〜!。へへへへへ。
まあそんな調子でやっちゃって。そろそろお開き、さようなら。またね。楽しかったデス。

僕はほろ酔い加減でイイ気持ち。歩いて帰るよ、フラフラと。
信号機のライトが上下に揺れて、なんだかとってもきれいだよ。コンビニは夜中に一番強い光を放ちます。たゆゆ〜ん。たゆたゆ〜ん。車に気を付け。ふらりんふらら。

ちょっとここらで一休み。ドブ川に映る町を眺める。
ふと見つけた。その川の石ころの上にカメがいた。
カメの種類はよく知らないが。昔、夏祭でつかまえた小さなカメを育てていたら大きくなって、ふと朝見てみると水槽から逃げ出した。そんなカメだった。
彼は石の上に昇りその首を伸ばして天を仰いでいた。
僕も空を仰ぎ見る。
月でも見えるかなと思って見たが。雲に隠れて見えないよ。
満天の星空が広がるのかと思えば、そうでもない。
これはちょっとさびしいね。
僕はカメに向かって言いました。
「よお、月観たいか?いつか僕がすっげえ月みせてやるよ。」
やっぱ酔ってたんだよね?何か聞こえちゃった。はは。
「おおそうかい、それならばたのむよ。なあに私は長生きだからね千年でも万年でも待ってるよ。これは約束だ。」
カメが喋ったみたいに聞こえたんだ。なんだかすごくはっきりとね。まあいいさ酔ってるにしろ約束だこれは。

僕は今年大学を卒業だけれども進路なんかは決まっちゃあいなかった。友達は就職とか結婚とかいろいろあったみたいだけど、どうも僕は違う方向に進んでいた。そこであのカメと出会った。
僕はけっこう思いつきで行動しちゃうんだよね。ちょっとピーンときたんだ。これは面白い。
幸い僕はわりと勉強はできる方だったんでね。うん。

そして数年後

僕は今どこにいると思う。
空にいるんだ。
ここからは宇宙に浮かぶ青い地球が見えるんだよ。
そう、つまり僕、宇宙飛行士ってヤツになったのね。
そしてこの船は月に向かって進んでいくんだよ。
とりあえず約束だからね。
もちろん宇宙では真空状態の様々な実験が行なわれる。
実験動物もたくさん乗ってるよ。
そのなかに僕の推薦で乗せたヤツがいるんだ。
そりゃあもちろんカメだよ。あのときドブ川で見たヤツではないと思うけどね。
僕はそっとそのカメを外の景色が見える窓まで持ってきて、言った。
「ほらどうだい、すっげえだろあれが地球だ、きれいだろ。そっしてあっちに見えるのが月だ。どうだい、いいもんだろ。」
僕はこのすばらしい景色を眺めながら言った。
宇宙ではお酒は禁止なんだ。重力の関係で異様に回りがはやいからね。それに宇宙初の飲酒運転をするわけにもいかないからね。
だから僕は今日は酔っちゃあいないよ。だけどね。やっぱり聞こえちゃったんだ。
「ほほほほ、坊やありがとよ。約束守ってくれて。すばらしいねこの景色は。長生きってのはするもんだな。本当にすばらしい景色だ。はははは楽しい気分だ。」
僕は目を見開いてそのカメを見たが、カメはやっぱりカメで。もうなにも喋らなかった。
だけど僕はとても嬉しく楽しい気分になって。にやりと笑った。
そのときカメがその口の端をきゅっと持ち上げてにやりと笑ったように見えたんだ。
僕はもう最高に楽しい気分で、地球と月を眺めながら。笑った。最高の気分だ!ははっ

わーむほーる