目の前にいる何者か、姿形はこの私にうりふたつだ。その私は目を閉じていた。
私の声を聞いてからしばらくすると、その私によく似た何者かは唇の端を少し歪め笑うと、そっとその目を開けた。
その右目は暗く深い黒色で、そして左の目は、うっすらと光を放つ緑色だった。
私はなぜだか、本当になぜだか分からないけれども泣いていた。悲しいとか嬉しいとかそんなコトではなく、ただただ涙が頬をつたって落ちていった。
頭の中に声がひびく、透明な声。
「私は何か?それに答えることは簡単なようでむずかしいね。私はルーシーであり、ナティでもあるが本当はそのどちらでもあり、どちらでもないんだ。
しかし、驚いたよ。もう少し楽にすむかと思ったんだが、君のような者がかなりの数いたんだ。まあ全体からみれば、たいした数じゃないんだけどね。これはなかなかにうれしい誤算だ。」
「‥‥な、何を言ってるの?分からないわ。」
「ああ、そうだねまず初めに言っておくのはルーシーは一つの体の中に二つの精神を持つ者であるということ。つまりは二重人格ってことだね。これはあなたも少しは感じていただろう?」
「ええ、何となくそんな気はしていたわ。だけどそれは集中力を要する音楽活動のために彼が生みだしたものだと思って、たいして気にはしてなかったわ。そうすることでうまくやっていけるんだったら、それはそれでいいと思っていた。」
千里は少し平静を取り戻し言葉を返した。
「へえ、だけど少し違うな。ルーシーのような精神分裂は音楽とかそういことは後からついてくるもので直接の原因ではない。本当の原因は幼少期における耐え難い精神的苦痛からくるんだ。」
「そう、そうなの。それはわかったわ。だけど結局あなたは誰で、何がしたいの。」
もうくだらない禅問答を続けるつもりはなかった。こんなことに何の意味があるというのだ。
「そういそがないでよ、ち・さ・と・さん。でもまあ、かいつまんで言うと私はちょっとやりなおうそうと思ってね。ん〜つまり一度世界を終わらせてみようと思うんだよ。」
「はっ?・・・・な・に?」
あははははは、何を言ってるの世界を何?
しかし目の前の私はピクリとも表情を変えず繰り返した。
「世界を終わらせることにしたんだ。」
そういうと緑の瞳を持つ私によく似た私は笑いだした。
「ははははははははははははははははははははははハハハ!。」
その私は立ち上がり顔を上に向け高らかに笑う。
彼の髪はまるで突風が吹き荒れているかのに乱れた。
目の前の映像が歪む。風を浴びている姿が細かな振動を起こしている。
その体が一瞬パッと発光した。
そこに現われたのは細みで背の高い男、白い肌に黒く長い髪、突き刺す様な瞳を持つ「ルーシー・テラ・ナティー」の姿だった。