生命の星(第8回)
〜開場2〜

「おい!高原はどこだ!」
ヒゲにサングラスの男が叫ぶ。ライブ会場であるドームの舞台裏ではかなりの人数のスタッフがあわただしく動いている。その中の帽子をかぶった少し若い感じのスタッフをつかまえ。ヒゲ男は言った。
「まだ、来てないのか!」
かなりイラついてるようだ。若い男は言う。
「はあ、まだみたいっスね」
ヒゲ男は若い男の胸ぐらを掴むと唾をとばしながら言いはなった。
「まだじゃねえだろ!連絡とるなりなんなりしろよバカ!」
「は・・はい!」
そのスタッフは慌てて奥に走っていく。ヒゲ男がタバコを胸ポケットからとりだし口にくわえ、ライターを取り出そうとしたとき、音もなく彼の後ろから女の影が伸びてきた。その影は腕を伸ばすと彼の口元のタバコまえでジッポの蓋をカチリと開け火をつけた。
「富永さん遅れてすいません、ルーシーは控室の方に入りました。」
その女、高原千里は静かに言った。
タバコをくわえたままの富永は不意をつかれ一瞬動きが止まったが、慌てて冷静な態度を作り言った。
「お、おう、やっと来たか。まあいい来たんならO.K.だ。準備に入ってくれ。これはただのライブとわけが違うんだからな。失敗は許されない。分かってるよな。」
「はい、分かってますよ」
しかしこのライブではあなたが思っている以上のことが起こるのよきっと、千里は思った。昨日の体験は幻覚と言うにはあまりにリアルな感覚だった。あのとき体全体で感じたことは今でも鮮明に思い出すことができる。喜びという感覚。千里は腕をかかえ少し震えた。今朝起きたときルーシーのやったことだとわかったのだけれども何を聞いてもルーシーは静かに微笑むだけで何も答えてはくれなかった。
だけど私はルーシーがこのライブで何かをしようとしているのが直感で分かった。私に行なったことはただの準備実験に過ぎないのだと。
マネージャーとして本当は彼の行動を止めなければならないのだろうけれども私はそれよりも好奇心が先に立った。もしあの感覚をこのライブにくる莫大な人数の人たちが感じるのならそれはどういった変化をもたらすのか。見てみたい。このすでにいきずまり二度と戻れない迷路の奥で自分自信を傷つけている人類に何かを与えることができるのではないかと思うのだ。

まだ明るい客席には期待に満ちた興奮の掻倦が渦巻いていた。
鈴原さやかと高原則子は中央の前列の席で座って則子が買ってきたパンフレットやグッズを見ていた。
「ねえ則子、私こんなライブって初めてなんだけど、なんだかすごくドキドキしてるのよ。怖いぐらいに。」
「そうねえ、私もけっこういろいろ見にいったけど今日はなんだか特別にドキドキしてるわ、なんたってあのルーシーなんだから。私ね、初めてルーシーの曲を聞いたときなんでだか涙がでてきてたんだもん。それにかっこいいもんね〜。」
と則子は言った。そう私もそうだった何か感情を揺さぶられたんだ。彼の曲を聞いたそのときから、なにか頭のスイッチがカチリと音を立て入った感じがする。私の知りたかったこと、私たちはどこから来てどこへ行くのか。そして私自身の道。全ての解答が彼の歌にあると思っていた。しかしいくら彼のCDを繰り返し聞いても、あと少しのところで現実に引き戻される。ルーシーはわざと曲を完全にはしないでおいたんじゃないかと思っていた。
少し前ある雑誌でルーシーのライブを控えてのコメントがあった。

「すべてはこのツアーで完成型になるだろう。」

めったにコメントなどしない中での一言だった。私は直感で感じた。彼は何か知っている、そして何か起こそうとしている。それはたぶん私の疑問に答えてくれる。私は思った。

ブーーー

開演開始5分前のブザーが鳴る。
会場の照明がフッと消えた。
私と則子は息を飲んで舞台を見つめた。手にしっとりと汗がにじむ。
ついさっきまでの喧騒が嘘のように会場内の雑音が消えた。

「・・・始まる・・・・。」

第九回につづく

いよいよ佳境に突入
「歌姫は化石になるまでずっと見てるよ」
あ〜ん〜まあ期待しないで見てちょうだい
では