「学校を出よう!」の既刊情報&感想
著者 谷川流 レーベル 電撃文庫

表紙画像のリンク先はbk1です。

学校を出よう! タイトル 学校を出よう!
初版 2003/ 6/25
ISBN 4-8402-2355-6
感想 「学校を出よう!」が「電撃版涼宮ハルヒ」なのか、 「涼宮ハルヒ」が「スニーカー版学校を出よう!」なのか分かりませんが、 「学校を出よう!」と「涼宮ハルヒ」は良く似た作品ですね。 例え話が好きで優柔不断で意志の弱い主人公の1人称で語られますし、 謎の組織に属している爽やかな微笑君も登場しますし、 作者名を伏せていても同じ人が書いたことがすぐに分かります。 集団的無意識ネタも両方に出てきますしね。 まぁ集団的無意識は今のライトファンタジー・ライトSFの定番なんでしょうけれども。
「学校を出よう!」が「涼宮ハルヒ」と一番違う点は、 ハルヒのような何もかもぶち壊していく強烈なキャラクターがいないことでしょうか。 また、スラップスティックな序盤、中盤と、 シリアスで切ない終盤とがいまいちスムーズに繋がっていかなくて、違和感があります。
でもシリーズとしてはこっちの方が練られているように見えるので、続きを読むのであります。(笑)(2003/12/30)
学校を出よう! 2 I−My−Me タイトル 学校を出よう!2
初版 2003/ 8/25
ISBN 4-8402-2433-1
感想 1巻は超能力者のエピソードでしたが、2巻は未来人のエピソードです。(笑)
学園SFの定番に時間ループというものがあります。 これには「世界全体の時間ループ」と「主人公だけの時間ループ」の少なくとも2つのパターンがあります。 実は2つとも「涼宮ハルヒ」の方で使われているのですが、 「学校を出よう!」でも2番目のパターンがこの巻で出てきました。 それだけならば「またか」と言いたいところなのですが、 作者はよほど時間ループにこだわりがあるようで、今回は実に凝った複雑な時間ループを用意してきました。 よくもこんな妙な話を考えついたものです。(笑)
そしてラストは素晴らしい切なさ。 神田Nがミツキに掛けた、永遠に失われた言葉とは何だったのか。 神田Aとサナエは再び会うことができるのか。 いろいろと想像力をかき立たせてくれました。
このシリーズは「涼宮ハルヒ」とは逆に、2巻の方が出来が良いですね。(2004/1/1)
学校を出よう! 3 The laughing bootleg タイトル 学校を出よう!3
初版 2003/10/25
ISBN 4-8402-2486-2
感想 1巻が超能力者のエピソードで、2巻が未来人のエピソードだったので、 てっきり3巻は宇宙人のエピソードかと思っていましたら違いました。 それは「涼宮ハルヒ」シリーズでした。
そんな戯言はともかく、意外なことにこの「学校を出よう!」は巻が進むごとに面白くなっています。 2巻でも半分ミステリー仕立てでしたが、3巻ではよりいっそうその傾向が強くなっていますね。 ファンタジー+ミステリーというのはトリックを読者に推理させるのが難しいのですが、 これは一応ミステリーになっています。 ミステリー作家の書く本格的なものには敵いませんが、 ファンタジー作家が安易に書きやすい「こんなの読者に推理できる訳ないだろーが」と言いたくなる作品よりは 数段優れていると思います。 谷川流はミステリーとは何たるかを認識していますね。
そしてラストは、やはり切ない別れのシーン。 自分と一緒にいた人の存在意義は何だったのか?自分とは何なのか?を問う、1〜3巻で共通する終わり方です。 ラストが良いと、当然読み終わった後の感触も良いです。 「涼宮ハルヒ」の方も毎回これくらい味のある終わり方だと良いんだけどなぁ。(笑)(2004/1/3)
学校を出よう! 4 Final destination タイトル 学校を出よう!4
初版 2004/ 3/25
ISBN 4-8402-2632-6
感想 「涼宮ハルヒ」の方ではいまだ異世界人が登場しませんが、こっちではとうとう出てきてしまいました。 異世界人というより平行世界人ですけれど。 未来人と超能力者も既に出ているので、あとは宇宙人だけですね。 「涼宮ハルヒ」で異世界人が登場するのと、「学校を出よう!」で宇宙人が登場するの、どちらが先でしょうか。
内容は相も変わらずマニアックです。 「集合無意識」なんて用語がほとんど何の説明もなしに出てきてしまいます。 (1巻で一応説明はしているけど分かりにくいです。) 待て、をい。読む前にユング心理学を勉強しておけってことか? それを電撃文庫の読者層にデフォルトで求めるのはちょっと無理があるんじゃないか?(笑)
個々の平行世界の中では量子論的な不確実性が成り立たないとか、 直列に並んだ平行世界の隣り合った間でしか移動ができないというのはちょっと強引かなと思いますが、 人造想念体、インターセプタ、インスペクタ、PSYネットとまぁよくもネタを作り上げるものです。 作品世界の全容はまだ見えてきません。 でも、なんだか「Dクラッカーズ」のような、 最後でストーリーと設定が見事に繋がる渋い作品になりそうな予感がします。
ラストの、読み手に想像をかき立たせる控えめな描写も、切なくて良いですね。(2004/4/27)
学校を出よう! 5 Not dead or not alive タイトル 学校を出よう!5
初版 2004/ 9/25
ISBN 4-8402-2781-0
感想 どうも私は4巻を読んだ時に勘違いをしていたようです。 宮野の「神はサイコロを振らない」発言は、量子論を否定しているのではなく、 個々の平行世界が量子であるということのようです。
そして「直列に並んだ平行世界の隣り合った間でしか移動ができなかった」理由も、 この巻で見事に説明されています。 つまり4巻では、個々の4次元の平行世界を5次元の世界から見下ろして書かれていたので、 平行世界間では5−4=1次元的移動しかできなかった訳です。 ところがびっくり。 なんとこの5巻で宮野は、インターセプタやインスペクタのいる世界は、 個々の4次元の平行世界に2つの次元軸を足した6次元であるという仮説を出してきました。 こ、これはホーキングが相対論と量子論をつなぐために考えた、時間を多次元であるとする虚時間では? しかもそれを、ファンタジーフィクションとは何であるかという問いかけや深層心理の階層構造と絡めて、 実に見事に1つのストーリーとして書いています。
凄ぇ!凄ぇよ、谷川流!
今のところ、この作者の作品が示したライトノベルとしての前進は、 神坂一や上遠野浩平が「スレイヤーズ」や「ブギーポップ」で行った跳躍よりは小さなものではあります。 「学校を出よう!」も人間を肉体と精神の両面から見ているというレベルでは「ブギーポップ」の延長線上にあるのです。 けれども谷川流はライトノベルを一歩進める論理的基盤を十二分に持っています。 この「学校を出よう!」の時点でも、世界観の持つ普遍性と必然性という点で、 私が読んできた中では屈指の力量の持ち主です。
「涼宮ハルヒ」は強引なシリーズ構成でつまずき、 「学校を出よう!」はシリーズ開幕時に読者の心を掴むのに失敗してしまいました。 でも谷川流はこれで終わるような一発屋の作家ではありません。 へこたれずに起き上がって、SFがあーだとかライトノベルがこーだとか、 小さな型にはめる議論が馬鹿馬鹿しくなるようなパワフルな作品を出してくる予感がします。(2004/9/20)
学校を出よう! 6 Vampire syndrome タイトル 学校を出よう!6
初版 2004/10/25
ISBN 4-8402-2828-0
感想 やっぱり谷川流はホーキング的な多次元時間を持つ宇宙観をヒントにしているようですね。 今回の宮野のいくつかの発言で、それがさらにはっきりしてきました。 ただね、折角宮野が壁に図を書いてるんだから、そこのところを挿絵にして欲しかったなぁ。 文章だけでは分かりにくいですもん。 ・・・ふむ、でもこれはコラムのネタにできそうだ。
多次元時間(虚時間)もそうですが、 量子力学もシュレディンガーの波動関数を見ると「モノの実在」が揺らいでいるようです。 そして谷川流の作品を読んでいると、ユング心理学でいうところの普遍的無意識に潜んでいる「モノ」が 認識によって意識上の「実在」を得るところと、 この多次元時間説や量子力学における「実在」の揺らぎとを、 だぶらせているようなイメージを受けます。 まぁ科学的には根拠のない飛躍なんですが、フィクションとしては面白いです。 「とある魔術の禁書目録」の鎌池和馬も考えてることは結構近いんじゃないかな? SFをほとんど読まないので、SFでこうしたアイデアがどれくらい使われているか分かりませんが、 ライトノベルではちょっとした流行かも知れません。(2004/11/21)

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