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セセリは蝶?蛾?それとも...

 蝶と蛾はどこが違うのか?という質問に答えるのはそれほど簡単なことではない。蝶はきれいで、蛾は汚いとか、蝶は胴が細くて、蛾は太いといったものは、生物学的な蝶と蛾の違いというよりも、むしろ私たちが「蝶」、「蛾」ということばから受ける印象といってもいいだろう。
 蝶は昼間飛び、蛾は夜飛ぶという生態的な違い、蝶の触角は棍棒状で、蛾の触角は櫛髭状という形態的な違い、あるいは、蝶の蛹は裸だが、蛾の蛹は繭に包まれているという生活史的な違いは、おおよそ当たってはいるが、すべての種にあてはまるというわけではない。必ず例外がある。そしてそれらの例外はほとんどの場合蛾の側にある。その理由は、蝶は自然群(Natural group)だが、蛾は自然群ではない(つまり人為群-artificial group)ことにある。
 さて、ではセセリチョウは蝶なのか、それとも蛾なのか?
 セセリ"チョウ"というぐらいだから蝶にきまっているのだろうか。なるほどセセリチョウは蝶類図鑑に出てくる。もっとも、有名なダブレラのように完全にセセリを除いている人もいる。彼がセセリを蝶と認めていないからである。ちなみに、英語では、蝶はbutterflyだが、セセリはskipperという。一般的な印象から言うと、セセリは蛾のように見える。
 ここでは、2つの視点からこの問題を考えてみたい。
 まず第1に、セセリチョウと真性の蝶とは、単系統群(Monophyletic group)を構成するか。もっと簡単にいうと、セセリチョウはどんな蛾よりも蝶に近い仲間か、という問題。そして第2に、セセリチョウは他の蝶、蛾から独立したグループと扱えるほど特化しているか、という問題である。系統分類学的に言うと、前者はクレード、後者はグレードの問題である。

鱗翅目の系統関係とセセリチョウの位置

 残念ながら、鱗翅目の系統図には決定的なものがない。とはいっても、混乱しているのは小蛾類(microlepidoptera)等の方で、蝶のまわりはほぼ確定している。そして、ほとんどの場合、セセリチョウは蝶の姉妹群(sister group)とされている(図1)。この場合、系統分類学の約束で、セセリチョウは蝶として扱うことができる。

 さて、この一般的な系統関係に対し、Scoble(図2)とShields(図3)の系統図は少々変わっている。

 Scobleの系統図では、アゲハチョウ上科とセセリチョウ上科の間にシャクガモドキ上科というグループがはさまっている。このシャクガモドキは、中南米産のシャクガとされていた1グループを、シャクガよりアゲハチョウ上科に近いとしてScobleが分けたものである。この系統図には、今のところ賛否両論ある。最近発表されたMinetの系統図では、シャクガモドキ上科が蝶に近いことを認めているが、セセリチョウ上科+アゲハチョウ上科の姉妹群としている(図4)。

Shieldsの系統図では、アゲハチョウ上科が2分される。ヤガ科をはさんで、一方の系統は、トラガ−セセリチョウ−アゲハチョウとつながり、もう一方は、ヒトリモドキガ−ドクガ−シジミチョウ−シロチョウ−テングチョウ−タテハチョウとつながる。この系統図が正しいならば、「蝶」というのは、分類学上意味のない愛称と化してしまう。ただし、この系統図を受け入れているのは、ほんの一部の人たちにすぎない。

 いずれにしろ、セセリチョウは、系統上極めて蝶に近いといえよう。最近流行の分子生物学的データもこれを裏付けている(Fieldlander & Pashley, 1989: Molecular phylogeny of the higher Ditrysia)。

セセリチョウは独立したグループか?

 さて、セセリチョウは、他の蝶、蛾とどれほど違うのだろうか。セセリチョウの特徴は何だろうか。
 一般の分類学書では、セセリチョウは、形態的に蝶と同じ特徴を持つが、次の違いがあるとされる。すなわち、1)セセリチョウの触角は、根本で大きく離れている。蝶では、離れていない。2)セセリチョウでは、すべての翅脈が中室から出ており、分岐していない。蝶では分岐する。
 しかし、もっと大きな違いは、その行動にある。
 フィリピンで採集していた時のこと、目の前にアカメセセリMatapa ariaが飛んできた。フィリピーノの採集人は、あれはlangawだといった。Langawとはイエバエのことだ。蝶はparuparoだが、セセリチョウはlangawなのだそうだ。ものすごいスピードで飛んで、パッととまるので蠅に似ているからだそうだ。ちなみに、福岡県筑後地方の方言では、ブヨのことをセセリという。なるほど、セセリチョウの飛び方は、他の蝶と全然違う。
 しかも、セセリチョウは、真っ昼間よりも、早朝や黄昏時に飛ぶ。
 この特徴は、形態にも現われる。蝶は、昼間飛ぶ。そのため、複眼の構造がはっきりとした像を結ぶようにできている。一方、夜飛ぶ蛾では、像がはっきりするよりも、光をより多く集めるようになっている。そして、セセリチョウでは、この二つの中間になっている。つまり、適当に像も結ぶし、適当に光も集める。

セセリチョウは蝶か? 蛾か?

 以上見てきたように、セセリチョウは、蝶でもなく、蛾でもなく、セセリチョウだ。セセリチョウは、独立している。これはセセリチョウなのかそうでないのか、と迷う種はいない。セセリチョウかどうかは、見ればすぐわかる。
 そして、よく形態を見てみると、アゲハチョウのようなセセリチョウや、タテハチョウのようなセセリチョウのいることがわかる。つまり、アゲハチョウ上科で展開されているバライエティ(つまり、アゲハ、タテハ、シジミ、シロチョウ)がそっくりそのままセセリチョウでも展開されているのだ。
 その地味さゆえか、かつてはセセリチョウに興味があるという人は殆どいなかった。しかし、いまでは、かなり多くの人が少なくともセセリチョウを集めているという。この傾向がより進み、セセリチョウに関する知見がさらに集積することを願うものである。

 このページは、『セセリは蝶?蛾?それとも...』昆虫と自然27(1):2ー4(1992)を加筆、修正したものです。