タイトル

スペインの音楽を取り入れた音楽授業の試み

スペインの音楽素材と人を生かす

マドリッド日本人学校 教諭 佐藤 崇

 

1.はじめに

 マドリッド日本人学校に勤務した3年間,自分の担任するクラスの音楽指導の他に,小学部5,6年,中学部教科音楽,中学部選択音楽の授業を担当した。小学校の教師である私が,中学部の授業を担当することになったときは,とても不安であったが,生徒の意欲に支えられ,私としては,とても充実した時間を過ごすことができた。

 小学校の教師が,中学部の教科を担当するというのも,日本人学校ならではのことではないかと思う。日本国内では,考えられない,貴重な経験をすることができ,とても満足している。

 3年間滞在したスペインであるが,古代から,多くの民族がその居留地として生活を営んできた国である。古くは,北方からのケルト人や東からはフェニキア人やギリシャ人,そして,紀元前2世紀から600年間は,ローマ人の支配下となり,その後,ローマ人が西ゴート族に破れてからは,ムーア人(イスラム教徒)の侵略を受けている。特に,スペイン南部のアンダルシア地方は,これらの影響を最も強く受けた地方である。コルドバのメスキータやグラナダのアランブラ宮殿は,ムーア人が残した遺産である。また,現代ギターの前身であるリュートも,ムーア人がイベリア半島に持ち込んだののである。

 このように,スペインは,古くから東方諸民族の血,および文化を吸収してきた。このことは,音楽にも著しく反映し,その民俗音楽は,西欧には類を見ない特性と多彩さをもっている。

 この素晴らしいスペインの音楽をできるだけ,子供たちに紹介したいと考えた。このことは,スペインの音楽だけの理解にとどまらず,スペインの民俗音楽で使われている音階と日本の民俗音楽の音階とを比較したりすることを通して,日本の音楽を深く知ることにもつながると考えた。

2.授業の実際

(1)6年音楽,題材「日本の音階の特徴を味わって表現しよう」にスペインの音楽を組み 入れる試み(H6 小学部6年)

@題材について

 現代の子供たちにとって,日本の伝統音楽に触れる機会は,ほとんど無いといえる。海外の地にある日本人学校は,更に厳しい状況にある。日本の伝統音楽に触れる機会を意図的,計画的に音楽の授業の中で設定する必要がある。また,日本の音階の特徴を明確にするためには,他の国の音階からなる曲と日本の曲とを聴き比べさせることが有効であると考える。

 そこで,日本の伝統的な音階である,民謡音階,都節音階,琉球音階とグレゴリオ聖歌,スペイン北西部にある町,サラマンカの民謡の音階を合わせて扱い,簡単な節作りをしていくことを通して,その国独特の「ふし」があることをとらえさせていきたいと考えた。

 

@教材

 ◎越天楽今様(慈鎮和尚作歌,日本古謡)(A) ○こきりこぶし(富山県民謡)(B)

(鑑)春の海(宮城道雄作曲)(C)Sindo,El Tamborilero(D)

(鑑)グレゴリオ聖歌 Misa de Verge \よりKirie(E)

 サラマンカ地方の民謡(Sindo,El Tamborilero)8分の6拍子,イ短調の曲である。テンポは, =100位である。旋律は,笛と男性が歌っているが大変装飾音の多いものであり,こぶしを多用している日本民謡と類似している。旋律に合わせて曲名にもなっている小太鼓が軽快に演奏される。

 グレゴリオ聖歌は,カトリック教会の典礼聖歌として,中世以来継承されている代表的聖歌である。グレゴリオ聖歌は,スペインだけのものではないが,ローマ・カトリック教国であるスペインでは,この聖歌を大切に歌い伝えているのである。特に,スペイン北部にあるサント・ドミンゴ・デ・シロス修道院(Monasuterio de Sant Domingo de Silos)では,現在でもミサの際にグレゴリオ聖歌が歌われている。スペインでは,グレゴリオ聖歌は,今でも生きた歌なのである。この修道院の演奏は,世界的に有名であり,CDも作られている。 <

B指導区分と時間配当(10時間扱い)

 第1次 日本の伝統音楽の旋律の感じの把握   (A,B,C)・・1時間

 第2次 旋律の特徴をとらえた表現       (A)・・・・・・2時間

     旋律のおもしろさを生かした歌唱表現  (B)・・・・・・2時間

 第3次 伝統音楽の鑑賞と日本音階によるふし作り(C)・・・・・・2時間

     スペイン音楽の鑑賞と

          スペインの音階によるふし作り(D,E)・・・・3時間 

 

C指導の実際(第4次)

 最初に,鑑賞曲のSindo,El Tamborilero(D)と(鑑)グレゴリオ聖歌 Misa de Verge \よりKirie(E)を聴かせた。子供たちは,(D)では,旋律に装飾音が多く,こぶしを多用する日本民謡との共通点を感じ取った。また,(E)では,曲の厳粛さ,また,小節や拍子の枠から離れた自由な旋律であることを感じ取った。

 次に,それぞれの曲で使われている音階を示し,日本の音階との違いを確認した。その上で,それぞれの曲の感じの旋律になるように節作りを行った。子供たちは,興味をもち,大変意欲的にふし作りに取り組んだ。

(2)ジプシー音階でのふし作り(H7中学部教科音楽)

@ジプシーについて

 14,15世紀頃にインドから,小アジア,エジプトを経てバルカン地方に渡ったジプシーは,現在では,ヨーロッパ諸国をはじめ,東南アジアをのぞく世界中に進出しているが,音楽面で活躍しているのは,特に東欧(ハンガリー,ロシア,ルーマニア)などと,マドリッド日本人学校のあるイベリア半島南部などに住むジプシーである。

 このジプシーの音楽の特徴は,楽曲が瞬間の表情に極度の集中をみせる断片の連続から構成されており,テンポや強弱の激しい変化や交替,細やかなリズムや奔放な装飾等の見られることである。音階的には,和声的短音階の第4音を半音上げて2つの増音程をもつものもある。

 スペインのアンダルシア地方に住むジプシーは,フラメンコ芸術の担い手といわれ,スペインなどの音楽に大きな影響を与えている。

A指導の実際

 最初に,スペインの代表的な芸術であるフラメンコやアンダルシア地方のジプシーの音楽を鑑賞し,ジプシー音楽がもつ独特の雰囲気を感じ取らせた。

 次に,アンダルシア地方のジプシーの音楽に使われている音階を示した。この音階を演奏するだけでジプシー音楽の雰囲気を醸し出すことに,生徒たちは大変興味を示し,大変意欲的にふし作りに取り組んだ。

(3)パルマス,サパテアードを組み合わせたアンサンブル(H8)

「スペイン人は,ステップを踏みながら生まれてくる」と言われる位,優秀なリズム感覚をもち合わせている。祭りの時などは,至る所から歌声が響きわたり,それに合わせて手拍子を打つパルマス(palmas)や足を踏みならすサパテアード(zapateado)の軽快なリズムが聞こえてくる。

 また,フラメンコのタブラオに行くと,パルマス,サパテアードが複雑に絡み合った,素晴らしいアンサンブルを聴くことができる。手拍子と足を踏み鳴らす音だけのアンサンブルであるが,一糸乱れぬリズムの絡み合いは,聴くものを虜にしてしまう。

 このパルマス,サパテアードを組み合わせたアンサンブルに取り組むことを通して,スペイン音楽の重要な要素の一つであるリズムに,目を向けさせようと考えた。

○指導の実際

 パルマス,サパテアードを組み合わせたアンサンブルを行っていくことを知らせ,フラメンコのVTR,CDを聴かせた。生徒たちは,一人一人が打つリズムが違っていること,そして,そのリズムが複雑に絡み合い,しかも,一つの音楽として成り立っていることをとらえた。また,同じパルマスにも甲高い音を出す奏法,低い音を出す奏法があることにも気付いた。

 次に,鑑賞でとらえたイメージを基に,アンサンブル作りに取り組んだ。頭打ちのリズムに後打ちのリズムを合わせるんは,とても難しく。テンポを落として,何回も正確に打てるように練習を重ねたが,うまくいかない。「スペイン人のリズム感覚は,どうなっているんだろう。」と言う声も聞かれた。しかし,回を重ねるに従って,だんだんとリズムが噛み合うようになり,一つのアンサンブルをつくり上げることができた。

 グループの中には,もっとフラメンコの雰囲気を出そうとギターを加えるなど,工夫をしながら意欲的にアンサンブルづくりに取り組む姿が見られた。更に,発表の時には,ハレオ(jaleo)(掛け声 オレ!など)が加わり,熱のこもった演奏が聴かれた。

(3)オーケストラのトランペット奏者を招いての授業(H8中学部選択音楽)

 中学部の選択授業で音楽を選んだ生徒は2名であった。そして,2名とも,日本の中学校で吹奏楽部に所属し,トランペットを担当していた。2人の希望を聞いたところ,トランペットの演奏をしたいということであった。私も,オーケストラでホルンを吹いていることもあり,楽器は違うが同じ金管楽器なので何とか指導できると考え,トランペットを中心に据えた授業を組み立てていくことにした。更に,学校に入っているコンピュータを用いてMIDI楽器を制御していくという内容も加えた。選択音楽の授業終了時には,自分が打ち込んだデータで演奏するMIDI楽器で,トランペットのソロをすることになる。 こんなビジョンで,授業がスタートした。

 何回か授業をしているうち,やはり楽器が違うための指導の難しさを感じ始めてきた。生徒たちのために,専門的な助言ができる人が必要だと感じた。 

 私は,マドリッドにあるオルケスタ・デ・サン・ヘロニモ・レアル(Orquesta de San Jeronimo Real)に所属し,演奏をしている。このオーケストラは,マドリッドの音大生が集まり,組織・運営されている。練習の日に,オーケストラのトランペット奏者に2人の生徒のレッスンをしてくれないかと頼むと,喜んで引き受けるということであった。

 指導の当日は,まずトランペットの模範演奏をしてもらい,トランペットの目指すべき音色を生徒たちにつかませた。次は,個人レッスンに入ったが,やはり専門的な立場からの指導が功を奏し,めきめき生徒たちの音はよくなっていった。生徒たちは,自分の問題点が分かり,更に目指すべきイメージを確実にもつことができた。その後は,自分の力量を高めようと熱心に練習する姿が多く見られるようになった。

3.おわりに

 スペインの音楽素材を授業の中にできるだけ取り込むために,私自身,スペインの音楽に触れる機会を努めて多くもってきた。音楽を通して,たくさんのスペインの人々と深く関わることができたことは,私にとって大きな喜びである。