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忘れていた通帳から

荻野誠人

 A銀行からはがきが来た。以前の仕事で口座を設けた銀行で、もう何年も記憶から消えていた。今さらなんだろうとはがきを開くと、長期間通帳に記入がないので、一度確認のためATMで記入してほしいとのことだ。なあんだ、そんなことか。面倒だなと思いながらも、ちょうど翌日行くところにA銀行のATMがあるので、ついでに記入するかと、古い通帳をしまってある箱の中を探す。すぐに可愛らしい犬の絵が描いてあるのが見つかって、最後に記入したページを開いてみると、・・・普通預金に50万円ほど残っているではないか。
  その瞬間、心の中に何かがわっとわいてくる感じで、「おおー」と思わず叫びたくなった。その数字を目にしてから、うきうきとして、その日は気分が変わってしまった。臨時のボーナスでも出たら、こんな風になるのだろうか。何だかはしたない気もしたが。
  しかし、考えてみればおかしなことだ。50万円は以前から口座に入っているのであって、私は一銭も得していない。喜ぶべきことは何もないはずだ。そう理屈では分かっているのに、まるで宝くじの4等にでも当たったような感じで、嬉しい気分はおさまらない。まあ、わざわざおさめる必要もないが。
  心は理屈通りには動かないもんだ、不思議なもんだと改めて感じた出来事だった。こういう気持ちをこんなに強く感じたのは初めてではないかと思う。この出来事をヒントに一工夫すれば、全く元手をかけずに幸せな気分にひたれるような方法が新たに一つ見つかるのかもしれない。
  翌日通帳は記入だけして、箱の底に戻してしまった。ひょっとすると、またA銀行のことをすっかり忘れ、何年かたって残金を発見して、もう一度大喜び出来るのではないかと期待しながら。

          2010・4・18

 


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