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友のひとこと

荻野誠人

大学二、三年のころのことだった。私は同じ年頃の仲間数人と一緒に、ある宗教団体の施設で、夏休みの合宿の計画を立てていた。それは学生だけが参加するものだったが、ただの遊びではなく、人材育成や布教の役割も兼ねたかなり重要な行事だった。私たち県のリーダーの責任も決して軽くはなかった。そのときは、確か参加者をお世話する班長の人選をやっていたと思う。

私は、リーダーとはいっても、皆の嫌われ者だった。当時の性格の欠点をあげていけばきりがないが、たとえば傲慢で冷酷で攻撃的だった。ただ、熱心に活動していたので、人材不足に悩んでいた学生の組織の中で、比較的簡単にリーダーになれたのである。

そのときも、班長候補として名前のあがった人を得意になって徹底的にけなしていたのだと思う。すると、いつも物静かなリーダーの一人U君が半分冗談のような口調で言った。

「君は人の欠点を指摘するのはとてもうまい。確かに的を射ている。でも、その欠点を直してやろうという気はあるのかい。」

「・・・・・・。」

私は返す言葉がなかった。たぶん真っ赤になったのではないかと思う。ひどくくやしかった。腹も立った。だが図星だった。私は、批判が的確であることを隠れみのに、人をやっつけることを楽しみ、自分の批判力に酔い、優越感にひたっていたのだった。思いやりのない批判がどんなに人を傷つけるかは、一人になって冷静に考えれば考えるほどはっきりした。

ショックを受けた私はその日から自分の欠点を直そうと一生懸命になった。U君の言葉を心に刻みつけて、批判しようとするときは「自分はこの人に向上してもらいたいと思っているか。そのための提案や激励の言葉を用意してあるか」と常に自分自身に問いかけて、考え方を変えるように努力したのである。もっとも、他人を傷つけないように、という思いばかりが動機ではなかった。皆に嫌われたくない、U君を見返してやりたいという気持ちもあった。だが、とにかく努力の結果、私の批判の性質は徐々に好ましいものへと変わっていったのである。

もしあのときU君が忠告してくれなかったら、どうなっていただろうか・・。私は周囲から恐れられてもいたので、かなりの年長者でなければ、なかなかあのようなことを直言してはくれなかったのである。U君のような友人がいてくれて、私は幸運だったといえるのだろう。この友人には色々と世話になって今に至っているが、この件だけでもこれからも長く感謝し続けたいと思うのである。

あれから十数年が過ぎたが、この小さな事件を思い出すたびに、遠慮なく何でも言ってくれる仲間がどんなに大切なものであるかをしみじみと感じるのである。

(1991・5・5)


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