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手袋

森村秀明

手袋をなくしてしまったので、ある繁華街へ買いにいった。僕は手が大きいのでなかなか合うのがない。店先であまり期待しないであれこれ手に取って見ていると、奥から若い女の子が出てきて「どんなのがいいんですか」と明るい声で聞いてきた。

僕は「とにかく、まずこの手に入らなきゃだめなんですよ」と言った。すると「じゃ、大きいのがいいのネ」ときた。僕はガクッときた。「いいのネ」である、「いいのネ」

この店はロクな教育してないなあと僕は心の中で顔をしかめた。まあ、どこでも似たようなものなんだろうから、しょうがないか。まさか同年代だと思っているのではあるまい。

その女の子はしゃがみこむと大きそうなのを次々にさがしては渡してくれた。「これはどう?」「それもダメ?」などと言いながら。たくさん下がっている手袋の奥の方まで手を伸ばしたり、頭を突っ込んだりしているその仕事ぶりを見ているうちに、本当に一生懸命に仕事をしているんだなあと思うようになった。いつの間にか言葉使いなど気にならなくなっていた。

何分かあとには、七、八種類の手袋がそばのガラスケースの上に並んでいた。僕は大きさがちょうどよくて、しかも手首がすっぽり隠れるほど長いやつを選んだ。こんなに簡単に自分に合うのが見つかるとは思ってもみなかった。

言葉使いなどより心の方が大事だということは理屈では分かっていたが、この日その実例を見せられた思いがした。僕はとてもさわやかな気分になって、その店を立ち去るのが惜しい気がするほどだった。

(1989・12・21)


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