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自然界に学ぶ組織論 スズムシの場合

河合 駿

 山々の緑が、日増しに目に染み入るようになり、ポカポカと、 それはそれはとても温かい春の日の午後でした。
 ターくんは、にこにこと大きな声で「バィバーイ! またあした!」といって幼稚園バスからおりてきました。
 お迎えにきていたお母さんも一緒になってお友達のお見送りです。
 「バィバーイ!」
 ターくんとお母さんは手をつないで、やわらかい風の香りを体いっぱいにうけながら、おうちにつくまでお話をしました。
 「それで今日はどうだったの!」とお母さん。
 「うん! 楽しかった!」とターくん。
 「何が楽しかったぁ?」
 「ウーン! ぜんぶぅ!」
 「ぜんぶぅ? フゥーン! そうしたらその中で一番楽しかったのはナニ?」
 「あのね! まっしろいの!」
 「エェッ? 何がまっしろいの?」
 「ウン! 赤ちゃんが生まれたの!」
 ターくんは本当にうれしそうにスキップをしながらお母さんにいいました。
 「そう! それはよかったね。どんな赤ちゃん!」
 お母さんもうれしそうにターくんにたずねました。
 「あのね! まっしろくて動いているの!」
 「ヘーぇ?」
 「アリさんみたいに小さいの!」
 お母さんは先生からの“連絡帳”をターくんのカバンから取り出して今日のメッセージを読んでみました。
 連絡帳には『スズムシの赤ちゃんが生まれました。みんなで楽 しくお世話をしてあげましょうね』とありました。
 これは、ごく身近に見られる風景です。

 ということで自然界に学ぶ組織論、今回の話題はスズムシの場合です。
 スズムシは、ターくんの幼稚園でもそうだったように、晩春の頃に真っ白なゴマ粒くらいの大きさで、土の中から出てきます。箱の中で飼うときは、昆虫マットを敷き、カツオブシやキュウリを与え、霧吹きなどの世話をして大きくなるのを待ちます。 やがて黒褐色をした羽根が生え、成長の早いものは、お盆を過ぎた頃にリンとした清涼感のある声で鳴き始めます。 この頃になると、「あぁ! もう暑い夏も終りだな、やれやれ! 」と、しばしスズムシの声に聞き入ってしまうものです。
 さて、九月も終り頃になると、あんなにうるさいほどに鳴き競っていたスズムシ達は、日に日に静かになっていきます。 交尾を済ませたオスが、次世代に逞しい子孫達を残すために、自らの体をメスに託して一生を終えるからです。 冬の間、昆虫箱のマットに眠るスズムシの卵たちを、寒さと乾燥から守り、やがて次の春、まっしろい幼虫が這い出してくると、ホッとします。 生命の誕生は、いつ如何なるものでも神秘的で感動を呼ぶものです。 翌年また次の年と上手に飼い、うまく孵していくのは実に楽しみなものです。
 ところが、このスズムシの子供達は、親の意に反し年々小ぶりになり、やがて成長しても、鳴き声が弱々しかったり全く鳴か なかったりするようになります。 なぜ? どうすればいいんでしょう。 これはいわゆる人間や動物社会でいう“近親結婚”のなせるワザで、スズムシの世界でも身内同士の結婚で血が濃くなり、例外なく劣性遺伝を繰り返してしまうからです。 解決策は極めて簡単。 別の土地で生まれ育ったスズムシを毎年数匹箱に入れてやればいいのです。
 このことは、私達の社会の組織やチームづくりにもよく似ています。同じ閣僚、同じ顔ぶれ、同じ思想の集団は安住の世界を作ることにいそしみ、仲良しクラブを保っていくことはできるでしょ う。 けれどもそのうち体力を失い、他の国、他の会社、他の団体に負けてしまうことも多いのではないでしょうか。 組織やチームの永続と向上を願うならば、人を代え、新しい血を求め、お互いの切磋琢磨を通じて思想や価値観、行動力を磨き、強く逞しい集団作りを目指していかなければならないと思うのです。


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