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駅頭のおそばやさん

鬼島三男

 私はそばが好きで、よく入るのは、駅頭のそば屋さんです。金沢文庫、金沢八景、日ノ出町、横浜のそれぞれの駅と、それに最近は勤務先に近い黄金町のそば屋さんです。値段が安く早くできて、しかもおいしいからです。卵やコロッケやてんぷらを交互に入れてもらいますが、それでも四百円もしないのです。値段が安い上に、大きな釜で長く煮立てているので、おつゆもおいしいんですね。それに勤めている人たちに優しい人が多いのです。年配の小母さんが多いせいもあるんですね。あの小母さんたちをよく見ていると、わずか三百円前後のおそばを食べて、黙って出て行く人にも「毎度ありがとうございます」と、丁寧に頭を下げています。

 最近黄金町駅のおそばやさんに、初めて行ったときのことです。お店には七時ごろに入ったのですが、高齢の小父さんがいました。ちょっと話しかけると、その日の朝、秦野から朝一番の電車でやってきて、早くから準備しているとのことでした。秦野からは二時間ほどかかるとのことでした。

 私も秦野には親友がいて、よく知っているところなので、いろいろと話していると親しくなり、同年輩だということもわかりました。学童疎開も私と同じく経験したとのことでした。

 店を出るとき、「行ってらっしゃい。今日は寒いですから、風邪を引かないように。ありがとうございました」と頭を下げてくれました。その朝は、妻が具合悪くて朝食を抜きにして家を出たのですが、おそばを食べているうちに家のことなどすっかり忘れてしまい、店を出てからも大変快適で、職場までの二十五分あまりを、いつもより気楽に歩くことができました。

 最近は立派な店に入っても、周囲の客だけでなく、店員さんも何となく高齢の私たちには冷たいような気がします。それだけにこの小父さんの一言に対しては、じーんと感じたのです。毎朝店の前を通りながら、店のなかで小父さんが元気でお客さんに応対しているのを見て、ほっとします。私も一日頑張らなくては、と元気づけられるのです。


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