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淋しいフルコース

上杉守道

ある朝、父が出かけるとき、母が言った。「今日は午後に来客があるので、夕ご飯は外に食べに行きますよ。例のレストランに予約しましたから」父は「うん、わかった」と言って出かけて行った。

その日は夕方から雨が降りだした。母と娘が父の帰りを待っているうちに、レストランに予約した時間が迫ってきた。「しかたないから、一時間遅らせてもらおうよ」という娘の提案で、母は電話をかけた。さいわい、今日は混んでいないようで、電話に出たレストランの主人は快く時間を変更してくれた。

さらに一時間が過ぎた。しかし、まだ父は戻らない。「んもうっ! お父さんは、いつもこうなんだから」と、母は腹立たしげに言った。「帰りが遅くなっても電話ひとつかけてこないし・・・」

「私たちだけで行こうよ」と、娘に促された母は、しぶしぶ家を出て車で駅の近くのレストランへ向かった。春が間近いとはいえ、夕方から降り始めた雨は冷たかった。

久しぶりに親子三人で外食する楽しさを期待していただけに、かえってさびしい夕食になってしまった。コース料理を頼んだので、いくつもの料理が次々に出てくる。娘は駅に電車が着くたびに期待を抱いて雨の中へ飛び出し、駅の改札まで行って父が出てくるのを待った。しかし、駅から出てくる人々の中に父の姿はなかった。次の電車かもしれないと、娘は気を取り直して母が待っているレストランに戻った。だが、最後の果物が出されるまでそんなことを繰り返しても、ついに父は現れなかった。

「お父さんは、あんたが小さいときからずーっとこの調子なんだから・・・」と母は何かをあきらめたように言う。「さあ、帰ろうよ。こんどの電車で来るかもしれないから、いちおう駅の前を通って帰ろう」と娘は提案した。だが、その期待もやはり裏切られた。

家に着いて電話を見ると、留守番電話が録音されている。さっそく再生してみると、迎えにきてくれと父が駅からかけてきたものだった。

すぐに母が車で迎えに行った。帰ってきた二人は両方とも不機嫌そうだった。母が不機嫌なのはわかる。父も母に責められて不機嫌なのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。遅くなってすまないという様子でもない。なぜもっと早く帰って家にいなかったんだ、と逆に母を責めているらしい。父は、夕飯を食べに行くメンバーに自分が入っているとは思っていなかったようだ。それで気を利かせて、食べに行った二人が帰って一息ついているころに家に着くように普段よりもゆっくり帰ってきたようだった。

お互いに相手を責めている両親を見て、娘は「何十年連れ添っても、こりゃあダメだ」と思った。


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