思想

『大人になるための思想入門』/新野哲也/新潮社

 大人とはどういう生き方をする人かを語った随想集。飲み屋や釣り場を主な舞台として、そこに登場する人物と作者の対話で話が進んでいくという独特の構成である。作者は具体性・野性・行動・その人の雰囲気といったものを重視して、頭でっかちな生き方を排する。日本の伝統である「いき」や抑制・矜持を評価し、現代日本を「やぼ」と嘆く。同感出来るところ、勉強になるところは随所にあるが、哲学が意外と多く顔を出し、私では十分につかみきれず、残念である。
 印象に残った一節をあげておく。「心を静かにたもち、言動に破綻がないひとは、人格が高潔なのではない。悪と善の両方を使い分けているのである。それが不動智である。(略)自然の野性と都会の洗練をかねそなえる以上の智が、いったいどこにあるだろう。」(荻野誠人)

『正しく生きるとはどういうことか』/池田清彦/新潮社

 こんなに論理的に一貫した自前の人生観をもつ人は珍しい。しかも反論は相当に難しそうだ。人は一人一人自分の規範を作って生きるべきであり、一方国家は出来るだけ自分の存在を小さくして、あとは市場に任せるべきだと説く。著者は生物学者なのに、堂々と国家を論じられるとは、経験・知識・視野などが常人の域をはるかに越えているからだろう。個人の生き方については基本的に同じ考えなので、納得のいく部分や啓発される部分が多かった。ただ、「楽しみのために動物を殺してもいい」等々の主張には仰天したが、論理的に一貫すればそういう結論になるようなのだ。論理的に正しければ受け入れざるをえないのか、それとも論理的に正しいということがたいしたことではないのか、頭痛の最中である。(荻野誠人)

『21世紀の人生の遊び方 上下巻』/長谷章宏/たま出版

 現代社会の混迷(実は、個々の人生の困難)の大本は、私たち一人一人の自分は悪くない、自分が正しい(=あいつが間違い、悪い)」という 「心のあり方」にあります。貴方の人生は、貴方の「心のあり方」一つです。すべての人が、自分の鏡です。誰かに対して、「言っていること、心の中で思うこと」は、自分自身のことであることに、気付いてください。(日高憲治)

『人生が驚くほど逆転する思考法』/ノーマン・V・ピール/三笠書房

  「あなたの中には自分の人生を180度転換できる力がひそんでいる」。本書は著者が「プラス・ファクター」と呼ぶ人間に秘められた巨大な力を各自が発揮し、活力ある人生へ最短距離で到着するための体験に満ちた手引書。
 プラス・ファクターとは、人間が生来有する精神の遺伝子とでもいうもの。積極的で忍耐強く、成功を確信して退くことを知らないといった特性がある。だが、放置したままでは働くことはない。自らそのファクターの力を目覚めさせる必要があるのだ。
 本書には多くの「成功者」が成功への道のりを示している。
 家族もお金もなく、孤児院で育てられた黒人の少女がいる。彼女は「医者になりたい」という夢を持ち続け、多くの協力者を得て、不可能と思える夢をとうとうかなえることができた。
 不毛な砂漠の下に「水がある」と確信したレバノン生まれの男性は、周囲の馬鹿にした声を気にとめずねばり強く砂漠を掘り続けた。今やその土地からは、あらゆる野菜や果物が産出されている。
 著者自身、臆病で赤面症、劣等感が強い子供だった。だが、自らを信じる決意をし夢を抱いて聖職者となった。その後、何度も苦労を重ねる過程で、プラス・ファクターの法則を体得するに至り、ついには潰れかけた四つの教会を立て直すことに成功したという。
 人生に活気を取り戻したい人、可能性の扉を開きたいと願う人にお勧めの一冊です。(服部桂子)

『日本への遺言』/福田恆存/文春文庫

 全集から、氏の思想の核心をなす部分を抜粋、編集した一種の箴言集。政治・文化・人生など広汎な問題が取り上げられ明快な回答が与えられている。優れた劇作家やシェイクスピアの見事な翻訳者としての氏は有名だが、孤立無援の状態で全盛期の左翼と戦った思想家でもあることはさほど知られていないようだ。今では当時の氏の見解が正しかったことが、社会の流れによって証明されている。一つの文章は大体1ページ以内に納まっているが、逆説を駆使し説明を省いた文章はなかなか手ごわい。読者それぞれの興味や知識に応じて得るものが違うはずだが、私の場合は、文化についての見解に大いに刺激を受けた。(荻野誠人)

『世界の思想家--人類の歴史を変えた三十人』/E・デ・ボノ/玉川大学出版部

 人類に影響を与えた思想家三十人の思想を説いた書。難解ではあるが、偉大な思想にふれる手引となろう。人名のタイトル・ページの裏にある一こまマンガは、その人の思想の本質をズバリ言い切って小気味よく、何とも不思議な魅力をもつ。 高価な書物に手を出したのも、このマンガのせいである。(向井俊博)

『「善さ」の構造』/村井実/講談社学術文庫

 善とは何かを追求した労作。思索のよいきっかけを与えてくれる。古代からの善の定義が批判的にまとめられていて、たいへん参考になる。ただし、初心者向きとはいえない。また、著者自身の善の定義には、必ずしも賛成できない。(荻野誠人)

『善の研究』/西田幾多郎/岩波文庫

 わが国に西欧の哲学が受け入れられてから初めて出た、日本人オリジナルの哲学書。哲学の学徒ばかりでなく、一般人に愛読されてきた名著である。西田哲学の入門書であり、哲学の広汎な領域が体系的に一つの視点から語られていて、簡潔な表現と相まって人生を見つめる視座を提供してくれる。(向井俊博)

『ラ・ロシュフコー箴言集』/ラ・ロシュフコー/岩波文庫

 これは万人向けの書ではない。ただ、自分を人格者だと思っている人は読むべきだろう。作者は十七世紀のフランスの人。なお、箴言(しんげん)とは、教訓や風刺を含んだ非常に短い文章のこと。(荻野誠人)

『中国聖賢のことば』/五十沢二郎/講談社学術文庫

 帯に「論語・孟子・老子・荘子など、中国古典の遺訓に自らの青春感情を移入投影した非凡な訳」とある。箴言集のような形で中国聖賢の思想のエッセンスを躍動的かつフレッシュな言葉で要約して伝える名著。故五十沢氏の洞察が平易な文に濃縮され、幅広い古典の世界を珠玉の数々として提供してくれる。古典の注解というよりは精神の糧として座右でひもとくに格好の著。(向井俊博)

『<子ども>のための哲学』/永井等/講談社現代新書

 本書を読んでいると、まるで心が開け放たれたようなすがすがしい気分になる。著者は実に大胆、自由奔放。哲学は自分で考えるものであり、学ぶものではない。たとえ大哲学者の著作であっても、それを読むことと哲学をすることとは何の関係もないと断言する。まして思想業界の流行など歯牙にもかけない。
  本書では「なぜぼくは存在するのか」「なぜ悪いことをしてはいけないのか」という著者の子ども時代からの疑問を追究する。正直言って、前者はよく分からなかったし、後者に対しては反論もある。しかし、そんなことよりも、自分の力で自由にのびのびと考えるこんな考え方もあるのだ、ということを知ったのが大きな収穫だった。これまでの哲学の常識を打ち破る爽快な本である。考えることの好きな人には是非お勧めしたい。(荻野誠人)