社会

『国家の品格』/藤原正彦/新潮新書

 日本の荒廃は西欧合理主義の破綻の表れである。合理主義に代わるものが情緒や形であり、それを体現する武士道を復活させることこそ日本再生の鍵であると著者は熱っぽく時にユーモアを交えて説く。文章は平易で、主張は明確である。
 私の考えには著者に近いところも多く、合理主義の要である論理の限界の指摘は特に参考になった。
 一方、細部に粗っぽい点もあり、「世界を救うのは日本人」など宗教ばりの単純なスローガンにはやや危ないものも感じる。また、武士道復活の具体的な方法についての記述が余り多くないことなど物足りない点もあるが、一読の価値ある良書とは言える。
 なお、本書は短期間でミリオン・セラーの栄冠に輝いた。(荻野誠人)

『あなたの夢はなんですか、わたしの夢は大人になることです』/池間哲郎/致知出版社

 「沖縄を拠点に、アジアの貧困地域に暮らす子供達の支援活動を命がけで続けている著者が物質的な豊かさの中で、『本当に大切なもの』を見失ってしまった日本の子供達、親達へ真摯に訴えるメッセージ」。これは紀伊国屋書店の書評です。(瀬村明男)

『そして殺人者は野に放たれる』/日垣隆/新潮社

 刑法三十九条に関するノンフィクション。著者は作家・ジャーナリストの日垣隆氏。
 刑法三十九条とは、

 (心神喪失及び心神耗弱)
 刑法第三十九条 目次 索引
 心神喪失者の行為は、罰しない。
 2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

 というもの。
 本書によると、日本で発生した犯罪に関する裁判において、少なくない割合で三十九条が争点となり、さらに少なくない割合で心神喪失による無罪判決、あるいは心神耗弱による刑の軽減が行われているとのこと。日本の裁判は犯罪の動機を重視し、動機とそれによって導き出された結果が不可解であると三十九条を適用しがちであること、またそれは凶悪犯罪であるほど頻度が高くなると指摘している。さらに、犯行時に心神喪失、あるいは心神耗弱であったかどうかはほとんどのケースで当人からの聴取をもとにした「推測」であること、すなわち非科学的な主観であることを指摘し、それによって刑の軽重が左右されてしまうことの理不尽さを訴えている。
 本書が提起する問題点は大きく3つ。
○三十九条そのもの
○三十九条を拡大適用し続ける司法界
○三十九条の適用を受けた凶悪犯罪者を専門に処遇する施設の不在
 である。
 たくさんの事例を並べられ、その裁判の不条理さを目の当たりにさせられると「なるほど」と思わずにはいられない。著者は最後に「甚大な被害にあってから、初めて現行刑法の不条理を知る、というのは悲しいことです。本書が、そうならないための一助になることを祈りつつ−。」と結んでいる。
 内容がやや感情的になっている部分、また雑誌連載をまとめて再構成したものなので、繰り返しや一つの事例の分割など、読み難い部分など、マイナス要因もあるのだが、それ以前に日本国民として、こういった問題の提起があったことを知っておく必要があると思う。もちろん、それに対して読者がどういう感想を持つかはそれぞれだけど。
 (buu/
http://blog.livedoor.jp/buu2/)

『偽善系』/日垣隆/文春文庫

 全く理屈に合わぬ少年法、常識欠如の裁判官等、法律・裁判を中心に日本社会の理不尽さを鋭く批判する評論集。誠実で丹念な取材に基づく事実の積み重ねと著者の論理の力が圧倒的な説得力を生んでいる。国民を守るために存在しているはずの法律や裁判がこんな有り様なのか、と暗澹とした気分になる。考え方は曽野綾子さんにやや似ているようだが、構成が整い、一つのテーマを徹底して追究するためずっと重厚な印象を受ける。 (荻野誠人)

『患者よ、がんと闘うな』/近藤誠/文芸春秋

 癌検診と治療の現場の実態についての刺激的で興味深い内容。ただし、独善的な匂いも感じられる。本書についての反論や反証(特に転移しな い癌「癌もどき」について検証の必要性を感じる)が、医療専門家から無いことを、著者は後書きで触れているが、今もそうならば、日本の医学界の閉鎖性を示唆するものであろう。病気より治療の方が恐ろしいと本書は警告している。(下町カラス)

『狸の幸福』/曽野綾子/新潮文庫

 新聞・雑誌記事についてのいわゆる辛口評論集。 著者は世界各国を見て回っていることもあって、視野が大変広く、ものの見方も時として日本人離れしている。本書では、老人問題・臓器移植・アメリカのごり押しについての見解が特に印象に残った。文章も平易で読みやすい。識見を深めるために一読をお勧めしたい。なお、同じ新潮文庫に収録の『夜明けの新聞の匂い』は本書の姉妹編である。(荻野誠人)

『見えない国ニッポン』/ヤン・デンマン/評論社

 『週刊新潮』に連載されていた時事評論の単行本化である。政治、経済、教育など広範囲にわたる出来事を何人かの外人記者が議論する形で、日本を痛烈に批判する。政治的には右寄りだが、その主張には思わず「なるほど」とうなってしまう。心の向上のために書かれたものではないが、ものの見かたや心がまえなどについて多くを学びとることができるだろう。ただし、時事評論であるため、単行本化されたときは、ある程度新鮮味が失われているのはやむをえない。(荻野誠人)

『タテ社会の人間関係』/中根千枝/講談社現代新書

 すでに名著の定評をえている書。日本の社会の構造、日本人の人間関係や意識などの特質を実に明快に言い当てている。一読すれば、日本人である自分自身をより深く知ることができるだろう。単なる読み物としてもたいへん面白い。(荻野誠人)

『あなたの親が倒れたとき』/野木裕子/新潮社

 著者は老親を介護する家族や様々な新しい試みをしている福祉関係者に取材して、少しでも介護する側の負担が軽くなる方法や、介護される側が人間らしく生きられる福祉のあり方を追求している。著者はなかなか現実派で、「介護できないのは愛情がないからだ」「苦労してこそ人間として成長する」などという精神論を一刀両断する。また「同居していない子供は親に優しい」「ぎりぎりまで我慢して介護を続けたあげく施設に預けると、二度と顔も見たくなくなってしまう」など鋭く人間性をついた文章もあり、面白い。私は、環境に打ち勝って自分の心を鍛えるのも大事だと思っているが、環境を整えて自分がまいるのを防ぐ知恵も、それに劣らず大事だと思うので、著者の考え方は抵抗なく受け入れられる。
  それにしても、困難な状況の中でより良い福祉を目指して悪戦苦闘している福祉関係者の熱意には本当に頭が下がる。普段偉そうなことばかり言っている私はいざとなったらどれほどのことができるのだろうか。(荻野誠人)

『動物実験を考える』/野上ふさ子/三一書房

 本書によれば、日本だけでも年間二千万匹もの動物が実験でむごたらしく死んでいっている。動物たちは毒物を飲まされ、ガンを植えつけられ、電流を流され、ハンマーで殴られ、目や内臓をえぐりとられる。しかも、ろくに麻酔をしない場合、実験後何の治療もしない場合も多いらしく、まさに地獄である。西欧各国では法律で動物実験を規制しているというのに、生き物をいとおしむ仏教国であるはずの日本にほとんど何の法律もないのは驚くべきことであり、恥ずべきことではないだろうか。さらに問題なのは、こういった事実がほとんど日本人に知られていないということである。生き物を愛する人はこの実態を知って、動物たちを助けるために立ち上がってほしい。
  著者は動物実験は医学の進歩に何ら貢献してこなかったと、一般常識をくつがえすようなことも述べる。パスツールやコッホの業績も否定してしまう。私にはこの見解が正しいかどうか分からないが、医学者側の意見もぜひ聞きたいものだと思う。また、本筋とは余り関係ないところだが、何か所か納得できない部分もあった。たとえば、自然保護の立場から、戦争に反対しようと呼び掛けているところがある。だが、戦争などに対しては、もっと様々な要素を考慮に入れなければ、最終的な態度は決められないと思う。(荻野誠人)