歴史

『ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず』/塩野七生/新潮文庫

 未だ刊行中のローマ人シリーズ、待望の文庫版。本編では紀元前270年のイタリア半島統一まで。なぜローマ人だけがあれほどの大帝国を築き、長期の繁栄を誇ったのか。それは異なる階級を一体化し、敵も味方に組み込む開放性がローマ人の性向だったからだと著者は主張する。「ローマ人はギリシア人のような独創的な文化を築けなかった」というのが世界史の教科書の記述であるが、政治や社会のあり方の点では、それは大きな間違いかもしれないと感じられる。本書からは人の生き方も学ぶことが出来よう。『ハンニバル戦記』『勝者の混迷』も既に文庫になっているが、その次の文庫化は再来年だそうである。困ったものだ。 (荻野誠人)

『「日出づる処の天子」は謀略か』/黒岩重吾/集英社新書

 日出づる処の天子とは、厩戸皇子こと聖徳太子である。資料と資料の穴を想像力で埋めながら、作家ならではの視点と斬新さで、生気あふれる太子像を描き出している。特に東アジアの状況と倭国の外交実態、蘇我馬子や推古天皇との関係は、私には新鮮な解釈に思えた。思わず歴史家の描く太子像と読み比べたくなる出色の太子入門書。(下町カラス)

『洪秀全と太平天国』/児島晋治/岩波現代文庫

 清朝の支配が揺らぎ始めた19世紀、唯一絶対の神、上帝より使命を授かったと確信した洪秀全は地上天国を築くべく挙兵する。反乱は成功し、洪は南京を首都として太平天国(1951〜64)を建国。しかし、洪ら上層部はまもなく貴族化し、内紛を起こし、清と帝国主義諸国の連合軍に滅ぼされてしまう。
 宗教が発展するためには、教義の正しさよりも、大衆の願望をかなえてやれそうかどうかにかかっていることがよく分かる。洪秀全の宗教も、語られている間は大衆に夢を与えることができた。しかし、いざ地上天国建設に着手してみると、その教えは実現するどころか、人々を苦しめ、混乱させるだけであった。しかも洪自身がそれに気づくことはなかったのである。
 手堅い実証的な手法で書かれた本書は歴史と人間、理想と現実を見る目を養ってくれる。(荻野誠人)