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恐ろしい心

矢内 孝

数多くの人の命を奪った宗教団体の最高幹部が報道陣の目前で暴漢に刺殺されました。私のいやな予感が的中してしまいました。

ところがそのあと私の職場で中年女性がこう口走ったのです。

「こんなの死んじゃえって思った。皆そう思ってる。」

いかにも、ざまあみろ、と言わんばかりです。一瞬、周囲はしんとなりました。

彼女の心に私は心底震え上がりました。正義の仮面をかぶった残虐な心。他人の苦しみを喜び、他人の死を面白がる心。しかもそういう自分の心を何とも思っていないようなのです。内省の習慣などなく、沸き上がる思いに流されるままに毎日を送っているのかもしれません。そして、本当に「皆そう思ってる」のでしょうか。誰も反論しなかったのは、同感だったからでしょうか。だとしたら、なおさら恐ろしいことです。

最高幹部は死刑になっても当然の悪事を重ねてきた人物なのかもしれません。しかし、それでもその無惨な最期を面白がる人に、その幹部を批判する資格はないと思うのです。私は、暴漢と中年女性とはそれほどの差がないのではないかとさえ感じました。犯罪を犯さないのは、捕まったり、世間体が悪くなったりするのがいやだからに過ぎないのではないでしょうか。

しかし、そんなことを思う私も、「人の不幸は蜜の味」という心が寸分もなかったか、と言われれば、否めません。やはり私も聖人君子ではないのです。心のどこかで暗い刺激を求めていることもわかっています。だからこそ、それを直視し、内省を欠かすわけにはいかないのです。

恐ろしい心はすべての人に潜んでいるのかもしれません。


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