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庭に来る動物達

中村省一郎

 前書き
 動物園の鷲を見て胸が痛くなったという荻野さんの「動物園での憂鬱」に私も同感です。動物園のコンクリートの壁と鉄格子で出来た独房の中でさらに鎖に繋がれて、仕方なしに右へ左へ何度も何度も身体をゆすっているだけの象、何の望みもなく退屈しきってごろ寝している豹、自由を奪われた小鳥たちなどを見ると、動物園は牢屋にほかならず気の毒で見ていられなくなり、足が向かなくなりました。
 それに比べると、庭にやって来る小さな動物達は、多くの危険も乗り越えて彼らなりに知恵を使い、そして家族や仲間で助け合って精一杯に生きています。そのような動物を見て時折書いた随想をここに集めてみました。
 米国オハイオ州コロンバス市−−−ここが私の住んでいる所です。本文に入る前に少しだけご紹介したいと思います。五大湖の一つであるエリー湖からは約200キロメートル南に位置していて、近郊を含めて人口が約140万人の、米国では中位の都市です。ほぼ青森の緯度に位置していて、気候も青森から北海道に近いのではないでしょうか。冬が寒くて春が遅いためか、春には姫りんごを始めとして草花が一度に咲き競い、その香りでむせかえるようになります。四季の移り変わりははっきりしていて、夏は暑くなりますが、秋には美しい紅葉が見られます。
 自然の好きな私は、周りに大きな木が多く庭の広い今の家に十数年まえに越してきました。庭が広くて木が多いというと聞こえはよいのですが、実は大変な苦労のいるものです。木は枯れることが時々あり、その度に切り倒さなくてはなりませんし、また大風のときは倒れて家を壊したり、道路をふさいで事故を引き起こしたりせぬよう常に木の健康状態や枝の張り具合に注意していなければならないのです。大きな木は「一年に三回落とす」といわれますが、場合によっては四回かもしれません。花びら、樹脂、実、葉を落とすからです。樹脂や実が落ちてくる所にうっかり車をとめておこうものなら、とんでもない目にあいます。実や落ち葉を集めるにはかなり時間がかかります。
 裏庭には野菜畑と花壇を作り、休みの日になると何度も庭を歩いて植物や動物の観察に時間を費やしてしまいます。隣家との間には垣根がほとんどなく、大きな樹木や、潅木が多いので小さな動物も一緒に暮らしています。私が動物のことがよくわかるようになったのは、今の家に住むようになってからです。

 早春
 厳しい冬を家の周りで過ごす小鳥が何種類かいて、凍り付く夜などは、羽を膨らませ木の枝にうずくまっているのをよく見かけます。どうして、そんな小さな身体で凍らないで過ごせるのか不思議です(註)。このように冬越しをする鳥の仲間に四十雀(しじゅうから)がいます。頭に黒い帽子をかぶったような、雀の半分くらいの鳥ですが、寒い日には木のほら穴などを見つけて何羽も一緒に寒さをしのぐとも言われています。
 冬が終わりに近くなると、さまざまな小鳥がやって来て、庭で餌探しをはじめます。楓の木が3月の末頃咲かせる地味な花は小鳥の恰好の食料になり、また幹の割れ目からは、春が近くなると甘い樹液が噴き出して、小鳥の大好物になります。この頃には、赤い帽子にかすりの着物といったいでたちのキツツキがやってきて、木の枝をつついてカラララララ、カラララララ、という音を立て始めます。
 (註)あとで分かったことですが、四十雀は体温の放散を防ぐため、寒い夜は体温を10度位下げることが出来るそうです。

 鳥の知恵
 数年前の海岸でのこと、白い鴎が大きな貝をくわえて高く舞い上がり、そこから貝を落としました。貝は岩に当たって砕けましたが、鴎はその場所に正確に舞い下りました。そこは大きな石のごろごろした、人間なら一度見ただけでは覚えられぬ複雑な岩場だっただけに非常に驚きました。こういうことは教えられなくても出来るのか、それとも仲間の鳥を見習ってやるのか、いずれにしても感心してしまいました。
 鳥が他の鳥のまねをすることは確かです。イエローフィンチという名の鳥は、ガラーディア(註)の種が好きで、それが実るとめざとくやってきます。
 これは軽い鳥ですが、それでもしがみつくと穂はしなり、鳥は仰向けになってついばむのです。雀はイエローフィンチをまねて、それまで見向きもしなかったガラーディアの種を食べにきます。太った雀がつかまると、穂は地面に付きそうになりますが、おかまいなしです。
 鳥は時々遊びをします。薔薇にかぶせる発泡スチロールの被いを庭に放置したことがありましたが、そこが冬の午後の日だまりになっていました。そこへ雀が十二三羽集まってきて、なんだか見慣れないことをやっているのです。よく見ていると、味も臭いもない発泡スチロールの粒を食いちぎっては、ぷっと噴き出していて、それも入れ換わり立ち替わり、「自分にもやらせろ」といわんばかりに、他の雀を押し退けて参加するのでした。これは、まったく暇にまかせた遊びと考えるほかありません。
 (註)Galardia、高さ50cm位の多年草。花は黄と赤の模様。種が出来るころには、ぼんぼりのような穂になります。 (http://www.botany.utexas.edu/facstaff/facpages/mbrown/Mbrownhome/wildflower/fig4.html) 参考写真へのリンクが切れている場合はご容赦ください。

 烏と鳶(とんび)
 烏は嫌われ者です。私の家の表には杉の巨木がありますが、その枝にかけた巣にロビン(こまどり)が卵を二個産んでいました。ロビンの卵は鮮やかな青です。私がその木の近くを通ったとき、バサバサという音が聞こえたので、見ると烏が青い卵を一つ盗んで飛び去るところだったのです。
 被害者の鳥は怨みを抱いているのでしょう。ブルージェイ(かけすの親類ですが冠がある)やロビンなどの中型の鳥は烏を見つけると攻撃を始めます。かならず加勢にでる仲間がいるため一対一で追いかけることはめったにありません。烏のほうが二倍か三倍も大きいのに、ブルージェイやロビンに比べて飛行速度が遅いため、何度も回転して相手をかわしながら、あわてて逃げ去るのです。烏もこれを心得てか、たいていは群れをなして行動しています。黒い烏の影が空を横切ると小鳥は震えるように木の中に隠れます。
 この烏も集団で鳶を空中攻撃をすることがあります。鳶は烏よりも一回り身体が大きいのに烏より遅いからです。鳶の逃げ方は烏のとそっくりです。

 ハミングバード
 このあたりに来る鳥の仲間にも体格に随分差があって、一番大きいのはカナダギース(雁)、一番小さいのは、蜂鳥とも言われるハミングバードでしょう。ハミングバードはアメリカ大陸にしか居ない鳥で、それもロッキー山脈から東では、ルビーハミングバードの一種類だけ、その西側には幾種類も居ることが知られています。オハイオには夏になるとルビーハミングバードがやってきます。これは不思議な鳥なので、そのことについて少し書くことにしましょう。
 ハミングバードは、尾まで含めても大人の小指ほどもない小さな鳥です。食べ物の大半は花の甘い蜜で、蜂のように花から花へ渡り歩くので、蜂鳥ともよばれるのです。また空中の一点にとどまったり、ものすごい速さで羽ばたいて、いつも蜂に似た音を出していたりするところもその名にふさわしいと思われます。
 ルビーハミングバードの雌は、曇りの日には灰色に見えますが、晴れた日には光線の具合によって、あざやかな緑色になります。雄はさらに喉が赤い色になっているので、すぐ見分けがつくのですが、雄を見掛けることは稀にしかありません。
 雛は雌だけで育てるといわれています。小さな小さな巣を枯れ葉に蜘蛛の糸をからめて作ると言われていますが、巧妙に巣を隠すらしく庭の繁を探しても絶対に見つかりません。 ルビーハミングバードは身体が小さい上に猛烈な速さで飛ぶので、目の前をさっと横切られると虫としか思えないことがあります。たまに枝に止まっているところを見掛けると、足の短いのにも驚かされます。腿や膝の所はみな退化してしまったのです。また腕に当たる部分も退化してしまったので、羽も人の手の平に相当する所から出来ています。
 花の中で見つけた虫なども食べてしまいますが、大半の栄養は花の蜜ですから、一日中花を渡り歩いても、必要な量の食べ物を見つけるだけで殆んどの時間と精力を使い果たしてしまいます。また身体が非常に小さいので、冷える夜などは容易に体温を保てません。そのためか、眠るときは体温を気温と同じところまで下げてしまうのです。  この鳥は渡り鳥で、夏が来て花が多くなると北へやってきます。夏が終わると南へひき返してゆき、それもフロリダあたりで冬を過ごすのかと思ったら、メキシコ湾をこえて、ユカタン半島へ渡ると言われています。雄は子育てをせず、雌や子供達よりは一足先に南へ旅立ってしまうので、雄を見る機会が少ないのでしょう。このような小さな体で、飲まず食わずでメキシコ湾を飛び越えるとは驚きです。このあいだに消費するエネルギーは脂肪1.5グラムに相当するそうです(註1)
 ハミングバードは赤い色が好きで、砂糖水を赤い瓶に入れてつるしておくと、飲みに来ます。しかし、一般に信じられているように赤い花にしか来ないというのは誤りで、私の観察では蜜のありそうな花なら、どんな色の花でも万遍なく立ち寄っていきます。
 ついでながら、サンフランシスコの町中にも地味な色のハミングバードが数多く住んでいて、庭木のある所なら注意していれば、かならず見られます。
 また、カナダロッキーの周りを車で旅行した時のことでしたが、二度ばかり赤い頭のハミングバードを見たことがあります。美しい鳥達ですのに、一箇所にあまりにも多数いすぎるためか、仲が悪く常に喧嘩をしていました。
 最初見たのはバンフの近くで、胴が茶色。二度目はジャスパーから車で数時間西に向けて走ったときのことで、カナダロッキーの北をまわってバンクーバーに向かっていました。この時のは頭が赤でしたが、胴は真っ黒で最初のとは異なる種類と思いました。
 最近図鑑を丁寧に調べましたところ、色や分布図から判断して最初のはルファスハミングバード(註2)に間違いないようです。しかしいくら調べても、カナダロッキーにいて頭が赤のハミングバードは一種類しか見つからず、二度目に見たのも同じ種類だったようです。考えてみればジャスパーから車で走ったときは、天候が悪くハミングバードを多数見かけたときはまわりは霧で覆われていました。私の庭にくるハミングバードも天候によって全く違った色に見えることがあるのを思えば、二種類のミングバードを見たと思ったのは間違いだったようです。
 (註1)ハチドリの種のほとんどは体重が2〜9グラムだそうです。『世界大博物図鑑4鳥類』平凡社より。 
 (註2)ルファスハミングバード(rufous hummingbird) (http://www.portalproductions.com/h/rufous.htm

 栗鼠(りす)との知恵比べ
 渡り鳥といえば雁など群れをなして空高く長距離をゆく鳥のことを想像しがちですが、このあたりで見掛ける、雀ほどの小鳥でも春秋長距離旅行している種類が多くいます。そんな小鳥を観察するためのよい方法は、庭先に餌箱を取り付けることですが、餌箱を取り付けても、実際に小鳥が多く集まるようになるまでは一週間から十日はかかるものです。それは、餌箱の在り処を覚えた小鳥達が少しずつ増え、彼らが戻って来るのを待たなければならないからです。ここに来る小鳥を観察していると、ある季節にしか来ない鳥と、一年中来る鳥がいることがすぐに分かります。餌というのは、ひまわりの種、粟や稗(ひえ)に似た穀類、あるいは特殊な花の種などを混ぜたもので、大きな袋で売っています。
 小鳥が餌箱に集まるようになると、それを見逃さないのがリスで、餌箱をみつけるとその屋根に昇ぼってしまい、腹一杯になるまで退こうとしないので、鳥の食べ物はすぐに減ってしまいます。そこでリスに食べられない工夫がどうしても必要になるのです。
 最初は木から出来るだけ離れたところに、2m位の柱を建て餌箱はそのうえに取り付けました。リスが昇ぼれなくなるようにと柱の中間に笠のような仕掛もつけました。どうしても柱を昇ぼれないことが分かると、彼らはほかの試みを始めます。たとえば、近くの木の枝か電線から跳んで餌箱にたどり着こうとし、最初はうまく行かなくても何度も何度もやっている間に必ず成功してしまいます。
 どうしてもリスに勝てない私は、電気仕掛けでリスを追い払うことにしました。柱に裸電線を二本這わせておき、家の中に取り付けたスイッチを通して、9ボルトの電源に繋いでおきました。これはたいへんな成功で、最初のリスなど、前足が一本の電線に、後ろ足がもう一本の電線にさわった瞬間にスイッチを入れたものですから、あわてて降りてきて身震いを繰り返すやら、斜めに飛び上がるやら、それは長い間困惑していました。リスが9ボルトの感電でこんなにおかしな格好をするとは思ってもみませんでした。
 しかし次の週末までには9ボルトの感電など平気になってしまいました。そこで、電圧を20ボルトに上げたところ、かなり手ごたえがありましたが、最初の頃のようにはあわてなくなりました。それからまた一週間が過ぎた頃になると電圧が有ろうとなかろうと、なんの効果もなくなってしまいました。電線にさえ触らぬように注意して昇ぼってゆけばなんの支障もないことを悟ってしまったのです。どんなに電線の這わせ方を変えても、また餌箱の近くに電線の数を増やしても、電線には足を掛けないようにして昇ぼるようになりました。
  リスにはどうしても勝てません。

 白髪の老鼠
 十数年前のことになりますが、今の家に引っ越して気がついたのは、長雨があると地下室の壁の一部から水がしみだしてきて、コンクリートの床に僅かでしたが水が溜まることでした。
 これを防ぐためには、地下室の床に小さな井戸(直径約50cm深さ40cm)をほって、水が溜まると自動的に働き出すポンプをつけ、水をパイプを通して屋外へ流し出すようにしなければなりません。この工事を床に穴を開けるための削岩機などを借りてきて、自分でやりました。
 パイプを敷設するためには、地下室の天井近くの壁に穴を開けて、パイプを家の外から中へ通さなければなりません。レンガ2個分位の穴を天井近くの壁に開けるところまでやったとき、もう夜遅くになっていたので、そのまま作業を中断しました。そして翌日パイプを全部取り付け、穴もセメントで塗りつぶして仕上げました。
 その後数週間たってから、家族のものが家に鼠がいると言うのです。その頃まで、家の周りに野鼠が住んでいることなど気がつかなっかたのですが、穴を放置した間に数匹が家のなかに入ってしまったのでした。夜、地下室で電灯をつけたときなど、ちょろちょろとあわてて隠れる鼠を見かける様になりました。これはしまったと、専門の業者をよんで鼠退治の対策をしてもらったのですが、仕掛けられた毒入りのえさを食べる様子もなく、鼠取りに捕まることもなく、いつまでもちょろっと歩く姿に悩まされました。
 鼠といえば、学生時代、長い通学時間に困っていたときのこと、知り合いの方の好意で、無料で部屋を貸していただけることになりました。京都西陣の織物屋さんの二階で、広い空き部屋がいくつもあり、さっそくその一つに下宿させてもらうことになりました。ところがいざ住んでみると、昼は何台もの織物機からの音が耳を突ん裂くようなやかましさ、夜は夜で、真夜中に眼がさめると、枕元を何匹もの鼠が走り回っていました。おまけに石鹸が食われて一日に半分位なくなるのです。三日目には歯形だらけの石鹸も全部無くなったので、風呂屋にも行けなくなってしまいました。それで越してから一週間もしないうちに、引き払ってしまいました。
 そのときの鼠に比べると、この家の鼠は音もたてず、また台所で食物がかじられることもありませんでした。地下室の奥の方にコンクリートの打ってない部分があり、虫が出ることもありますので、鼠はその虫を食べて何年もいきていたのではないかと思います。4年位たってから、2匹の鼠がそれぞれ別の日に地下室のコンクリートに横たわっていました。しっぽを入れても7cm位の小さな鼠でした。
 さらに3年位経ったある日のこと、地下室の一室にある私の書斎にゆくと、ソファの上に3匹目の鼠が大往生(?)しているのが見つかりました。その鼠の姿が今も忘れられません。頭の毛と顎髭が真っ白になっていて、白髪と白い顎髭の老人を鼠にかえたような姿をしていました。

 のろまで声の大きい末っ子鳥
 ブルージェイという名の鳥がこのあたりには多く住んでいます。色も大きさも日本の尾長とよく似てはいますが、頭には冠があり、また尾はもっと短く、またより早く飛ぶように思います。私の家の南側の壁には外灯がついていますが、5月に入るとブルージェイがやってきて巣を作ろうとします。しかし細い枝を引っかけるところがないためか、何度試みてもうまく基礎が出来ません。そこで少し手伝うことにしました。それは30cm四方の浅い箱を外灯の笠の上に固定することでした。
 次の日には、雄雌で協力して太めの枝を探してきて巣の枠組みをこしらえ、つぎには細かい枝を差しこんで、巣の形ができてゆき、三日は仕上がってしまいました。巣が出来て一週間後までには小指の先くらいの卵を5個を生みました。まだその頃は、夜になると親はどこかへ行ってしまうので、低い踏み台を使うと巣の中を覗くことが出来ました。
 やがて雌が卵を抱き始めました。約二週間で雛がかえるのですが、雌は実に辛抱強く卵を抱き続づけていました。雄は手持ち無沙汰というのがぴったり、時々やってきては、どこかへ消えてしまいます。でも、そう見えたのは誤解で、本当は雌のために餌を運んできていたのかもしれません。
 雛がかえると雄は急に神経質になり人を襲うので近づけなくなり、窓から観察することになります。雛が小さい間は、雄雌両方共餌取りに出かけるものの、気温の低いときなどは、雌は主に雛の体温が下がらぬように座り込み、雄が餌をみつけてきて雌にわたし、雌が雛に食べさせるという人間とよく似たことをやります。雛が大きくなるにつれ、親鳥は両方とも餌を探すのに非常に忙しくなります。大抵は虫を探してきますが、一度出て行くと、どこで見つけるのか、10分から15分かかってやっと虫を一匹くわえてきます。5月の末から6月の初めは虫はごくわずかにしか居ないのでしょう。
 このように観察して驚いたのは、親鳥は雛の糞を掃除して巣の中をいつも清潔にしていたことです。親鳥は巣の上から中の方をのぞき込んでは、糞をみつけてはくちばしで取り出していました。
 雛が成長して巣立ちするまで僅か10日あまりです。6月10日頃の暖かなある日、仕事から早めに帰った私は、一羽の雛がいなくなっているのに気が付きました。庭を歩いてみると、近くの大きなカエデの幹を二本足で登ぼってゆくのが見つかりました。次の日には計4羽の雛が近くの木の中で過ごしていました。最後の雛だけは、それから二三日してやっと巣立ち出来たのです。
 最後の雛が巣から出る様子を見ることは出来ませんでしたが、私が庭に出たのは、すでに皆が移動を始めたときでした。親は離れた所から時々呼んでいます。それに答えるように、4羽の雛が木から木をつたわっていく様子がよく見えます。もう一羽の雛はと思ってみると、何本もの木の向こうから、ギイーギイーと鳴き声をたてながら、後を追ってゆきます。半時間もしない間に、どこかへ立ち去ってしまい、これがジェイの一家を見るのも最後のように思われました。
 それから、また10日ほど過ぎたある日のことです。庭の上を4羽の成長したジェイが一列に並んで通り過ぎました。これらは兄弟に違いありません。なぜなら大人になってしまったジェイは群れをなして飛ぶことはないからです。ただ、我家で育った鳥達かどうかはわかりません。それから3分か4分もたったと思われるころ、待ってくれーと言わぬばかりにギイーギイーと大声をたてながら、別のジェイが同じ方向へ飛んでゆきました。
 これで、なじみの兄弟であったことは、疑う余地がありません。この末っ子もすっかり成長しているのですから、他の兄弟と同じように行動出来るはずです。それなのに、大声で追いかけてゆくと言うのは、もう性格になってしまっているのでした。
 その一年後、もう一度だけジェイに巣を作らせてやりましたが、このときは全部の雛が次々に巣立ちするところを見るのに成功しました。一旦巣立ちすると決心した雛達は次々に巣から飛び降りるのですが、上手には飛べないので、壁にぶっつかったり、地上に身体をたたきつけるようにして着地します。それでもすぐに起き上がり、地上を走るように最寄りの木にたどり着き、またたくまに木の幹を昇ぼってしまうのです。その間、親は子供の間を行き来したり、野次馬の私共をおっぱらうのにおおわらわでした。このときも5羽でしたが、半時間もせぬ間に全部をどこかへ連れ去ったのでした。ちょっと挨拶して行ってくれたらと、一瞬寂しく思いました。

 水浴び
 庭に来る小鳥が、餌よりも何よりも喜ぶのが水浴びです。直径60cm深さ10cm位の大きな素焼きの皿を庭石の上において水飲み場を作っておくと、大小の鳥がやって来て水浴びをしては飛び去って行きます。小鳥達は別種の鳥でも何羽も一緒に入りますが、少し大きい鳥は自分だけで占領しないと我慢の出来ないらしく、こんなときは小鳥達は遠慮しなければなりません。また同じ種類でも先着の鳥の横に割り込もうものなら争いになるので、混み合うときは鳥達が近くの枝で水場が空くのを待っている様子がよくわかります。鳥の仲間でも、カーデイナルという真っ赤な鳥はなぜか水浴びをしません。
 水は一日でかなり減り、ひどく汚なくなってしまうため、毎日取り替えなくてはなりません。これは最初は驚きでした。あのように美しい鳥達が、どうしてこんなに汚ないのだろうかと。しかし考えてみると、鳥達は野外に住んでいるのですから、風が吹けば土ぼこりもかぶるでしょうし、人間以上に水浴が必要であっても不思議はないと気がつきました。
 烏の行水といいますが、彼らがやって来ると、小鳥達はもちろん私にも非常に迷惑です。烏が入ると水がたちまち半分位なくなってしまうからでもありますが、烏はその水で食べ物の「調理」もするらしく、あとに屑をいっぱいのこしてゆくのです。調理というのは少々おおげさですが、堅くなったパンをどこからか持って来て水に漬けることが主で、一度来始めると、当分の間毎日のように同じことを繰り返すのです。あるときなど引きちぎられた動物の肉や骨のかけらまで持ち込んで、何やらかき混ぜていったことがありました。そんな烏も季節が移って紅葉の頃になると南の国へ行くのか、ほとんど姿を消してしまいます。
 霜が降り、氷が張っては素焼の水入れが壊れてしまいますので、来夏まで水浴場は閉鎖になります。

 カナダギース(雁)
 私は30年前からこの地に住んでいますが、ここへ来た当時はカナダギースといえば絵で見ることしかなかったのに、10年位前からよく来るようになりました。確かに市内に人工の池の数が見違えるように増え、カナダギースにとって住みやすい場所になったのかもしれません。庭に降りて来ることは絶対にありませんが、夏の間なら多数集まっている池や湖を見つけることは簡単です。
 カナダギースは多数が「く」の字になって飛ぶ鳥の一種で、陸の上では地味な色ですが、空を飛ぶときは一羽一羽が非常に大きく見え、こんなに美しい姿は他にはないのではないかとさえ思えます。一度だけ20羽位が列をなして我が家の屋根のすぐ上を通り過ぎたときは、大きな声を張り上げて飛び去るのが一羽一羽はっきりと見え、立ちすくんでしまいました。一方、思いもよらぬときに頭の真上を飛んでゆくことがあります。たいていはこちらが車を運転している最中で落ち着いてみている暇がないのが残念です。

 傷ついた雛
 窓から何気なく外を見ると、ロビンが庭の石畳の上で、同じところをくるくる何度も回っていました。ロビンというのは、このあたりでは普通に見掛ける鳥で、背中は灰色がっかた濃い茶色、腹のほうがオレンジ色で、日本の山鳩より少し小さい位です。みみずを地面からひっぱりだすのが得意で、親鳥が雛のために運んでいるのをよく見ます。   どう見ても様子がおかしいので庭に出て近くまで行ったのですが、それでも逃げません。しかし羽は一人前の大きさなのに尾がひどく短く、顔も幼いところから、巣から出たばかりの雛とわかりました。初めて飛び立つときに、どこかに衝突をしてけがをしたのでしょう。
 親がいるのかなと思いあたりを見回したところ、やはり少し離れた木の枝から様子を見ていました。それも食べ物を口にくわえて。助けてやりたくても、親を知っている雛は、親以外から食べ物をもらわないので不可能です。しかたなく家にもどった私は時々窓から眺めましたが、雛は相変わらず苦しそうに、回ってはやめ回ってはやめ、をしていました。親鳥は日が沈んで真っ暗になるまで餌をくわえたまま雛を見守っていました。

 招かれざる客
 裏庭に来る動物には兎(茶色の野兎)、狸(註1)、ウッドチャク(註2)、オポッサム(註3)がいます。
 兎はかなり多く、春の終わりころになると、少なくとも親兎が2、3匹くらいと生まれたばかりのチビが3、4匹入れ換わり立ち替わりやってきて、私と悶着をおこします。といっても彼らが悩む様子はなく、いつも被害をうけて悩まされるのは私の方です。それは、朝早くのうちに、日本からわざわざ種を取り寄せて蒔いた三葉や、やっとの思いで手に入れたらっきょうの葉までむしり食べてしまうからです。そして初夏の暖かい日など、昼過ぎになれば手足を投げ出して庭のあちこちでごろ寝をするのです。そういう彼らの態度には我慢なりません。捕まえられるものなら一度懲らしめてやりたいので、近づいて行くと1mくらいまでは知らぬ顔なのですが、あとほんのわずかなところでちょっと移動するのです。彼らは人間の足をちゃんと心得ていて余裕綽々。一度は本気で追いかけてもみましたが、チビ兎でも私が勝てる相手ではありませんでした。
 狸はトウモロコシを植えない限り苦にはなりません。オポッサムは居ても居なくても人畜無害です。しかしウッドチャクはのっそりしていますが、大食いなので油断は禁物。この御仁が出没すると裏庭の野菜がみな消え失せるので、なんとかしなければなりません。そこで果物などでおびきよせて、篭に捕らえるように仕掛けをします。一日位放置しておくと、来訪者が捕まっています。そのときの態度が個性的で、ウッドチャクは「しかたないなー」という態度、オッポサムは寝たふり、狸はかんかんに怒って篭の中からにらみつけてきます。戦果が上ると篭を車にのせ、高速を走って川を渡り野原を横切り、何キロも先まで走ってから放してやります。
 それでも2月もすると、ウッドチャクがまたのっそりと現われるのは、ひょっとすると、誰かがどこかで捕らえたのを私の家のそばまで運んで来ては逃がしているのかも知れません。
 (註1)狸(raccoon,racoon)は日本の穴熊に相当します。毛は茶色で、縞が眼のあたりに、黒い模様がしっぽにあります。( http://www.geocities.com/~octodont/rwildpics.html
 (註2)ウッドチャク(woodchuck)。グラウンドホッグ(groundhog)とも呼びます。穴に住み冬眠します。冬に見かけたら春は近いといわれ、2月始めにグラウンドホッグデイという祭りがあります。これは冬眠しているウッドチャクをむりやり起こしてくるらしいです。奈良の「お水とり」とおなじで、グラウンドホッグデイが過ぎても、暖かい春の日はなかなか来ません。 ( http://www.vikingtrail.org/photopage/groundlog.html)
 (註3)オポッサム(opossum)は体の大きさが兎ほど、毛は白く、アメリカ大陸の東部に分布します。雌の腹には袋があって、生まれたばかりの子供はそこに入れて育てます。敵にあうと死んだふりをします。
http://www.opossum.org/, http://www.birminghamzoo.com/ao/mammal/opossum.htm)

 追記 
 家の周りの写真をデジタルカメラで数枚とりましたので http://rclsgi.eng.ohio-state.edu/~nakamura/garden/ にいれました。ガラーディアのつぼみができていましたが、花がさくまでにはまだ少しかかります。「あやめ」と「しゃくやく」が咲いています。egyptと題をつけましたのはエジプト葱の葱坊主です。ロビンの巣があった杉はjuniperをご覧下さい。


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