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モチ粥

佃 秀明

「ひであきィ、なんかさっぱりした物がたべたいねェ。」

「カアチャン、腹減ったのかい?」

仏壇の父の位牌に供えた御飯があった。

「これでお粥でも作ってあげようか?」

「ああ、いいねェ。」

「具は何入れる? シャケでも焼いて、パラパラっとふりかけてやろうか?」

「いいや、塩をちょびっとひとつまみかけてさ、後は梅干しでもあればいいよ。」

「ガス台はこの上にあるんだってさ。俺ちょっと作ってくるからおとなしく待ってるんだよ。」

学校の体育館は、ちょうど昼時で大勢の人たちが列をつくって並んでいた。私はその人たちをかきわけ二階に上がった。母は、眼下で車イスに小さな体をちょこんと腰掛け、私を見上げていた。私は母に手を振った。母もちょっと手を上げた。給食待ちの人たちは私の前にもたくさん並んでいた。そして私の後ろにもあっという間に列ができた。私の前はなかなか先に進まない。私は、手に持ったスプーン二杯ほどの御飯の量を見て少し不安になり、階下の母に尋ねた。

「カアチャン、これでほんとに足りるのかい? いくら水加減を増やしたって、たいした量にはならないよ。」

母は、ニコニコして

「それじゃ、うちの冷蔵庫にモチがあるから、それを一つ入れておくれよ。」

私は、ああ、また母のわがままが始まったと思った。家にモチを取りに行けば、戻ってきた時は、列の一番後ろに並ばなければならない。それだけ余計な時間がかかる。しかも、私の方もだんだんおなかが空いてきており、母の食事を作り終えてからでは給食の時間が終わってしまい、私は昼食にありつけない。私は、母に腹を立てた。

「カアチャン、なんでもっと早くにモチを入れろって言ってくれないんだよ。こんなに人が並んじゃってからじゃ、身動きとれないじゃないか。モチを取りに行って、戻ってきてまた一から並んだら、時間がかかっちゃうよ。」

私が上から怒鳴ると、母はすまなそうに、寂しそうにうつむいた。その姿を見た時、私はハッとして我に帰った。

もう私の母はこの世にはいないのである。そろそろ一周忌が来る。なのに母は毎晩のように夢の中に現れる。私が母を忘れられないのか、母が寂しがり、私に会いたがって夢に現れるのか私には分からない。「親思う心に勝る親心」と吉田松陰は言う。親は、生きている間だけでなく、死んでも子供のことが心配なのだろうか。そして、どこかから見守ってくれているのだろうか。

 「親が生きている間に孝行しておけよ。」

よく人生の先輩たちにこう言われたものだった。けれど、私には親孝行は面倒臭いだけのものだった。生前、心臓病で寝たきりの母は、わがままで、甘ったれで、私はそんな母によくカンシャクを起こした。でも、もう母のわがままを聞いてあげることもできない。

「ごめんよ、カアチャン。わがままなのは俺の方だったよ。」

夢から覚めて、私は母に詫びた。

その朝、私は早く起きてモチ粥を作った。そして、それを母の仏前に供えた。


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