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緑のじゅうたん(天使の修業その5)

荻野誠人

 ピコエルとテラエルはまたいつもの部屋に呼び出されました。
 二人が待っていますと、突然部屋の真ん中に炎の竜巻が現れました。ピコエルはびっくりしましたが、テラエルは平気な顔をしています。竜巻が消えると、そこには戦いの天使が立っていました。少しやせていますが、背はテラエルと同じくらい高くて、りりしい顔つきをしています。
 「先生、ピコエルが腰抜かしてます。たまには普通に登場されては、いかがでしょうか」
 とテラエルがニヤリとして言いました。
 「う〜ん、いつもこうやってるから、普通の入り方を忘れちゃったよ」
 と笑みを浮かべました。ピコエルは、戦いの天使様さえ冗談を言うのか、と少し驚きました。
 「さて、ピコエルも、まずこれを見たまえ。祈願文というやつだ」
 と天使が言うと、手紙のようなものが拡大されて宙に現れました。

  神様
  最近、村の山にかいぶつが住みつきました。かいぶつは私たちをおそいます。私たちは山に入ることができず、困っています。どうかお助けください。
  イースター村 村長ロン 村人一同

   「村の教会に出されたものだ。怪物、ということなので、今回は私が担当することになったわけだ。普通の祈願文に天が動くことはないのだが、怪物が悪魔である場合は放っておくわけにはいかない」
 「村人を襲う、なんて、悪魔もずいぶん古くさいこと、やりますね」
 「そうだ。神話や民話じゃあるまいに。悪魔ではない可能性ももちろんある。 君たちが行くことは村長に夢の中で知らせる。村はずれのお地蔵さんのところで待っていれば、迎えに来てくれるようにしておく。
 テラエル、怪物が動物なら保護すること。人間ならけがなどさせずに追い払うこと。もし悪魔の仲間で、襲ってくるようなら戦ってもいい。初めての実戦になるが、今の君なら勝てるはずだ。村人を襲うような悪魔なら、たいした奴ではないだろう。
 ピコエル、君はこういう危険な状況での修業を望んでいるそうなので、特別に同行してもらう。君はまだ戦いをほとんど学んでいないので、今回は安全な所から見ていること。そして、テラエルが、身につけた力を適切に使うかどうか、見届けてくれ。ちょっと力がつくと、やたらとそれを使いたがるおっちょこちょいが出るものだからな」
 「お目付役どの、お手柔らかに」
 テラエルは笑みを浮かべながら言いました。

 翌朝、お地蔵さんのそばで待っている二人を村長たちが迎えに来ました。村長の夢の中で二人は神様の命令を実行する霊能者と紹介されていました。村へ着くと、すぐに村長の家で寄り合いが開かれました。村人は争うように大声で訴えるのでした。
 「緑色のでっかいお化けです」
 「そいつのせいで山に仕事に行けません」
 「枯れ枝や木の実やキノコが採れないんです」
 「沼の近くで襲われて危うく逃げ出しました」
 「ご覧の通りの貧乏な村ですから、困っております。どうか一日も早く退治してください」
 村人たちはみんなやせていて、服も粗末でした。確かに貧しいんだなあ、だから必死なんだなあとピコエルは思いました。テラエルはこう答えました。
 「分かりました。とにかく、まずは怪物がよく出るという沼へ行ってみます」
 テラエルとピコエルは地図をもらい、村長たちに見送られて山に登っていきました。日の差し込まない深い森です。いい香りのするさわやかな空気を吸い、落葉で弾力のある地面を踏みしめながら歩いていきました。「いい森だなあ」とピコエルは仕事を忘れて思いました。今回はそばで見ていればいいので、気が楽でした。テラエルを横目で見ると、いつもと変わらない穏やかな表情です。たいした奴だな。ひょっとすると命がけになるかもしれないのに。それでもテラエルはしだいに気持ちが盛り上がってくるのを感じていました。悪魔と初めて対決するかもしれないのです。さすがにいつもとは少し違う気分でした。「さあ、修行の成果をご覧くださいってとこですかね」
 二人は沼までたどり着きました。周囲を森に囲まれた、日の当たらないどんよりとした大きな沼です。ひっそりと静まり返っています。二人は少し離れて岸辺に立ちました。
 テラエルは早くも何かを感じ取ったようで、水面を見つめています。突然、ザ、ザーッという水音とともに岸から少し離れたところの水面が盛り上がり始めました。ピコエルはびくりとしました。緑色の巨大なものが姿を現しました。正面から見ると、親指の先のような輪郭で、全身長い毛のようなものでおおわれていて、顔も手も見えません。ピコエルは、みぞおちが痛み始め、胸が苦しくなってきました。逃げてたまるか、と怪物をにらみつけました。
 怪物は二人にゆっくりと近づいてきます。テラエルの倍以上の背丈がありそうです。こんな巨大な奴なら、初陣にふさわしいぞ。テラエルは左足をすっと前に出し、両手を胸のあたりにあげました。すると、両手が金色に輝き始めました。 ピコエルはそんなものを見たことがありません。「おお、ついに戦うのか」。怪物は立ち止まりました。そして、ゴロゴロ、ガラガラ、ドロドロと雷のような音を出し始めました。でも、それは二人の心にはこう聞こえたのです。
 「お前は誰だ」
 「僕はテラエル。あちらはピコエル。君は誰だ」
 「おお、お前は私の言葉が分かるのか。久しぶりだ。ありがたい。私は・・・ ヤマジョウズという」
 「僕たちは天界から来た。君は悪魔か、悪魔の仲間か」
 「悪魔? それは人間の一種だろう。私は人間ではない。人間が生まれるずっ と前から生きている」
 「何だって。・・・では、なぜ人間を襲うのだ」
 「襲う? そんなことをした覚えはない。ただ、通りがかりの人間と話そうとしたことは一度あるが、その人間は恐れて逃げてしまったのだ」
 二人はヤマジョウズと名乗った怪物を信じました。言葉と違って、心で話をする時は、うそをつくことは出来ないのです。テラエルの手から金色の光が消えました。ピコエルはほっとして、大きなため息をつきました。テラエルは頭を下げ て、
 「失礼しました。では、なぜ最近この山へいらっしゃったのですか」
 「前に住んでいた山を人間に荒らされたからだ。木を全部切り倒された。私は大人しくそこを引き上げた。そしてとりあえずここにとどまっている。とにかく私は生きていたいだけだ。お前とも争う気はない」
 「分かりました。では、最後にうかがいます。あなた様はどういう方ですか」
 「・・・さあ。分からない。私は私だ。・・・人間は私を山の神とか、山の精とか呼ぶこともあるようだが・・・」
 テラエルは天に向かって呼びかけました。
 「神様、僕の手に負えない問題のようです。どうかお助けください」
 すると間もなく天界から7、8人の天使が降りてきました。天使たちはヤマジョウズを取り囲むようにして水面から1メートルくらいのところに止まりました。そして、うやうやしい態度で頭を下げると、話し合いを始めたようです。ピコエルとテラエルはそれをただ眺めていました。しばらくすると天使たちといっ しょに緑色の巨体が空へ上昇し始めました。「礼を言うぞ、未来の天使たち」という声が二人の心の中にとどろきました。天使と怪物が空の彼方に消えると、沼は静けさを取り戻しました。

 二人は村に帰って、怪物が立ち去ったことを告げました。村人は二人がびっく りするほど喜んで、宴会を開こうとしましたが、二人ともあの怪物が何となく気の毒な気がして、祝ったりする気になれませんでしたので、次の用事があるからと、ていねいに断って村を出ました。
 天界に帰った二人はヤマジョウズがどうなったのか戦いの天使に尋ねました。すると、人間に開発されることのない山奥へ移ってもらったということでした。

 しばらくして、二人はまた戦いの天使にいつもの部屋に呼ばれました。天使は口元に妙な笑みを浮かべていました。目の前に映画のスクリーンのようなものが浮かんでいて、怪物と出会った山が上空から映っています。二人は目を見張りました。緑のじゅうたんが引きはがされているのです。大勢の村人がアリのように忙しそうに働いていました。数多くの切り株が日光に光って見えます。二人は茫然としていましたが、そばの椅子にどさっと座り込みました。
 「怪物を追い払うのは、木を切るためだったのか。・・・初めに何も言ってく れなかったよな」
  とピコエル。
 「うん。・・・でも、うそ、ついたわけじゃないし、言う義務があったわけで もない。それに・・・僕たちが帰った後で、怪物がいなくなったことが知れ渡って、木を切る話が持ち込まれたのかも」
 「なるほど。でも何のために、あんなに・・・。お金か」
 「そうだろう。あの村はとても貧しそうだったからね。木が切られるのを見るのは悲しいけど、責めることは出来ないか・・・」
 「まあね。・・・人助けの結果が、あれか。・・・貧乏ね・・・」
 「修業、やってると、毎回、本当に勉強になるね」
 ピコエルも同感でした。
 「でも、天使様、あんな調子では、結局いつかヤマジョウズも住むところがなくなるのではありませんか」
 ピコエルは心配になって尋ねました。天使は皮肉な笑いを浮かべて言いました。
 「大丈夫だ。そこまで森を切る前に、人間が滅ぶから」

2008・6・24


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