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ミッドナイト・コール

佃 秀明

モシモシ、あたし、です。ごめんなさい、こんな遅くに・・・。寝てた? 寝てた、わよね、こんな時間だもの。ごめんなさい、本当にごめんなさい。どうしても誰かと話がしたくて・・・。迷惑だってわかっているの。それでも今日、あたし・・・。今日ばかりはどうしてもあたし、淋しさに耐えられない。甘ったれてるわよね。でも、どうしようもなくて・・・。お願い、五分でいいの、五分間だけ、あたしとつきあって、あたしの相手になって。そしたら、気が休まって、寝つけるかもしれない。勝手よね、あなた起こしちゃって。今度はあなたが寝つけなくなるかもしれないのに・・・。

たまらないのよ。今日はホントに心が疲れてるの。淋しがってるの。どうしたのかって? 何もないのよ。何もないから辛いのよ。別に仕事で嫌なことがあったわけじゃないの。誰かとケンカしたのでもないの。この部屋にひとりでいると、どうにかなりそうで怖いのよ。お前らしくないって? そうよね、いつもガチャガチャにぎやかなあたしがガラでもないわよね。でも、こんな夜だってあるわ。

さっきまで泣いてたの。どうしてここにあたしが一人でいるんだって。みんなから忘れられちゃったのかしら、なんて思ったら、たまらなく悲しくなって、涙が出てきて・・・。バカみたいよ、こんなことで泣くなんて・・・。自分をもっと強い女だと思ってたのに。

今日、八時に帰ってきたの。それから、お部屋暖めて、お湯沸かして、テレビつけて、洗濯物取りこんで、そして、夕ご飯の支度始めて。一時間くらいしてから、テレビ見ながらご飯食べたわ。いつもそうなの、まっすぐ帰ってきたときはね。でも、今日だけはダメだった、耐えられなかった。とてもこんな生活、気がもたなくなっちゃったのよ。どうしてここであたし一人がボソボソとつまんないご飯食べてるんだろうって、やりきれなくて。

あなた分かる? ねぇ、ひとりぽっちの部屋でご飯食べる淋しさって分かる? この虚しさ惨めさ分かる? 女が一人でご飯食べている不気味さ想像したことある? そういうときの淋しさってね、冷えているのよ、いくら口に物を入れても心があったまらないのよ。ご飯食べてる唇がだんだん震えてきちゃって、涙なんか流れ出して、部屋ってこんなにも冷たいものなのかって、あたしを突き放して見ていて、包んでくれないのかって。一人でご飯食べてるあたしをジーッと監視してる静かさにイライラしてきちゃって、壁にお箸投げつけて暴れたわ。

あたしずっと我慢してた。独立して、一人になれば何でもできる、自由になれるって、ずっとそう思ってた。そりゃあ、始めのころは楽しかったわ。お部屋の家具揃えたり、カーテンつけたり、インテリアの本なんか買って夢を描いてた。みるみる部屋の中がきれいに変わってくと、あたしの小さなお城なんだって、とっても嬉しかった。静かで、他人との余計な会話もせずに済んで、解放気分に浸ってた。この部屋だけが、社会や人間関係のわずらわしさからあたしを救ってくれるんだって。だから、自由になりたくて、会社が終わると寄り道もせずに飛んで帰ってきた。でも、部屋って黙ってるのよね。あたしが帰ってきたって何も言ってくれないのよ。ドアを開けたとたんヒヤッとした冷たい空気が抜けて、真っ暗で人の温かみがないの。そんな玄関で「ただいま」って言うあたしの疲れた声だけが響いてた。

それからあたし、まっすぐ家に帰るのが嫌になっていったの。人恋しくて、町をブラブラして、用もないのにブックストアや二十四時間スーパーに立ち寄ったりして、この部屋を拒否してた。友達や会社の同僚から誘われれば必ずつきあったわ。でも、毎日そんな誘いがあるわけじゃないし、たまにはつきあいに疲れて部屋で一人になりたいとも思ったわ。やっぱり誰にも束縛されない自由っていいなぁって。でも、今のあたしはこの自由からも自由になりたい。

九時、十時、十一時くらいまでならいいの。洗濯したり、食事の後片付けしたり、アイロンかけたり、そうやってからだ動かして何かしてるときなら忘れてられるの。でも、それがみんな終わって、しばらくたつと・・・。本を読んでも同じ行ばかりで先に進まない。テレビつけてドラマ見てても昔みたいに感動できない。お笑い見てても笑えない。テレビの中の人達がゲラゲラ楽しそうに笑ってると、「どうしてそんなに面白いことばかりあるの」ってひねくれちゃって・・・。なかなか寝つかれないとき、お酒飲んだりしてまぎらわせてみたりするけど、よけい淋しくなっちゃって、どんどん自分を惨めに感じちゃって泣き出してしまうの。なんか一人でここに閉じ込められてるような、置き去りにされてるような・・・。誰かあたしの存在に気づいてほしい。

十二時、一時過ぎて、だんだん外も音が少なくなってくと「もうイヤッ!」て声をあげたいくらい息が詰まってしまうの。淋しさに震えているあたしがどうにも可哀想で可哀想で、だけどあたしはそんなあたしに何もしてあげられない。自分で自分を救えないもどかしさって分かる?とっても悲しいのよ、辛いのよ、言葉なんかじゃ言い表せないのよ。自分が愚かで、切なくて、苛立たしくて、虚しくて、やりきれなくて、だけど愛しくて、ゴチャゴチャなのよ。今のあたしは、ギリギリのところで精一杯ツッパッて自分を持ちこたえてるんだわ、きっと。だからいつも何かにイライラしてる。満たされないのよ。こんなに悲しい惨めな女はこの世の中にあたししかいないって思えて、さっきは涙が出てしかたなかった。今日は誰かに慰めてもらいたかった。いえ、そうでなくても人の声を聞きたかったの。あたしに反応してくれるものがほしかったの。一人でいることを忘れさせてほしかったのよ。

あと五分したら、あと十分したらって、あたしは時計を気にしながら電話を待ってた。十一時過ぎて、もう今夜は誰からもかかってこないかもしれないって、がっかりしながら、それでも宵っ張りの誰かが退屈しのぎの相手捜して電話くれるかもしれないとか、やっぱりあたしのような淋しがり屋ががまんしきれなくて、あちこちに電話しまくってもみんな留守で、最後にあたしのこと思い出して電話くれたら、なんて期待してた。今日こんなに淋しかったのは、世界中であたし一人だったの? ほかの人達はみんな楽しく過ごしてたの? あたし一人取り残されて、忘れられてたの? 淋しさのどん底で「今日だけはお願い、誰かあたしに電話かけてちょうだい!あたしを助けて、一人にしておかないで!」って、指の骨が折れそうなくらい両手を重ね合わせて、心の中で叫び声あげて祈ってる気持ち分かる?

仕方なくこっちから電話すれば、忙しそうにうるさがってサッサと切ったり、誰とどこを遊び歩いてるんだか留守番電話になってたり・・・。なによ、あたし一人ほったらかしで! いつもあたしはみんなの相談受けたりして、励ましたり慰めたりしてきたわ。なのにあたしのときは誰も助けてくれないのっ?

今日だけは気が狂いそうだった、とてももちそうになかったの。まるでこの部屋は牢獄だわ。こんな淋しい部屋にひとりぽっちでいるあたしはいったいなんなのよ! あたしを縛ってるものすべてを投げ捨てて、淋しさから自由になりたい。こんな淋しさを味わわなきゃならないのが悔しくてたまらない。この淋しさは何かの罰なの? あたしが何をしたっていうの? なんでこんな思いをしなきゃならないのよっ! 大人にもなりきれない、子供にも戻れない、中途半端な女の二十九才ってどうしてこんなにつまんないのよっ!

どおして男の人って、都合のいいときだけ女を求めて、好きなことしたいときは知らん顔するの? 女が待つ辛さに耐えてるの考えたことあるの? 勝手よ、男なんて、みんな勝手よ!

涙流して、鼻水垂らして、喉が詰まってご飯ポロポロこぼして、そんな醜態、男の人には見せられないわ。綺麗にお化粧して、オシャレして、ふだん男の人たちに見せてるあたしとは違うあたしを知られたくない。だけど、女が一人で悲しんでるのをもっと男の人たちが分かってくれたなら、女はずっと救われるのに・・・。強がって生きてる女にだって、ときにはそんな辛い夜があるんだってことを分かってほしい。強がらなきゃいられない女の仮面の裏にあるものを知ってほしい。女の傷ついた心を分かってくれた上で、やさしく抱きとめてほしいのよ。

もうあたしは、人前で大人を演じ続けることに疲れちゃったのよ。他人から子供扱いされたくなかったために、ずっと無理してきたのかもしれない。自分を良く見せようとしてきたのかもしれない。誰かあたしを甘えさせてくれる人に出会いたい。その人の腕の中で力を抜いて休みたい。一人でいいから強がりを言わずに済む人がほしい。ありのままのあたしを「いい」って言ってくれる人がほしい。あたしの重い荷物を一時でも降ろしてもらいたい・・・。一人くらいいたっていいと思わない? そんなカッコイイ男いたっていいじゃない。素顔のあたしでいたいのよ。

モシモシ・・・? モシモシ・・・? なんで黙ってるの? なんとか言ってよ・・・。モシモシ、モシモシ・・・。モシモ、シ・・・。あたし、しゃべりすぎたかしら・・・?ごめんなさい・・・。今日のあたし、とってもナーバスになってるの。精神状態が不安定になると、誰かに電話したい、声が聞きたい、その気持ち、今夜だけはどうしても抑えられなかったの。辛かったのよぉ・・・。怖いのよ、ここに一人でいるのが。だからってこんな夜遅い時間に出歩くわけにもいかないし・・・。あなたとのおしゃべりが途絶えちゃったら、この部屋には時計の音しか聞こえなくなっちゃうのよ。カチカチという音は不気味なのよ。お願い、怒らないで。またあたしを一人で泣かせないで。あなたに怒られるともっと淋しくなってしまう。

もうみんな眠っちゃったのかしら? この静かさがたまらないの。あたしは眠れない。起きてるのも怖い。このままこんな状態で朝を迎えたら、気がおかしくなってるんじゃないかって。あなた眠るのが怖くない? もしかして明日の朝起きれなかったら、ずっとこのまま何日も起きれなかったらって考えたことない?

ねえ、寒くない? ここはとっても寒いわ。心が寒がってるから、身体まで冷えちゃうのね。モシモシ、聞いてる? モシモシ・・・? モシモシ・・・? やだ、眠っちゃったのかしら? モシモシッ! あたしがこんなに孤独に苦しんでるっていうのに、よく平気でサッサと眠れるわねっ!なんの悩みもないんだわっ。あなたなんかに独り暮らしの女の淋しさが分かるわけなかったんだわ! そうよ・・・。分かるわけなかった・・・。あなたは今、幸せなんだもん。

こんなふうにあなたに泣き言言ってしまうなんて、正体見せてしまうなんて・・・。手の内見せたら男に負ける、甘く見られるとずっとツッパッて生きてきたのに、今日ばかりは淋しさに負けてしまったわ。

あたしは淋しさから逃げて、自分をごまかして、楽しいことばかり追いかけて今日まで生きてきたのかもしれない。一時的に自分から逃げても、こんな状態は何度も襲ってくるの。どうしたらあたしの心は本当に満たされるのか、安らげるのか、今のあたしには分からない。あたしは本当の自分を見つめるのを恐れてたのかもしれない。変わりたいと思いながら、それを恐れて無意識にブレーキをかけて生きてた。今まで築いてきたものを、変わることで失うのが怖かった。自分の弱さを認める勇気がなかった。他人から「カッコイイ」と賞賛され、うらやましがられてる自分を夢に描きながら、今のあたしは本当は何をしたらいいのかハッキリつかめない。夢に自分が追いつけない。どんな自分になりたいのか分からない。「こんなはずじゃ」という思いをいつも心にぶら下げて生きてくのは辛い。そんな言うに言えない女心をあなたに聞いてほしかった。

いいわ、あなた眠っても。眠らせたげる。あたしは独り、綺麗なインテリアに囲まれてこの夜につきあってくわ。



プツン、ツー・ツー・ツー・ツー・ツー・・・・・・


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