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強者の信条

荻野誠人

 ラジオである有名な国際ボランティアの活動家が自分の体験を話していた。私は本や書類の片付けをしながら、ぼんやりとその話を聞いていた。特に面白いとも思えなかったが、やがてその人が自分の信条を語るところでこう言った。「挫折するのは構わないんです。仕方ないんです。でも、挫折から立ち直れないのはだめなんです。」

 ああ、またか------。この人もこんなことを言うのか------。

 この活動家は経歴を聞いていると、非常に献身的で、立派な人のようである。私など足元にも及ばない。だが、人間についての理解はどうなのだろうか。

 「挫折から立ち直れないのはだめ」という言葉を聞いて、傷ついた人もいるのではないだろうか。立ち直れないのは、確かにいいことではないだろう。誰もが再起したいと願うものである。しかし、どうしてもそれが出来ない人も沢山いるのだ。一つは不運のせいである。もう一つは本人の能力不足や精神の弱さのせいである。運の悪さはどうしようもない。まさかそういう人たちまで批判しようというのではないだろう。だから「だめ」と言われるのは後者の人たちだろうか。しかし、その人たちだって自分の力の限界まで精一杯努力したかもしれないのだ。能力不足や精神の弱さの原因が、その人の生まれつきの素質や、本人にはどうしようもない幼児期の環境などである場合だってあるのではないか。

 ラジオの活動家はおそらく何度も挫折を乗り越えてきたのだろう。強い人なのだろう。その精神力がこれまで多くの人を助けてきたのだとも思う。その人の目には、立ち直れなかった人の努力など取るに足りないものと映るのかもしれない。

 だが、人間はその活動家のような人たちばかりではない。悲しいことだが、力のない人も沢山いる。そしてそれは本人のせいとばかりは言えないのだ。そういったことをわきまえていれば、あの発言はもっと温かい、傷つき疲れた人を励ますようなものになったはずだ。

(1997・4・29)


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