言葉の力

荻野誠人

 「後悔」−−−誰もが使う言葉であり、その言葉の表す気持ちは誰もが経験するものである。
 ところで「後悔」の反対語は何だろう。
 「後悔」が「ああいうことをしなければよかった」という思いなら、その反対語は「ああいうことをしてよかった」という思いを表すのだろうが、どうもそういう意味の日常よく使う熟語は存在しないようだ。それはなぜなのだろう。まず思い浮かぶのが、人は後悔ほど頻繁にそういう思いを抱かないからという理由である。確かにそれほど生じないものなら、それを表す言葉が存在しないのも無理もない。だが、本当にそうなのだろうか。「ああいうことをしてよかった」という思いは後悔に比べれば少ないかもしれないが、それでもけっこう抱くのではないか。
  「若い頃に体を鍛えておいてよかったなあ」
  「あの学校に入ってよかったなあ」
  「友達を大勢つくっておいてよかったなあ」
  「親の言う通りにしなくてよかったなあ」
  「20代で貯金しておいてよかったなあ」
  「この人と結婚してよかったなあ」
  「真面目に仕事して知識や経験を蓄積しておいてよかったなあ」
  「子供とよく遊んでやってよかったなあ」
  「早めに病院へ行ってよかったなあ」
 このようなしみじみとした幸福感は誰もがしばしば味わうものだろう。ならば、それを表す熟語があってもおかしくないように思う。いや、あった方がいいのだ。あれば、その言葉が大きな力を発揮する。
 その熟語を仮に「後悦」としておこう。こういう言葉があれば、「あれをしてよかったなあ」という気持ちが簡潔に明確に表現出来る。すると、今までよりも一層幸福な気持ちが強まるはずである。しかも、それまで気付いていなかった自分の賢明な行いを多く発見して、思わず笑みがこぼれるようにもなるはずだ。また、「後悦」できるような生き方が皆に意識されるようになって、そうなれるように日頃の生活態度を改める人も少なからず出てくるだろう。「後悦」という言葉一つで人生がずいぶんと明るく、幸福になるのではないだろうか。
 「後悔」という言葉が人生をつらいものにしていることを思えば、それを中和する言葉があってもいいだろう。私がテレビタレントか何かだったら、「後悦」を広めるところである。

07・11・2


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向井