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恋人ロボットの登場

荻野誠人

  今年(2009年)、草食男子(草食系男子)と呼ばれる若者が注目された。大人しく、優しくて、特に恋愛に積極的でないのが特徴だそうである。恋愛に消極的な理由は、色々あるのだろうが、テレビや週刊誌などによると、恋愛を面倒だと感じるようになった、恋愛で傷つくのを恐れるようになったということらしい。
  恋愛するのにも、相当なエネルギーや精神力がいるのだろう。意中の人に何とか自分の気持ちを伝えたり、知恵を絞ってデートの準備をしたり、相手の反応に一喜一憂したり、相手の気まぐれに振り回されたり、挙げ句の果てにぽいと捨てられたり・・・尻込みする若者の気持ちも分かるような気がする。と言っても、昔から草食でない男性はそういうものに堪えて乗り越えてきたのだが。最近ますます若者の元気がなくなり、繊細になったということだろうか。人工的な環境で保護されて育てば、そうなるのかもしれない。いずれにしても、私は彼らを批判するつもりはない。別に周囲に迷惑をかけているわけではないのだし、個人の生き方だと思うから。
 
  さて、先日テレビであるロボットを見て、ちょっと驚いた。そのロボットは製作者の科学者に瓜二つなのである。しかも目や口が動き、自然な表情も浮かべることができる。並んで椅子に座っていると、どちらが本物なのか、区別がつかない。
  さすが世界最高のロボット先進国、ニッポン、と感心したが、同時に、これは、将来、人間そっくりのロボットが人間と肩を並べて活躍する世の中が来るだろうなあ、という気にもなった。例えば『鉄腕アトム』の世界のような。
  そこまで想像すると、先ほどの草食男子が思い出されて、妄想が一気に広がっていった。そういう世の中では、お客の好みに合わせて製造される恋人ロボットも登場しているに違いない。「彼女」は恋愛が面倒な男性からは引っ張りだこになっているだろう。なぜなら、お金さえ払えば、何の苦労もなく、その日から理想の女性が自分のものになるからである。外見は、美女や可愛いロボットが圧倒的に多くなり、中身は、親切で素直で、いつも褒めたり励ましたり笑わせたりしてくれるような・・・要するに性格のいいロボットの注文が多いだろう。(ついでに自分の代わりに働いてくれるロボットだとさらにいいが)。このような恋人と夢のような毎日が送れるようになるのである。今でもすでにアニメの女性に恋をして、それで満足する男性もいるらしいが、それはひょっとすると遠い将来、恋人ロボットを愛する男性のはしりなのかもしれない。
  それに比べて、本物の女性ときたら、なかなか自分の理想に合う人はいないし、自分の思い通りにはならないし、傷つけられたり怒らされたり、つらい思いをすることも少なくない。(もちろん女性の方からも、全く同じ不満がぶつけられるだろう)。おまけにいつふられてしまうかも分からない。人間と見分けがつかないのなら、ロボットの方が楽でいいという気持ちになる人がいても不思議ではない。結婚しないで、一生恋人ロボットと過ごそうという人さえ出てくるかもしれない。 (子供のことが気になるだろうが、恋人ロボットが登場しているような世の中なら、人工的に子供を産んで育てるシステムも出来上がっているだろう)。

 では普通の恋愛や結婚と恋人ロボットとの交際とを比べてみると何が違うのか。
 生身の人間との交流では、異質な者同士の組み合わせだから、誤解や喧嘩といった衝突は免れないし、ある程度自分を変えずにはいられないだろう。組み合わせが悪い場合は、交流は解消されてしまい、時間もエネルギーも無駄になる。しかし、異質な二人が、一人では決して創れなかった新しいものを協力して創り上げることもできるだろう。その過程で二人は学び、成長するだろう。
  ロボットとの交流では、何しろ相手が最初から理想の女性で、完全に自分に合う存在だから、自分が変わる必要は全くない。相手を理解するとか、相手の欠点を受け入れるといった努力も必要ない。いわば「裏返し」の自分と付き合っているようなもので、相手と手を携えて何か新しいものを創ることはないだろう。「理想の女性」と言うときの「理想」は、言ってみれば単なるわがままのかたまりなのだから、そういう女性といっしょにいても、自分のわがままが通用するだけで、自分は成長しない。しかし、幸福感はいとも簡単に味わえる。しかもそれがずっと続くのである。
  そんなものは、生身の女性と苦労の末に味わう幸福感に比べれば、次元が低い、価値が低いという意見もあるかもしれない。しかし、幸福感にそんな差があるのかどうか客観的には分からないだろうし、「自分の価値観を押しつけるな、余計なお節介をするな、自分はこれで満足なんだから」と反発もされそうである。しかも、苦労せずに幸福感が味わえるという点は大きな魅力のはずだ。大昔から、人は、より便利に、という目標を掲げて文明を進歩させてきた。今も人々はより便利な製品やサービスに飛び付いている。人は便利なものが大好きなのである。だから、恋人ロボットで味わえる便利な幸福感の方に軍配を上げる人は少なからずいるはずだ。冒頭の草食男子が全員そうだとは言わないが。

 私は、生身とロボットの女性との恋愛のどちらがより優れているか、より正しいか、といったことは言うつもりはない。何しろ片方は、実現するとしても遠い将来になる、単なる妄想の世界のことだから。ただ、こういう突飛なことを空想してみることで、恋愛や結婚の一つの側面に光を当てることは出来るかもしれないと思ったのである。草食男子諸兄の中で気にさわった人がいたら、お許しを願いたい。

 2009・12・11

 


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