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霧雨

荻野誠人

 霧雨が梅雨空をためらいながらおりてくる夕方、人通りのほとんどない住宅地の道で黒い服の女性を追い越しました。
  「リュック、開いてますよ」
  と張りのある声が呼び止めました。私は傘をさしていませんでした。
  「あ、どうもご親切に」
  中年のにこやかな女性にこちらも笑顔で会釈しました。
  リュックの口を閉めて歩き出した私はふと、大昔の中学時代、手に持ったセーターが地面を引きずっているのを注意してくれた女の人を無視して歩き去ったことを思い出していました。「いいのかな」という力の抜けたつぶやくような声が耳によみがえってきました。
  記憶の底に眠っていたことすら意外な出来事でした。その時初めて苦い思いがこみあげてきました。

2003・6・24
                


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