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自然界に学ぶ組織論 金魚の場合

河合 駿

 夏。丹後半島でのキャンプファイアーは実に楽しいものでした。空には満天の星が眩いばかりに輝き、こんなにもたくさんの流れ星があるのかと、しばし宇宙の華麗な演出に酔いしれてしまいます。
 その帰り道、余目(あまるめ)鉄橋を越えたあたりで、“錦鯉あります”の看板が目に付きました。「ちょっと寄ってみよう」ということで養鯉場に入ると、大きな生簀の中で、これはまた金襴緞子を着たお姫様たちが優雅に泳いでいます。大きな鯉は値段もそれ相応なので、結局稚鯉を五匹いただき、我が家に着くやいなや、池に放っておきました。
 二日ほどして池を覗いて見ますと、残念なことに一匹死んでいます。一週間で三匹死に、弱りきっていた残りの稚鯉も、やがていなくなってしまいました。水が悪かったのだろうか。で、今度は池を洗い、カルキ抜きをして近くのスーパーから、また五匹買ってきて入れました...。結果は同じです。
 池には数年前から飼っている先住の金魚が六匹おりました。稚鯉といっても金魚に比べれば体が大きく、初めは金魚を食ってしまうのではないかと心配していたのですが、逆に小さな金魚が稚鯉に体当たりをしたり、つついたりしているのを幾度か見たことがありました。
 その時は仲間が増えて仲良く遊んでいるのかと思って気にもとめていなかったのです。しかし稚鯉が日に日に弱くなっていく原因をさぐるうちに、このことが俄かにクローズアップされてきたのです。
 金魚は小さな金魚鉢に一匹入れて飼っていると、ある程度大きくなったところで成長を止め、二匹で育てると、許容居住空間(水間?)を分かち合うためか、一匹だけの時より少し小ぶりのまま成長を止めてしまうといわれています。小さな池でも六匹の金魚族にとっては将来を保証された快適なパラダイスだと思っていたのに、突然の新参者の闖入に驚き、ここに生き残るために稚鯉をイジメ、追い払おうとしたのに違いありません。
 さぁ!どうしたものか。ということで凝りもせず、また五匹買ってきて稚鯉をバケツの中に入れ、今度は池の方から金魚をすくいあげて稚鯉の入っているバケツの中へ放り込みました。すなわち先住権の入れ替えを試みたのです。
 すると、何と狭いバケツの中ではお互い肩を寄せ合い、まるで譲り合うかのように静かに息をしているではありませんか。
 二日後、稚鯉や金魚たちは、まだバケツの中で生きています。そこで池の中の石や噴水の位置を変えバケツの中身を全部池に放り込んでみました。結果、あれほど居住権を主張してやまなかった金魚たちも、もう騒ぎ立てるようなことはありません。「やったーぁ!」であります。
 稚鯉の場合、おそらく生れ落ちてからこの方、あたかも修羅場をくぐりぬけるかのように、あちこちの生簀や水槽に移り、そこで自らケンカを仕掛けず棲息していく術を身につけていたのでしょうか。一方金魚たちも、かつてはそうだったのに、日当たりの良い池に住んでしまうと、ことさらに安住の地としたかったのかもしれません。
 私たちの世界では命までとられることはありませんが、このようなことがよく見られます。電車に乗り込んだとき、また喫茶店に入った時、先客たちは、居心地のよい場所を乱す新参者を警戒し、誰何(すいか)と好奇の眼差しを向けてくるのです。転勤や転属の場合の「お手並み拝見!」という奴もそうです。ところが、始発電車に乗ったときや会社の合併による大量異動、そして遠い昔の学校での組替えの時は、全員の条件が一緒ですから、最初のうちは多少の緊張感が生まれても、まさに金魚たちの先住権を入れ替えたときのように、このような現象は起きません。
 金魚は、いつも同じ場所で眠りにつきます。これは、私達が通勤や通学のとき、同じ時間、同じ電車、同じ座席を求めることと同じで、この習慣のことを、帰巣本能が働いているというのだそうです。金魚たちにとって、許容水間?を譲ることはともかく、寝所までを乱されるのは死活問題であり、安住の地を守るための稚鯉イジメは当然の行動といえるのではないでしょうか。
 一方、金魚や稚鯉から見れば、このような環境(池)を楽しむ人間こそ迷惑な“悪い奴”と映っているのかもしれません。
 さて、かつて歴史の異なる5つの会社を合併したものの組織の融合や業務マネジメントが思わしくないということで、この会社のお世話をしに行ったことがありました。旧会社の幹部たちは、より効率化を求める本社の提案に対して「今までの方が慣れているし、やり易い」と反駁し5通りの異なる主張を示しました。俗に言う「船頭多くして、船山に上る」という状態で、あげく公私にわたり、本社や他の旧会社の幹部に対して中傷や誹謗、足の引っ張り合いが横行していたのです。同社でイの一番に手がけたことは、言うまでもなく棲家を替えてやることでした。効率経営を進めるため拠点統廃合の必要性もあり、これを機会に転勤や職種替え、メンバーチェンジなどを果敢にすすめました。
 失礼ながらこの会社には鯉や金魚ばかりでなく、フナやナマズやメダカ、カエルやタニシ、カメなどのように異質な者たちも居りました。1年がかりで入れ替えを行い、各々の役割意識を浸透させた結果、イジメはなくなり、役員をはじめ、幹部、従業員が一枚岩となって業積向上に努めてくれたのです。
 「事業は生き物だ」と、よく言われますが、事業を支える組織の優劣が、勝ち組、負け組を決めてしまいます。このため組織は常に変動しているのが当たり前で、金魚のような帰巣本能だけの集団では成り立っていきません。組織に固執し、組織にぶら下がった安住型社員の存在を許容する集団は、やがて消えて行く運命となるでしょう。なぜならば、事業の生成発展を目的とした組織には、社会構造や支持層の変化に敏感に対応し、弾力的に組織を変え、目的に叶った迅速な行動が要求されるからです。


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