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ある人生の決算

荻野誠人

 老人ホームの介護士さんのブログ。ある日の出来事

 認知症のお年寄りの食事の介助をしていると、別の階の女性入所者3人がそれを見て、「あんな人生、惨めよねぇ。生きてる価値なんかないわ」と聞こえよがしに言ったそうです。介護士さんは、その3人の方を見ることで発言を制止しようとしたそうですが、今度は「きっと知能が低いのよねぇ、生きてる価値ないわ」。余りのことに、3人にその場からお引き取り願ったそうです。

 その場にいたら、私は怒ったかもしれません。けれども、この日記を読んだとき最初に感じたのは、怒りではありませんでした。

 老人ホームの入所者ということは、当然、お年寄りのはず。60年、70年歩んできた人生の総決算が「生きてる価値ないわ」なのか・・・。もう取りかえしがつかないじゃないか・・・。この人たちは子供のころからそうだったのだろうか・・・。わが子を育ててきた人なのだろうか・・・。そんな思いが次々にわいてきて、何ともやりきれない気持ちにしばし茫然としていました。

 もっとも、その人たちも、望んで今の自分になったのではなく、そうならざるを得ない環境で過ごしてきたという見方もできるかと思います。その人たちとそうでない人たちとの違いは紙一重なのかもしれません。

 私は、言われた方のお年寄りが認知症で、その発言を理解できなかったことはまだしもの救いになると思いましたが、ブログの介護士さんによれば、認知症の人でも意識下で聞こえているとのこと。そもそも、理解できるできないにかかわらず許されない発言だ、とも。それはごもっとも。

 もうとりかえしがつかない、と第一印象を書きました。しかし、まだ幕が下りたわけではありません。その介護士さんや他の職員さんたちの注意を受けて、たとえ渋々ながらではあっても、そういう発言だけでも控えるようになってもらえれば、と思うのですが・・・。

 ただでさえ厳しい職場なのに、こういった苦労もあるとは、職員さんたちは本当に大変です。私の文章など、現場に関わるわけでもない人間の言葉遊びに過ぎないのかもしれません。

 家族がホームでお世話になっていますので、ひとごととは思えない出来事でした。

 追記 この文章を書くにあたり、介護士の吐息さんのご協力を頂きました。ありがとうございました。

2012・3・9



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